
民間初のデベロッパーとして、大和団地が大規模団地を分譲しました。第一号が、「羽曳野ネオポリス」です。
当時、一般の人々がマイホームを手に入れる手段には選択肢がありませんでした。長い歳月をかけて貯金し土地を手にいれ、建築資金を作る。これがマイホーム取得の、ほぼ唯一の手段でした。
より良い住環境を提供するため、ニュータウン=土地と家のセット販売を考えた大和ハウス工業でしたが、購入者の資金不足という壁が立ち塞がりました。
新しい挑戦に壁はつきもの、自らの手で壊せばいい。民間の金融機関と提携し誕生させた「住宅サービスプラン」は日本初の合理的な家づくりプラン。住宅ローンの先駆けでした。