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書家、石飛博光。筆を楽器に、書を奏でる。
書家、石飛博光。筆を楽器に、書を奏でる。
書家 石飛博光「書の律動」

看板やポスター、瓶のラベルなど、さまざまな形で日本の生活を彩る「書」。
漢字を鑑賞の対象とすることは古代中国に始まり、
日本では平安時代にひらがなを加えて、「和様」と呼ばれる書も発達した。
さらに近代には西洋との出会いから、日本の書に新しい潮流が発展。
その中心にあった書家・金子鷗亭(かねこ おうてい)に師事し、時代と向き合う姿に学んだ石飛博光氏は、
「温故知新」の語のままに、古典研究を通して体得した多種多様な技法を操り、
石飛流とも呼ばれる自由な書の世界を展開している。

石飛博光(いしとびはっこう)

石飛博光(いしとびはっこう)

書家。1941年、北海道赤平市生まれ。1960年、東京学芸大学書道科に入学、同時に金子鷗亭に師事。88年・89年、日展特選連続受賞。2010年、毎日書道展文部科学大臣賞受賞。2012年、毎日芸術賞受賞。『ほっとする禅語』(二玄社)、『石飛博光臨書集 古典渉猟』全10集(芸術新聞社)ほか編著書多数。1990年代、永六輔氏の誘いで書道パフォーマンスを始め、映画『書道ガールズ』では出演者を指導。日展会員、全日本書道連盟副理事長、毎日書道会理事、創玄書道会会長、日本詩文書作家協会会長、全国書美術振興会常務理事、大正大学客員教授。

展覧会では「詩文書」(漢字かな交じりの書)を主体に作品を発表している石飛博光氏。
現代詩や現代俳句などを題材に、詩人の思いを想像し、自分なりの解釈で書くことを、
クラシックの演奏家がモーツァルトやベートーベンの楽曲を演奏することにたとえる。

 演奏家が作曲家のつくった曲を演奏するように、書家は詩歌や名文を書にします。シンガーソングライターのように、自分で詩もつくる書家もいますが、僕は演奏に徹する演奏家ですね。
 書を書くこと自体、とても音楽的なところがあり、身体のリズムが大事。同じ平面の芸術でも、紙の上で考えながらじっくりとつくりあげていく絵画とは、その点ではかなり違います。書は書き始めたら、待ったなし。身体のリズムで書き上げるので、スポーツ的なところもある。もちろん文学とのコラボも大切である。それら、一人の人間のいろいろな才能や感覚が組み合わされたものが、書の作品になります。
 ですから、構成を考えてその通りに「つくる」だけでは、書として面白くない。紙に向かって筆を持ったときに、自然に生まれてくる。そういうものを大事にしています。

  • 成田山書道美術館所蔵
  • 成田山書道美術館所蔵
  • 成田山書道美術館所蔵

富士山 日本の未来におくる 作品第参 草野心平 240×1653㎝
東日本大震災から数週間後、新幹線の窓から富士山を目にして荘厳さにこころを打たれた。
繰り返し「富士山」に取り組んできたが、無我夢中でこの巨大な作品を書き上げたという。(成田山書道美術館所蔵)

二十代から書道界で頭角を現していた石飛博光氏だが、
親や祖父母から英才教育を受けたエリート書道家ではない。
小学4年生のときに友達が書道教室に通い始め、自分も通うことにしたのが
その後の長い書との人生の始まりだった。

 書道教室に通い始めた目的は、みんなと遊ぶことで、書ではなかったんです。でも、中学生になっても通い続けたのは僕だけでした。なぜ続けたかというと、その教室には子どもと大人の隔てがなく、若い大人の人たちと一緒にやるのが楽しかったから。書道雑誌の大人の部に作品を送って、学校の先生が選ばれなかったところで、自分の作品が選ばれたり。そのぐらいの年齢は大人に勝つのが嬉しいじゃないですか。中学では「書道の天才」と言われたんですよ。地元では有名人ですよ。そういう中で、書で自分を表現し、それが認められる楽しさを知ったんですね。
 卓球やスケートでは、子どもが大人と戦うオープンな大会をつくったら、子どもたちが大活躍。すばらしい選手が出てくるようになったといいます。書もそういう風にしたら、若い作家がどんどん出てくると思いますよ。

