
日本らしいことがマイナスだった時代は終わり、
日本らしい個性の表現が問われるようになった国産ワイン業界。
王者フランスの地位を脅かす新興国が続々と出現する状況で
世界の人々に愛される日本のワインとはどのような魅力を備えるべきか。
日本を代表するワイン醸造家の一人となった中央葡萄酒・三澤彩奈氏は
南アルプスを望む葡萄畑でその答えを模索し続けている。
三澤彩奈氏が海外留学から帰国し、山梨県北杜市明野の中央葡萄酒の農場で
栽培と醸造を始めたのは2007年。以来、毎年優秀な木を残して植え替えを行ってきた。
ゆくゆくはフランスの名産地のように、優秀な遺伝子をもつ木だけの農場になるはずだ。
毎年一定数を植え替え、成績のよい木だけが残るようにしています。風の当たり方で実のつき方が変わるので、今はいろいろな向きを試している段階です。最終的な形はまだわかりません。
ワインづくりは息が長く、手間がかかるので、経済効率は悪い仕事だと思います。けれど、私たちが求めているのは効率ではなく、クオリティですから、あえて粒を小さく、房の数も少く実らせます。収穫では品質の悪い粒を取り除くので、3本の木で10kgにしかなりません。収穫の時期は、夜明けの果実が冷えている状態で収穫し、そのまま仕込みに入る日もあります。醸造中は一定の間隔でチェックするので、あまり眠れない日が続きます。
ワインにもトレンドはありますが、うちはあまり目新しさに惑わされないほうがいいと思っています。ホルモン剤を使うような方法にもちょっと抵抗があります。科学的にどうこうではなく、女性の感性として次の世代に影響が少しでもありそうなことは受け入れたくないのです。歴史のあるワイナリーなので、50年後の姿を思い描きながらやっていきたいと思っています。
2017年、EUと日本の相互で2019年にワインの関税が大きく軽減されることが決定した。
フランス産、イタリア産などのワインが安くなったら、国産ワインは負けてしまう、
とは限らないと三澤彩奈氏は考えている。
日本のワイン業界は、いずれはこういう時代になると思っていたので準備はしていました。チリの安いワインが入ってきたときに低価格帯ではチリのワインがEUのワインの座を奪っています。その中で日本ワインは低価格を競うのではなく、本当にいいものをつくることを目指すようになってきました。
世界的な日本食ブームも日本のワインメーカーにとって追い風になっています。ワインと料理は余韻と余韻で合わせるものですが、日本のワインとお寿司やだし汁の風味は相性が良く、日本食に日本のワインというスタイルが定着しつつあります。
日本の人はワインづくりでも真面目で器用ですから、繊細さがひとつの魅力になっています。とくに甲州種は歴史自体ミステリアスですし、味もミステリアス。味も香りもおだやかですが、すっとなじみながら、酸味が凛としています。その魅力が世界で理解されるようになり、海外でも甲州種のワインをつくり始めています。
国内でも新しいワイナリーが次々と登場している昨今、
優秀な醸造家は引く手あまたとなっている。
しかし、三澤彩奈氏は山梨から離れるつもりは毛頭ないという。
世界的に異業種からワインづくりにチャレンジするのが流行していて、ときどき「うちでやりませんか」と声をかけていただきますが、すべてお断りしています。この場所でクオリティの高いワインをつくることが私のやりたいことですから、よそでやるのは違うかなと思うんです。
山梨に生まれ育っているので、山梨に貢献したいという気持ちもすごくあります。山梨の人たちには助け合いの精神があって、何かあると自然に協力し合います。私も応援していただいているので、恩返しできるようになりたいです。
南米では農場で働く人の賃金がすごく安く、それが低価格の理由になっています。向こうの人は割り切ってやっていますが、私はみんなが幸せになっていけるようなやり方がいいと思うんです。山梨の人たちと一緒に山梨のワインを盛り上げ、いつか醸造家として自分のスタイルもできているのが理想ですね。
ワインづくりに賭ける祖父や父の背中を見て育ち、彼らの夢を引き継いだ三澤彩奈氏。故郷への揺るがぬ愛を醸した甲州種ワインの凛とした風味は、山梨の人々の助け合うこころを世界に伝えている。(了)