一幸庵「クレオパトラ」✕  松永圭太「ひび座」(撮影:堀内誠、協力:スペース大原)
  • 人のこころを和ませる和菓子の力を信じ抜く。
    一幸庵「クレオパトラ」✕ 松永圭太「ひび座」(撮影:堀内誠、協力:スペース大原)
    和菓子職人 水上力「裂古破今」

    素材や季節感など、日本の食文化の特徴をよくあらわす和菓子。
    しかし、日本の生活から季節の行事が失われていくと同時に
    多様な洋菓子が普及し、和菓子の存在感が薄らぎつつある。
    和菓子職人、水上力氏は日本文化が育てた菓子の魅力を信じ、
    伝統を未来につなげるための挑戦を続ける。

    • 最高級の本蕨粉を使ってつくる「わらびもち」。強火で、ねじふせるように練り倒すことにより、独特の腰の強い粘りが生み出される。

      最高級の本蕨粉を使ってつくる「わらびもち」。
      強火で、ねじふせるように
      練り倒すことにより、独特の腰の強い粘りが生み出される。

    • 手の隙間から零れ落ちそうなほどやわらかでありながら、糸状になっても千切れないほど腰が強い。

      手の隙間から零れ落ちそうなほどやわらかでありながら、
      糸状になっても千切れないほど腰が強い。

    • わらびもちと同じやわらかさの餡を包みこむ。口にすると両者は渾然一体となって溶ける。

      わらびもちと同じやわらかさの餡を包みこむ。
      口にすると両者は渾然一体となって溶ける。

    • わらびもちは一幸庵の人気菓子だが、高温多湿の環境では「腰が抜ける」と、七月には店頭から消え、秋に戻ってくる。

      わらびもちは一幸庵の人気菓子だが、
      高温多湿の環境では「腰が抜ける」と、
      七月には店頭から消え、秋に戻ってくる。

    • 「わらびもちの80~90%は旦那のもの」と、育ててくれた恩師に感謝する。「残りのプラスαは私のもの。それをどうやって見つけるか言葉にできないから苦労するんだ」。

      「わらびもちの80~90%は旦那のもの」と、
      育ててくれた恩師に感謝する。
      「残りのプラスαは私のもの。
      それをどうやって見つけるか言葉にできないから苦労するんだ」。

    水上力氏のもとには全国各地の和菓子店の跡継ぎなどが修業に来る。
    修業期限は4年とされ、4年過ぎたら「卒業」とされる。
    これまでに約50人を受け入れ、卒業できたのは10人ほどに過ぎない。

    4年でモノにならなかったら10年やってもモノにならない。それくらい意識を持って、ちゃんとやってもらわなきゃ。 2本の腕で飯の食える職人を育てるんだから。時間は、うちは5時9時です。9時5時ではありません。朝はいつも同じで、終わりはその日にやるべきことが終わるまで。 だから4年で仕事を覚えられます。旦那がやることを目で見て、体で覚える。それが職人の修業です。

    仕事じゃなくて、つくり方を覚えるなら製菓学校でいい。うちは入ってきたばかりの子には1年間店で販売をやらせるけれど、 「お菓子をつくらせてもらえないの?」と思う子は辞めていい。売るっていうことは、この仕事の基本の基本です。

    修業中に言われたことの意味が分からなくてもいい。でも、自分で消化しようとすることは大事。5年後か、10年後か、 一つでも分かったときには「やっとここまで来たのか」と気づきます。私だって、旦那に言われたことはいまだにわからないことだらけ。 全部消化するのは死ぬまでかかります。でも、それも楽しみです。お菓子が好きで入ってくれば、こんなに面白い仕事はないと思います。

    • 「十の仕事をやるにも、百を学んで十やるのと、十を学んで十をやるのでは余裕が違う」と弟子には百を教え込んできた。
      「十の仕事をやるにも、百を学んで十やるのと、十を学んで十をやるのでは余裕が違う」と弟子には百を教え込んできた。
    • 修業4年目の弟子ともなれば、先回りして準備をすることもでき、何気ない作業の手つきや姿勢の角度が水上氏に似ている。
      修業4年目の弟子ともなれば、先回りして準備をすることもでき、
      何気ない作業の手つきや姿勢の角度が水上氏に似ている。
    • slides1・2