  • 「我逢人(がほうじん)」という禅語を書く。人に逢うことの尊さを表す三文字をどのように表現するか、全体の構成をざっくりと考える。
    「我逢人(がほうじん)」という禅語を書く。人に逢うことの尊さを表す三文字をどのように表現するか、全体の構成をざっくりと考える。
  • イメージができたら筆をとり、一気に書き上げる。今回は荒々しい勢いのある線を意図し、毛筆と木の筆を組み合わせ、たっぷりと墨をふくませる。
    イメージができたら筆をとり、一気に書き上げる。今回は荒々しい勢いのある線を意図し、毛筆と木の筆を組み合わせ、たっぷりと墨をふくませる。
  • 書き始めから書き終わりまでは、わずか1~2分。その短い時間に、身中にあるすべてを一気に噴出させる。
    書き始めから書き終わりまでは、わずか1~2分。その短い時間に、身中にあるすべてを一気に噴出させる。
  • 成田山書道美術館所蔵

    工房の大きな机に向かい、好きな詩人の本を繰りながら、構成を考える。

  • 成田山書道美術館所蔵

    中古住宅を転用した現在の工房は、2019年に建て替えられる。
    今回の撮影は貴重な機会となった。

  • 成田山書道美術館所蔵

    筆の穂の長さ、性質などで線が変わるため、多数の筆を所有する。
    本人も正確な数はわからないと言う。工房だけで千本以上あるように見える。

書を志す人々は、過去の名作を自分の手で写す「臨書」により
過去の偉大な書家の技法を学ぶ。中学生時代から中国や日本の名作の臨書を行い
書家としての基礎をつくった石飛博光氏は、日本の書には日本のこころを感じるという。

  • 書を志す人々は、過去の名作を自分の手で写す「臨書」により、過去の偉大な書家の技法を学ぶ。中学生時代から中国や日本の名作の臨書を行い、書家としての基礎をつくった石飛博光氏は、日本の書には日本のこころを感じるという。

 日本のかなは、すごい発明ですよ。日本の言葉を上手く表現する方法として、漢字とかなを組み合わせた。それで自分たちの気持ちを自由に表現できるようになりました。簡素化している、かな文字の造形も美しいですしね。
 中国の書は、よく構成され、きちっと書かれたものが多いような気がします。日本はもうちょっとシンプルな、空間、一画一画に味わいを求めた表現があって、それが日本の書の魅力ですね。
 日本の絵も書も、表現があまりおしゃべりに、説明的になりすぎてはいけない。西洋の絵は背景までしっかり描くじゃないですか。日本の絵は、木に鳥が止まっていたら、背景には何も描いていない。でも、そこに何かを想像する。その精神が僕はすごく好きなんですよ。それが日本のこころじゃないかな。僕自身もおしゃべりにならない作品をつくりたい。一本の線の周囲の空間が何かを語っているような、そういう字を書きたいな。

石飛博光(いしとびはっこう)

金文(きんぶん)の
「穆(ぼく)」68×68㎝
金文とは古代中国の青銅器に刻まれた書体。「穆」は稲穂が実ることを意味し、稲穂が垂れる様子を示す。文字の形の面白さをダイナミックに表現した。

中国に学びながら日本独自の表現を追求した、
先達の書の美しさを学び咀嚼した上で、
自分という人間を今どのように表現するか。
その大きな問いに正面から向き合い、
思いを隠さず表現する石飛博光氏。
小さくまとまることを善しとしない彼の書風を、
人は「石飛流」と呼ぶ。
(後編へ続く)

金文(きんぶん)の
「穆(ぼく)」68×68㎝
金文とは古代中国の青銅器に刻まれた書体。「穆」は稲穂が実ることを意味し、稲穂が垂れる様子を示す。文字の形の面白さをダイナミックに表現した。

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書家 石飛博光<「師の教え」編>
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