
新鮮な茶葉を蒸し、乾燥させてつくる緑茶は、
紅茶や烏龍茶などの発酵茶にはないうま味成分を含む。
その味、香り、色の繊細な違いを見極め、組み合わせ、
ひとつの茶として完成させるのが茶師の仕事である。
江戸時代から続く家業を継ぎ、茶師十段として活躍する小林裕氏は
日本茶という繊細な感覚の世界の可能性を探求し続ける。
茶葉を組み合わせ、商品としての味をつくることを「合組」という。
この仕事をする人を「茶師」と呼び、合組のための荒茶を吟味し、
仕入れる段階から、茶師の技量はあらわれる。
最近は一つの畑の茶葉だけでつくったお茶を「シングルオリジン」と呼んだりしますが、一つの畑だけでは量が少なかったり、年によってばらつきが出たり、 商売として難しい。安定しておいしいお茶を販売する技術として合組が発達したのだろう思います。
合組に使う荒茶を仕入れる入札会では、毎回、百から二百くらいの種類を飲んで、気に入ったものに値段をつけて落札します。おおよその値段の幅は、 生産者で決まっています。生産者の名前はブランドですね。人気の生産者は地質が良い場所に畑がある上に、勉強して手間をかけています。もし何かあってもすぐ気づく観察力があって、自分から手を打つ。それが茶の味になるんです。
入札では昔から「茶に惚れるな」とも言います。惚れるといくら払ってでも欲しくなって、商売とか関係なくなるので、「落ちても落ちなくても、 どっちでもええわ」という気持ちで、一歩退いて流れを見ているくらいがちょうどいい。場がぬるい感じの、買い気がない日もあります。そういう日は良いものが安く買えるのに、茶ばっかり見ていると気づけない。周りも見るのも大事です。
茶の官能検査
茶の業界では、茶を外観(茶葉の見た目)、香気(香り)、水色(注いだ茶の色)、滋味(風味)の4つの視点で評価する。茶の品種、栽培方法、産地、茶を摘んだ時期などで成分に違いが出てくることが、
これらの違いの原因となる。研究機関で成分の関係を解明しようとしているが、現時点では分析器で評価することは難しく、入札や品評会などでは五感による官能検査で評価が行われている。
煎茶を飲むときは60~70℃に冷ましたお湯がおいしいとされるが、茶師が茶葉をチェックするときは特徴がわかるように熱湯を使って淹れる。それをスプーンでずずっと音を立てて啜って飲む。
このようにして飲むと空気を多く含み、香りや味の特徴がわかりやすいとされる。
いろいろな茶葉の違いをどれだけ敏感に、正確に感じとれるか等、茶師としての力が試される「茶審査技術競技大会」には都道府県の大会と全国大会があり、そこで技術が認められた人には段位が与えられる。
小林裕氏は三十代の若さで最高段位の十段を獲得したが、十段位は全国に十数名のみである。
茶の販売でも百年以上の実績を持つ小林家は、「利益よりも味」を家訓とし、
親から子に伝え続けてきた。それは生産者としての心構えであると同時に
シビアな茶業界で生き残るための経営理念でもある。
入札で仕入れた茶の色、味、香りの特徴を組み合わせ、お客さん用のお茶をつくることを「合組」といいます。合組では自分の好みを押し付けるのではなく、お客さんの求めるイメージに合った味をつくることが大事。 お茶の先生の好みを「茶筋」といいますけれど、十人の茶人がいたら茶筋は十人それぞれです。どんなイメージにも合わせられるよう、いろんなタイプのお茶を仕入れています。 全部の味をどう記憶しているんだと聞かれると、答えるのが難しい。言葉ではなく、感覚的に覚えています。
お茶は農作物ですから、年によって出来不出来があります。でも、自分の基準の味になるように中身を変えているので、だいたいのお客さんは「変わらない味」と感じています。そうやっていると、 全然儲からない年もあります。経営者としては数字が気になりますけれど今年の利益のために「味が落ちた」と思われてしまったら、お客さんは来年帰ってきてくれません。 うちみたいな小さい会社はごひいきのお客さんあっての商売ですから、利益優先では逆にやっていけないと思います。
抹茶と碾茶
抹茶は、現在は粉の状態で販売するのが一般的だが、古くは各家で石臼を使って粉にしていた。石臼で挽く前のものを「碾茶」と呼ぶ。
碾茶は玉露と同じく、「覆い下栽培」で育てた新芽でつくられる。摘んだ茶葉を蒸した後、揉まずに乾燥させたものが、碾茶の荒茶となる。製茶業者はこれを仕入れ、
茎や葉脈を取り除いて石臼で挽きやすい形に整え、仕上げの乾燥を行い、碾茶に仕立てる。碾茶を粉にする方法として、現在は機械を使う場合もあるが、上質な抹茶の製造には昔ながらの石臼が使用される。
石臼の上下のすきまと目立ての微妙な調整により、碾茶の風味を損なわずに微細な粉をつくることができるためである。石臼で挽くのは時間がかかり、用事のない人にやらせたことが、暇なことを「茶を挽く」という語源になっている。
近年の茶業界は輸出の増加に期待する声が強い。
輸出先は、健康意識の強いアメリカをはじめ世界各地に広がってきた。
その状況を歓迎しつつ、小林裕氏は国内市場がより重要と考える。
抹茶フレーバーの流行は日本では抹茶のアイスが登場したときが最初で、それから四巡、五巡して、近年は右肩下がりになっています。そのかわり、世界で抹茶フレーバーの認知度が高まりました。 うちのお客さんには海外のパティシエもおられます。アメリカなどではヘルシーな飲み物として緑茶を飲む人も増えています。ただ、海外で日本のお茶を好む人は限られていて、国内市場が中心であることは今後も変わらないでしょう。
これからは原点回帰で、急須でお茶を淹れてくつろいだり、おもてなししたりする良さを見直してもらえたらいいですね。幸いに、高品質なお茶と出会える場は、昔よりも増えてきました。カフェや生活雑貨の店など、 若い人が集まるところでも日本茶を飲んだり買ったりできるようになってきています。お茶が良いか悪いかは飲めば分かることですから、我々としてはおいしいお茶をつくることを一番にしていきたいです。 おいしいお茶でほっとする時間を人と共有するのは、それこそ「和」と違いますか。
日本茶の緑の美しさ
うま味の深さ、清らかな香りは
長い歴史の中で日本的感性により
洗練され今に至る。
日本の茶を飲むことは、
日本を味わうことに他ならない。
(了)