プレハブ住宅の原点「ミゼットハウス」

1. 移動教室

「戦後のベビーブームの子どもたちで、小学校はどこも教室が不足している。といって、校舎を増築すれば経費がかかるし、何年かたてば、今度は教室が余ってしまう。なんとかいい方法はないだろうか」

そんな時代背景から移動教室を開発しました。各学年の人数にあわせて仮設教室をつくり、中学校へはそのまま教室の建物ごと進学させるというものでした。このことがきっかけとなって、子どもの急激な増加に事業を通じて対策が講じられないものかと考えるようになりました・・・。

当時、子どもたちは学校や家に溢れていました。勉強部屋などもなかなか持てません。子どもたちの夢は「自分の部屋が欲しいなあ」というものでした。

2. 「プレハブで庭に立てられる立派な勉強部屋をつくろう」

それまで「離れ」といえば、立派な木造建築が普通でしたが、それとはまったく違う建物を考えたのです。

開発者は悩みました。坪当りが木造と同じ単価で、面積は建築申請が不要な10平方メートル以下・・・工事は3時間以内に建てあがること。
「パイプハウスのように鋼管とトタン板では"家"は出来ない。短時間で組み立てるためにも、パイプハウスでは無理だ。

パイプの代わりに柱には軽量鉄骨を使おう!屋根と壁には断熱材を入れて、住み心地をよくしよう」

改良に改良を重ね、出来上がったのが「ミゼットハウス」でした。

3. ミゼットハウス発売

昭和34年10月「ミゼットハウス」が発表されました。売り方も営業セールスだけでなく、全国27ヵ所のデパートで展示即売したのです。建築が「請負」ではなく「商品」になったのです。

その後、お客様から、「トイレをつけてもらえないでしょうか?」「台所もつけて欲しいのですが」というような要望がつきつぎに寄せられ、これに応えるために、さらに研究を進め、「スーパーミゼットハウス」、「ダイワハウスA型」と、本格的なプレハブ住宅へと進化していきました。

そして、長い年月をかけて進化させ、成熟させてきた鉄骨軸組パネル構造の住まいがあります。大和ハウス工業は工業化住宅のパイオニア。良質な住宅を届けることに情熱を注いできました。

当商品に付いては、総合技術研究所(奈良市)に実物を展示しています。
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