


高齢者がいきいきと暮らせるような社会にするには、私たち一人一人の知恵と工夫が必要です。高齢者のいきいきを応援できる町や地域づくり、安心で快適な住まいにはどういう改善・工夫が必要か、人と人がつながり互いに助けあえるようにするには、自立や生活上の動作を補助する機器や器具等々…、暮らしや生活のさまざまな場面で、高齢者のいきいきをサポートするアイデアが必要です。第1回「高齢者いきいき居住アイデアコンテスト」ではユニークな多数のアイデア作品が寄せられましたが、さらに多くの応募作品を期待しています。そこで、応募のご参考になるように、第1回コンテストの模様を踏まえて、あらためて審査員の方々によるコンセプト座談会をおこないました。

森 今回の座談会では、第1回コンテストの成果を踏まえて、これからの超高齢社会に求められることと、アイデアコンテストへの期待など、少し踏み込んだ内容について意見交換をしたいと思います。基本的なコンセプトについては、前回の座談会(第1回コンテストのホームページに掲載)をご覧いただければと思います。
これから12年後の2020年には高齢者人口がピークを迎え、高齢化率(65歳以上)が30%をこえると予測されています。その超高齢社会では独居高齢者や認知症高齢者の数は現在の倍になるとも言われ、これからがまさに本番です。これまでとは違うまったく新しい社会像が求められているのではないでしょうか。今、そのための環境づくりがとても重要になっています。このアイデアコンテストは、「共創共生」の思想の下、世代や立場も異なる人々が一緒になって「高齢者がいきいき生活するためのアイデアや工夫」を考える企画で、これを継続して実施していくことがとても意義あるものだと思っています。
濱 まったくですね。回を重ね、ともに考える輪がどんどん広がっていくことを私どもも大いに期待しています。ただ考える場にとどまらず、またアイデアを競って終わり、というふうにはしたくありませんね。実践者として、アイデアを具体化し、商品や事業を通じて世の中に広めていく。これが私どもの立場であり、社会貢献につながるのだと考えています。やはり、絵に描いた餅ではお腹は満たされません。問題や課題の解決につながってこそコンテストの本当の価値があるのではないでしょうか。
竹原 少し抽象的ですが、今日の日本社会の背景には相互扶助機能の喪失があります。かつて日本の社会には、「結(ゆい)」とか「合力(こうりゃく)」という、人びとが互いに協力しあう仕組みがありました。たとえば、飛騨の合掌造りの屋根の葺き替えは一軒の家ではできず、村人が力を合わせて、つまり「合力」で行われたものです。祭事なども同じで、地域の人の関係性を強くする働きがあります。ところが、社会が豊かになるにつれ、“扶助”も含め、たいていお金で賄うことができるようになり、地域の相互扶助の仕組みもなくなっています。これを逆説でいうと、お金がなければ扶助から置き去りになる、孤立化することになってしまう。問題は、こういう高齢社会でいいのだろうか?ということです。社会的な側面では、そういうところが取り組むべき課題の一つではないでしょうか。
白澤 それと関連しますが、社会の富裕化は、個人主義や自分主義を進めるといわれますね。そういう個人化は、社会との関係や対人関係を希薄にするようです。個人化が進む社会は「つながる」ことをあまり志向しなくなります。ウェブ社会の特徴の一つは年齢、性別、時間、場所を問わずに誰とでも「つながる」ことですが、それはネット上であってリアルにつながっているわけではありません。矛盾するようですが、現実社会ではむしろ、つながることに排他的な傾向が見られます。そういう状況下で高齢化がどんどん進行しているわけです。社会的にも、人間関係的にも、互いに助け合うという機能が低下しているのが現実でしょうね。
竹原 そして、いま一つの課題は、高齢社会とは長生き社会であるということですね。この一見、当たり前のことが老後をどう過ごすかという問題に関わってくることになります。平均寿命でいえば、昭和初期とくらべると現在では30年ほど長く生きる勘定になります。長寿は本来喜ばしいことですが、ここに実はこれまであまり経験則のない、悩ましくて難しい問題が内在しているということです。
濱 30年という時間は、余命というより、「新しい人生」と考えるべきなのでしょうね。そうなると、いかに老後を生きるか、老後をどう過ごすか、というライフステージ上の重大事になってきます。しかも、これからの高齢社会の主役である団塊世代の価値観は、それ以前の世代とは一線を画し、同時に個性豊かで多様性に富んでいます。ということは、高齢者の暮らしに対するイメージも変える必要があるし、多様な仕組みや多彩な知恵も必要になってきます。
森 その通りですね。高齢社会というのは単純に人口構成的なことではなく、高齢者がいきいきと長寿を謳歌できる社会のことをいうのだと思うのです。ですからまず、私たち自身が「これでいいのか?私たちの老後は」という問いかけと視点が、極めて重要です。このコンテストが、そういうことを考えるキッカケになればとも思っています。そこでまず考えなければならないことは、加齢とともに老いを生きるというのは、何をするにも若い元気なときのようにはいかない、ということですね。
白澤 老いは誰にも避けられない自然なことです。身体機能は弱まり、やがては生活を続けるのに家族をはじめいろんな人の助けが必要になってくる。それでも、「生きる意欲を失わず」に生活していける社会を考えなければなりません。高齢者の暮らしをサポートするような社会や地域の仕組みも必要だし、高齢者が安心して暮らせる安全で快適な居住環境や、生活上の配慮や工夫も必要です。それに日常動作を補助するような機器なども要ります。そういうサポートがなければ、高齢者は意欲をもてず、孤立化しますね。
森 “エイジング・イン・プレイス”という表現は、日本では「住み続けるための条件」という意味で使われますが、これを「老後をいきいき過ごすための条件」と置き換えることもできます。その条件には、安全とか安心、それに快適…、さらには元気とか意欲、自立、自己決定、社会参加ということもあげられます。「いきいき」とは、本来は個別的なものですが、いま申し上げたような条件がいきいきの前提になるのではないでしょうか。
竹原 たしかに「いきいき」の解釈は、はつらつとか活発とかに象徴される動的な印象のものだけではなく、人それぞれ個別のものです。だからコンテストでは「私の考えるいきいき」で構わない、静的な印象のいきいきでも構わないわけです。ただ少なくとも、森先生が話されたようなキーワードに即して高齢者をサポートしているかどうかでしょうね。とにかく、そういう個別的ないきいきのアイデアを寄せてくださるのが、建築家である私としても大いに参考になるわけです。どんな立場の人が、どんなアイデアと知恵を披露してくださるか…そして、アイデアを専門家とコラボレーションすることによって、新しい展開の可能性が見えてきたりする。
濱 まったくそうですね。そのアイデアの可能性を、私どもが実践者として具体化していくことができれば、コンテストは社会的により大きな意義と価値をもつことになるでしょうね。
白澤 そうです。多彩なアイデアを募り、建築家や福祉の専門家がアイデアの可能性や応用性を検証し、大和ハウスさんにコンテストの成果を社会に生かしてもらえれば…この三位一体で高齢社会と向き合うことがコンテストの趣旨であり、もっとも目指しているところですね。
竹原 なにしろ、他に類例のないコンテストですからね。森先生がはじめにおっしゃったように、こういう場があるだけでも意義があると思っています。
