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命のために咲く桜はどんな花でも美しい
命のために咲く桜はどんな花でも美しい
庭師 十六代 佐野藤右衛門「百年後の桜」

仁和寺の植木職人に始まる京都の庭師、佐野藤右衛門。
十四代が大正時代に全国の桜の調査・保存活動を始め、
現在の当主である十六代は「桜守三代目」とも呼ばれる。
1957年、パリで彫刻家イサム・ノグチの造園に協力して以来、
世界各国で庭をつくり、桜を植えてきた当代の佐野藤右衛門氏は
日本の桜の背景には、米の文化があることを感じている。

仁和寺の植木職人に始まる京都の庭師、佐野藤右衛門。十四代が大正時代に全国の桜の調査・保存活動を始め、現在の当主である十六代は「桜守三代目」とも呼ばれる。1957年、パリで彫刻家イサム・ノグチの造園に協力して以来、世界各国で庭をつくり、桜を植えてきた当代の佐野藤右衛門氏は日本の桜の背景には、米の文化があることを感じている。

貴重な桜を多数育てている佐野邸の庭では、春の夜、篝火に照らされた花の霞が夢幻の世界へと人々を誘う。

庭師として各国の自然と文化に触れてきた経験から、
佐野藤右衛門氏は自然とともにある文化はどれもすばらしいと考える。
そして、今の日本に対しては、文化と自然との乖離に歯がゆい思いを募らせる。

庭師として各国の自然と文化に触れてきた経験から、佐野藤右衛門氏は自然とともにある文化はどれもすばらしいと考える。そして、今の日本に対しては、文化と自然との乖離に歯がゆい思いを募らせる。

 人間は自然を上手に利用しながら、利用したものを地球に返してきたんや。その生活の中で、楽しめるものは、楽しむ。日本の場合、それが桜や。外国でも桜が咲けば花として見るけれど、花見の習慣はないねん。日本は花見弁当も、またいろんな趣向があるわな。それが日本の米の文化や。
 日本の学校が始まるのも、桜が咲く頃や。時候の一番ええ時やから、気分的にも安定する。初めて親元を離れる子どもも、抵抗少ないのや。それを六月にするとか九月にするとか言ってるやろ。麦の文化はそれでええねん。けど米の文化はそうでないのやわ。
 六月に結婚すると幸せになるとか言うのも麦の文化や。たまたま六月にドイツで仕事しとったことがあってな、どんな田舎行っても結婚式のひとつやふたつ、しとってん。西洋の坊さんに聞いたら、ヨーロッパは冬が長うて、わずかに気候がいいのは五月、六月。麦の刈り入れが終わって、ほっとした時に結婚式やるんやて。「幸せになる、ならんは、当人の話です」言うとったわ。そらそうや。

  • 広沢家の近くにある、佐野藤右衛門氏の自宅。築年数は二百年を越える。井戸も残っていて、佐野氏は毎朝五時頃に起きて水を汲む。
    広沢家の近くにある、佐野藤右衛門氏の自宅。築年数は二百年を越える。井戸も残っていて、佐野氏は毎朝五時頃に起きて水を汲む。
  • 佐野家の土間には昔の竈が残り、現在でも薪を燃やして竈で飯を炊く。夏も竈の火を焚いていたほうが、気流で涼しく感じられるという。
    佐野家の土間には昔の竈が残り、現在でも薪を燃やして竈で飯を炊く。夏も竈の火を焚いていたほうが、気流で涼しく感じられるという。
  • 佐野藤右衛門氏の趣味のひとつは陶芸。写真の桜花の器は、佐野氏が意匠を手がけ、京都市左京区在住の陶芸家、小松華功氏が完成させた。ほんのり紅い色の釉薬は、佐野家の桜の灰を調合したもの。
    佐野藤右衛門氏の趣味のひとつは陶芸。写真の桜花の器は、佐野氏が意匠を手がけ、京都市左京区在住の陶芸家、小松華功氏が完成させた。ほんのり紅い色の釉薬は、佐野家の桜の灰を調合したもの。