      製餡を開始するのは朝5時半。一晩水にひたした最高級小豆、
      北海道十勝産の「ふじむらさき」を強火で煮る。

      あくが浮き上がった鍋から小豆をすくい、洗った鍋に水と小豆を入れ直して煮る。
      これを4回繰り返す。1回目はあくがクリームのように膨らむ。

    • slides3・4

      あくを4回とった小豆を圧力鍋にかける。
      加熱の時間や蒸らしの時間は気温や湿度で変える。

      煮上がった小豆。
      皮は破れていないが、指で押せばほろほろと崩れる。

    • slides5・6

      煮上がった小豆を製餡機で2回濾し、皮を完璧に取り除く。

      その後、水にさらして身を沈殿させ、上澄みを取り除く。

    • slides7・8

      圧搾機で水分を取り除き、さらさらの「濾し粉」の状態にする。

      小豆の濾し粉。用途に合わせた分量の水、ざらめ糖を加えて漉し餡に。

    • slides9・10

      漉し餡を練る。「餡練機」は修業時代に購入したもの。
      プロペラ式が一般的だが、この機械は櫂が前後に動き、
      人間が手で練るのと同じ働きをする。

      これに用途に合わせた分量の水、ざらめ糖を加えて漉し餡に。

    • slides1

      製餡を開始するのは朝5時半。一晩水にひたした最高級小豆、
      北海道十勝産の「ふじむらさき」を強火で煮る。

    • slides2

      あくが浮き上がった鍋から小豆をすくい、
      洗った鍋に水と小豆を入れ直して煮る。
      これを4回繰り返す。1回目はあくがクリームのように膨らむ。

    • slides3

      あくを4回とった小豆を圧力鍋にかける。
      加熱の時間や蒸らしの時間は気温や湿度で変える。

    • slides4

      煮上がった小豆。
      皮は破れていないが、指で押せばほろほろと崩れる。

    • slides5

      煮上がった小豆を製餡機で2回濾し、皮を完璧に取り除く。

    • slides6

      その後、水にさらして身を沈殿させ、上澄みを取り除く。

    • slides7

      圧搾機で水分を取り除き、さらさらの「濾し粉」の状態にする。

    • slides8

      小豆の濾し粉。用途に合わせた分量の水、
      ざらめ糖を加えて漉し餡に。

    • slides9

      漉し餡を練る。「餡練機」は修業時代に購入したもの。
      プロペラ式が一般的だが、この機械は櫂が前後に動き、
      人間が手で練るのと同じ働きをする。

    • slides10

      これに用途に合わせた分量の水、ざらめ糖を加えて漉し餡に。

    和菓子の餡

     和菓子を象徴する餡の源流は、中国の餅や点心などの詰め物である。中国では小豆の餡は唐代に始まり、小豆の赤い色が厄除けになると、慶事の餅や団子などに用いられた。
     日本では、鎌倉~南北朝時代に中国から来日した僧が小豆で餡をつくるようになったとされる。当時は甘葛(あまずら)という植物から獲れる貴重な甘味料で甘さをつけるか、 塩味だったと考えられている。現在のような甘い餡が完成したのは、江戸時代、国内で製糖が始まったおかげである。日本では中国のようにナッツや油脂を混ぜず、 小豆のほか白隠元や白小豆(白餡)、青えんどう(うぐいす餡)、薩摩芋(芋餡)など、素材の色と風味を楽しむ。 餡を専門につくる業者もあるが、餡にこそ職人の個性が出るともいわれ、人によって製法も異なる。水上力氏は丹念にあくを取ることによって、藤色の優美な漉し餡に仕上げる。

    和菓子職人を目指す若者のほか、国内外のパティシェやショコラティエも
    新しい風味のヒントを求めて水上力氏の工房を訪れる。
    言葉は通じなくても、職人の手を持つ同士は気持ちが通じ合う。

    和菓子には農耕稲作文化、洋菓子には狩猟採集民族から生まれた文化の違いがあるわけです。洋菓子はそれぞれが主張する中で調和をとる。和菓子はお茶を殺さないように一歩下がる。 そういう違いはあるけれど、職人としての共通点はいっぱいあります。パリの三ツ星レストランの若いフランス人の子がうちに1週間いたことがあるけれど、 職人としての基本的な動作とか考え方がしっかり備わっているから、4日で餡を包めるようになりました。

    洋菓子はトップ・パティシエでもみんな必死です。後ろから若い人がどんどん追いかけてくる。つねに新しい空気が入っています。和菓子にはそれがない。 戦後には甘ければ売れた時代がありました。甘くないお菓子が好まれるようになったら、今までの配合から砂糖だけ減らしてみた。そんないろんな経験が沈殿し、 ヘドロ化しています。だから自分はそこからはちょっと距離をおいて、自分の納得するお菓子をつくる。それに共鳴してくれた若い子には指導もする。本当は若い子たちがどんどんかき回してくれたらいいと思っています。

