
禅、建築、工芸、書、画、歌など、日本の伝統文化のさまざまな要素が含まれる茶道。
わび茶を大成した千利休は豊臣秀吉に切腹を命じられたが、
茶道がそこで絶えることはなく、徳川の天下には平和な世にふさわしい茶が創られた。
その創造に大きな功績を残したのが、大名茶人・小堀遠州正一。
その茶風"綺麗さび"を受け継ぐ遠州茶道宗家 十三世家元、小堀宗実氏は、
多様な感性が並列する現代に、遠州流の調和の美学を提示する。
小堀宗実(こぼりそうじつ)
1956年、遠州茶道宗家十二世小堀宗慶の長男として生まれる。学習院大学法学部卒業後、臨済宗大徳寺派桂徳禅院にて修行、「宗以」の号を授かる。1983年副家元に就任。
1990年大徳寺管長福富雪底師より「不傳庵」「宗実」の号を授かり、2001年十三世を継承。以来、内外を問わず伝統文化の普及と精神文化の向上に努める。2014年茶道界初のドキュメンタリー映画『父は家元』に出演。近著『日本の五感』(KADOKAWA)ほかの執筆や展覧会構成等でも活躍。4ヶ月に渡って完全密着したドキュメンタリー番組、テレビ東京系BSジャパン「日経スペシャル"招待席"」2017年3月19日(日)13:00~14:30放送予定
小堀宗実氏の先祖、小堀遠州は城郭ファンにもおなじみの名前である。
茶人であると同時に幕府官僚だった遠州は、作事奉行として駿府城、二条城、名古屋城、
仙洞御所などの造園・築城で手腕を発揮し、和歌、書、華道などの方面にも名を残す。
その超人的な活躍は、時代を見抜く力によって成し遂げられた、と小堀宗実氏は見る。
小堀家の出身地は滋賀県長浜市で、今も小堀町という町名が残っています。遠州の生まれた時代、近江にはのち信長に滅ぼされてしまう浅井長政がいて、浅井家と小堀家は親戚関係にありました。浅井のあとに秀吉が入り、小堀家は秀吉の配下になるのですが、藤堂高虎と遠州の父が昵懇になり、ともに関ヶ原以降は家康の側でした。どちらにつくか判断を誤ればすべてを失う時代に、遠州の父親は世の中の動向をしっかりとらえていたわけです。
その父親を見て育ち、大名格を継いだ遠州は、家光の時代の文化サロンで、後水尾天皇、本阿弥光悦、沢庵和尚など、多くの才能ある人々と交流しています。異なる個性が出会う場では主義主張がぶつかりますが、遠州はみなさんが喜ぶ形に調整することが上手かった。利休や織部の時代のように自分をぶつけるのではなく、自分の美意識によって多様な要素を調和させたのです。それは遠州だけの新しい才能でした。
喫茶から茶道へ
鎌倉時代、禅とともに養生の薬として伝わった抹茶は、室町時代に能、連歌、書院建築などの新しい日本文化とともに総合芸術として発展。"茶禅一味(茶と禅は一体であること)"を唱えた村田珠光、"わび茶"を広めた武野紹鷗(じょうおう)、彼らの思想を発展させた千利休により、今に伝わる茶道の基本が整えられた。
千利休が豊臣秀吉に切腹を命じられた後、利休第一の弟子、古田織部が活躍するが、織部は大坂夏の陣で豊臣方に内通した疑いをかけられ自害。その後、織部の高弟だった小堀遠州、金森宗和(そうわ)、利休の子孫などが茶の指導者として活躍し、各流派が生まれた。
戦国の世の茶に比べ、優美で洗練された遠州の茶風は"綺麗さび"と呼ばれる。
子孫として茶風を受け継ぎ、遠州の仕事を長年研究している小堀宗実氏は、
遠州には現代の建築家やデザイナーに近い感覚があった、と言う。
建築や造園の仕事で、遠州は使い手の側に立ったものづくりをしていました。たとえば二条城に後水尾天皇が行幸されるにあたって御殿を増築するのですが、新しい御殿からも庭が美しく見えるよう、庭の石組みなどを変えているんです。
茶道でも同じように、使う人の気持ちに適うものをつくっています。つくった人の思いが強すぎる茶室や茶道具は他の人には使いにくい場合がありますが、遠州がつくったものは誰がどう使ってもいい。遠州に自分の思いがないわけではなく、個性はしっかり持っています。そこに他人の思いを足し、他人の手に渡った後は潔く他人に委ねるのが遠州のやり方でした。
"綺麗さび"の"綺麗"は心の綺麗さをいう言葉でもあります。遠州の潔さはそういう意味で"綺麗"。心の綺麗好きは"綺麗さび"の大事な要素です。
小堀遠州が没したのは1647(正保4)年、今から370年前のことである。
長い年月は日本の人々の暮らしを大きく変えたが、茶道は決して古びていない。
むしろ現代こそ人に茶道が必要だ、と小堀宗実氏は考える。
茶道は映像やバーチャルでは済まないものです。見ているだけということは絶対ありません。相手はすぐそこにいて、一人ひとりの人間性がどうしても出てきます。主人の側は「飲むのが遅いなあ」と思っていたり、客の側は「なんで手が震えているんだろう」と思ったりしていますが、実は互いに外部とは別の時間に存在しています。
お茶の流れは、外の時間の流れがどうであれ、変わることがありません。決められた手順で点てて最後は口の中におさまる。その瞬間、時間が止まる。そこが重要なんです。
人は世の中の時間を止めることはできません。でも、お茶を点て、いただくことで、自分の時間を止めることができます。自分が止まると、動いている時間や季節が感じられます。それをきっかけに、過去や未来にも思いをめぐらせる。それを現代の人も昔の人と同じようにでき、同じように感動できるのが、茶道のすばらしいところだと思います。
茶をいただく瞬間の静止のうちに
人は今を生きる喜びを知る。
その瞬間を輝かせる"綺麗さび"は
小堀宗実氏の永遠の理想でもある。
(「感性を繋ぐ」編へつづく)