桜の専門家である佐野藤右衛門氏のもとには、春が訪れるたびに
テレビ等のメディアから、桜についての質問が寄せられる。
佐野氏の返事は、取材者の意表を突くものであることが多い。

桜の専門家である佐野藤右衛門氏のもとには、春が訪れるたびにテレビ等のメディアから、桜についての質問が寄せられる。佐野氏の返事は、取材者の意表を突くものであることが多い。

 テレビやら新聞やら、「どこの桜がきれいですやろ」言うわな。きれいとか、きたないとかあんのか、言うねん、わしは。「そこの土地やから育つもの、そこで育ったものが一番きれいやぞ」ちうねん。
 どんな花も、そこにあるもんは、そこが一番ええ条件やから、そこで育っとるんや。テレビの高山植物の映像に、「このような過酷な環境で、このような可憐な花を咲かせています」言うさけ、おまえアホちゃうか、言うねん。「おまえには過酷かもしらんけど、その植物はそこがいい条件やから咲いとんのや。あれを里に持って帰ったら、みんな枯れるぞ。里のほうが過酷や」言うたら、最近アナウンサーが「過酷」言わんようになったわ。
 スイッチでポンと押したら結果が出る時代や。何でも人間中心でものを考えるさけ、おかしなことばっか言うんや。

  • 東日本大震災の翌年より、津波で甚大な被害を受けた被災地に、桜を寄贈する活動を行っている。「地元の人の反応? そんなんわかるの百年後や。百年後に『津波がここまで到達したんや』『ここまで逃げたら大丈夫や』言うてもらうために植えとんのや」
    東日本大震災の翌年より、津波で甚大な被害を受けた被災地に、桜を寄贈する活動を行っている。「地元の人の反応? そんなんわかるの百年後や。百年後に『津波がここまで到達したんや』『ここまで逃げたら大丈夫や』言うてもらうために植えとんのや」
  • 移植先に選ばれるのは、復興がある程度進んできた町である。「復興のモニュメントには抵抗ある人もおるやろ。桜は、抵抗を感じさせないで、千年先まで伝えられるのがええんや」
    移植先に選ばれるのは、復興がある程度進んできた町である。「復興のモニュメントには抵抗ある人もおるやろ。桜は、抵抗を感じさせないで、千年先まで伝えられるのがええんや」

「こんな仕事いつまで続くかわからん」と言い放つ佐野藤右衛門氏に対し、
長男晋一氏は1997年に家業を法人化し、次の時代に着々と備えている。
これまでも佐野家では、性格の異なるタイプの父子が、
同じ庭に手を入れ、父が育てた木を子が植えてきたのだった。

「こんな仕事いつまで続くかわからん」と言い放つ佐野藤右衛門氏に対し、長男晋一氏は1997年に家業を法人化し、次の時代に着々と備えている。これまでも佐野家では、性格の異なるタイプの父子が、同じ庭に手を入れ、父が育てた木を子が植えてきたのだった。

 木の背丈と枝の広がる幅は人工的に調整できるねん。切ったりしてな。けど、幹が太るのと、根の張るのは止めようがないねん。絶対止められへん。それを考えて配植していかんと、大変なことになるねん。やっぱ最低百年先まで考えとかな、具合が悪いわな。そやからだいたい我々の業界というのは世襲が多いわな。昔から「三代つきあえ」言うわ。
 うちは今、孫も一緒に働いとるさけ、まもなく四代になるわ。もう一番上の曾孫が中学生やからなぁ。みんな一緒に住んどるよ。
 こないだ孫が「物事は教えてもらわんと、わからん」言うさけ、「教えてできる、職業ちゃうわい」言うて、怒ったとこやねん。昔から、見て聞いて触れて書き留めて覚え、言いよる。
 わしもおじいに育てられとるやろ、おじいもそうしとるやろ。そうすると、家の1日に200年分の会話があんねん。それが、ずーっとつながっとる。これが伝承いうもんや。

祖父と父が守り、育てた桜を、
百年後、千年後の
日本に
咲かせようとしている
佐野藤右衛門氏。
その心が次の世代に
受け継がれることにより、
桜の物語は
はるか遠い未来へと
つながっていく。

(了)

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