    • 日本文化に接したいという要望に応じ、海外からの見学者を受け入れることも。「日本人以上に、日本文化を知りたいという気持ちが強くて、嬉しいよ」と水上氏。(画像提供:一幸庵)
      日本文化に接したいという要望に応じ、海外からの見学者を受け入れることも。「日本人以上に、日本文化を知りたいという気持ちが強くて、嬉しいよ」と水上氏。(画像提供:一幸庵)
    • 近年フランスのパティシエは日本の食材に関心が高い。水上氏と交流の深い、
        ヴァローナ社のフレデリック・ボウ氏(写真)やパリの青木貞治氏(サダハル・アオキ)は、和菓子からヒントを得るために一幸庵を訪れる。(画像提供:一幸庵)
      近年フランスのパティシエは日本の食材に関心が高い。水上氏と交流の深い、ヴァローナ社のフレデリック・ボウ氏(写真)やパリの青木貞治氏(サダハル・アオキ)は、 和菓子からヒントを得るために一幸庵を訪れる。(画像提供:一幸庵)
    • オリジナルの菓子をつくるため、最高級の栗を取り寄せ、自家製の栗蜜で炊き直した。それを型にぎっしりと並べる。

      オリジナルの菓子をつくるため、
      最高級の栗を取り寄せ、自家製の栗蜜で
      炊き直した。それを型にぎっしりと並べる。

    • 京都に古くからある蒸し菓子「松風」を、栗とともに蒸し上げる。

      京都に古くからある蒸し菓子「松風」を、栗とともに蒸し上げる。

    • 「松風」と重ねる粒餡。その間にチョコレートの老舗ヴァローナに注文したチョコレートを挟む.。

      「松風」と重ねる粒餡。その間にチョコレートの老舗ヴァローナに
      注文したチョコレートを挟む。

    • 新作菓子「オータムブラウン」。日本ではおなじみの栗と小豆という組み合わせにチョコレートが加わることで新しい秋の表情が生まれた。

      新作菓子「オータムブラウン」。
      日本ではおなじみの栗と小豆という組み合わせに
      チョコレートが加わることで新しい秋の表情が生まれた。

    「私が残したいのは、お菓子の伝統。伝統がないのは背骨がないのと一緒」
    そう語る水上氏だが、「伝統だけでは飯は食えない」とも語る。
    伝統を残すためには、新しい挑戦が不可欠なのだ。

    昔の日本は外国から入ってきた新しいものを自分たちに合わせて変えてきました。それはお菓子に限らない。でも今は流通も情報も早い時代です。 「パリと同じものが日本で食べられる」と言って喜ぶ時代に、日本で喜ばれるように変えることはどうなのか。洋菓子でも和菓子でもどういう風に消化して、 新たなものをつくり出せるかということを本気で考えていかなくてはいけません。表面的にやっても、一時的なもので終わってしまいます。

    だから私はショコラティエとお菓子をつくるにしても、妥協しません。俺はチョコレートに妥協しない。向こうは餡子に妥協しない。ぶつかりあいの喧嘩をしてみます。それで1+1が2になるのか、 マイナスになるのか100になるのか、始めないことには分からない。

    それを次の世代の子たちがどういう風に消化していくのか。そこは次の世代に任せます。「ゆく川の流れは絶えずして、 しかももとの水にあらず」と『方丈記』にあるけれど、職人は川面に浮かぶうたかたです。ひとりの職人の存在意義は、次の世代に伝わってはじめて分かるものでしょう。

    • オリジナルの菓子のイメージ画。和菓子にはあまり使われてこなかった洋酒、スパイスなども使いながら、日本の繊細な季節感を表現する。
      オリジナルの菓子のイメージ画。和菓子にはあまり使われてこなかった洋酒、スパイスなども使いながら、日本の繊細な季節感を表現する。
    • 和菓子は日本の生活に残るのか、一部の人だけが好む嗜好品になるのか。和菓子職人として分岐点にいることを意識しつつ、挑戦を楽しんでいる水上力氏。
        それに刺激され 、新たな挑戦が生まれるという連鎖が起これば未来の和菓子はこころを和ませる菓子として世界中で愛されているかもしれない(了)
    和菓子は日本の生活に残るのか、一部の人だけが好む嗜好品になるのか。和菓子職人として分岐点にいることを意識しつつ、挑戦を楽しんでいる水上力氏。
          それに刺激され 、新たな挑戦が生まれるという連鎖が起これば未来の和菓子はこころを和ませる菓子として世界中で愛されているかもしれない(了)

    和菓子は日本の生活に残るのか、
    一部の人だけが好む嗜好品になるのか。
    和菓子職人として
    分岐点にいることを意識しつつ、
    挑戦を楽しんでいる水上力氏。
    それに刺激され 、新たな挑戦が
    生まれるという連鎖が起これば
    未来の和菓子は
    こころを和ませる菓子として
    世界中で愛されているかもしれない
    (了)