「住宅の工業化を、世界へ」 日本で最初に住宅の工業化を実現した大和ハウス工業。
その誇りを胸に、マレーシアの人々の「家」に対する既成概念を変えていく。

ダイワマレーシア 社長(当時) 宇杉 大介ダイワマレーシア 社長(当時) 宇杉 大介

Daiwa House Malaysia Sdn Bhd

Managing Director

ダイワハウスマレーシア 社長(当時)

宇杉 大介 【DAISUKE  USUGI】

1996年 : 入社/情報システム部に配属

2004年 : 国土交通省 国土交通政策研究所に出向

2006年 : 出向終了/住宅事業推進部に配属

2011年 : 住宅事業推進部海外事業グループ グループ長に任命

2012年 : クアラルンプール駐在員事務所に配属(所長)

2015年 : Daiwa House Malaysia Sdn Bhdを設立

「サンウェイ・イスカンダル」プロジェクト完成予想図「サンウェイ・イスカンダル」プロジェクト完成予想図
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挑戦こそ、喜びである

Spirit of Hearts

「日本の優れた住宅の工業化の技術で、マレーシアの人々の“家”に対する既成概念を変えていこう」。2015年6月、大和ハウス工業は、マレーシア最大手デベロッパーのサンウェイ社と業務提携を交わし、プレハブ戸建住宅の開発・販売を共同で行う合弁会社を設立。

秋からは、国家プロジェクトの複合都市開発地区で100戸の戸建住宅を建設する。ダイワハウスマレーシア社長の宇杉は、ついにスタートラインに立った、と胸を熱く震わせた。

振り返れば、宇杉が会長の樋口にマレーシア進出を直談判した日から4年の歳月が過ぎていた。当時、宇杉は住宅事業の中期計画策定に携わり、海外展開を模索していた。

今後、成長が見込めるのはASEAN諸国だ。なかでもマレーシアはGDPがシンガポールに次いで高く、戸建住宅に対する憧れが強い。国も工業化建築を奨励している。

マレーシア最大手デベロッパーのサンウェイ社と業務提携

「会長!マレーシアに行かせてください」。

宇杉の言葉を聞いた樋口は、支店をつくる程度の気持ちでは駄目だ、と突き放す。「日本に帰ってくる気はありません。ずっとマレーシアでやっていきます」。

海外駐在を志していたとはいえ、そこまで言い切った宇杉に、樋口は挑戦を喜びとする起業家精神を見出した。それは創業者、石橋信夫の精神でもあった。そうして樋口の心を動かし、ついに宇杉はマレーシアへと向かうことになる。

事務所で駐在スタッフと事務所で駐在スタッフと
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品質への欲求を掘り起こす

Spirit of Hearts

2012年春、宇杉はマレーシアの首都クアラルンプールにいた。4人の部下を含め、英語を話せる者は誰もいない。事務所を借りる、電気や電話を引く、現地の会社と打ち合わせをする、すべてが手探りだった。しかも住んでいたコンドミニアムは水漏れ、電気系統の故障、壁や窓のすき間から虫が入る、と問題が続出。

大和ハウス工業の住宅品質を基準にすると不満だらけだが、マレーシアの人々は「家とは、こんなものだ」とあきらめていた。あらゆるモノが先進国並みに揃い、中流以上の人々はそれを享受しているのに、住宅だけが低いレベルにとどまっている。

しかし、日本車が高価なのにも関わらず人気があるのは、品質に対する安心感があるからだ。「比較できる家ができれば、品質への欲求は必ず表に出てくるだろう」。宇杉は確信を深めていった。

Tan Wee Bee氏とサンウェイ本社にて、 「サンウェイ・イスカンダル」プロジェクト分譲住宅地のイメージ図Tan Wee Bee氏とサンウェイ本社にて、 「サンウェイ・イスカンダル」プロジェクト分譲住宅地のイメージ図
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最高のパートナーに出会う

Spirit of Hearts

当初、駐在員事務所を設立した目的は、現地法人への道筋をつけることだった。それには2つの関門がある。1つは住宅の仕様や材料を現地化し、「マレーシア版工業化住宅」を開発すること。もう1つは「提携パートナー」探しだった。

マレーシアでは、日本の工業化住宅どころか、「ダイワハウス」も全く知られてはいない。現地でブランド力のある会社と組めば、大和ハウス工業の住宅に対する信頼感を持ってもらえるはずだ。

季節は秋になっていた。ところが、交渉を続けてきた企業の反応が鈍い。宇杉は窮地に陥った。
「あきらめて一から提携先を探そう」。半年以内に有力候補が見つからなければ、マレーシアからの撤収もやむを得ない。

覚悟を決めた宇杉に転機が訪れたのは、その冬だった。宇杉は、銀行の紹介でマレーシアの最大手デベロッパー、サンウェイ社に会う。

大和ハウス工業の工業化建築の技術力やイノベーション力、中国での経験値は高い評価を受けた。彼らもまた、マレーシアで工業化建築を推進しようと考えていた絶好のタイミングだった。

ついに宇杉は最高のパートナーを見つけたのだ。「われながら運を持っていると実感した」。宇杉たちの苦労がついに報われる時がきた。

試作棟外観、造成中の開発予定地試作棟外観、造成中の開発予定地
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ゼロから一を生み出す

Spirit of Hearts

2013年10月、手始めにサンウェイ社の分譲地内に3階建ての試作検証棟を建設させてもらえることになる。ローカルの建設業者にとっては初めての工法だったにも関わらず、5カ月という期間で完成。

工業化住宅の圧倒的な速さに、サンウェイ社や施工業者は皆、驚いた。出来上がりや品質も概ね反応は良い。コンクリートやレンガに慣れ、壁の空洞感を不安視するお客さまもいたが、新しいもの好きで品質の高さを重視する人に訴求すれば十分に勝負できる。

「良い住宅を増やしていくことが、マレーシアという国にとっても必ず良い方向につながると信じている」。

そして、ついに2015年秋、サンウェイ社との合弁会社により、宇杉の悲願であった戸建て住宅の建設が始まる。販売は来春から。その後も「戸建のプロジェクトを第2弾、第3弾と続けていきたい」と夢は広がる。ゼロから1を生み出す挑戦は、途方もない困難に満ちていた。しかし宇杉は言霊の力を信じている。

「思いを言葉に出し、何度も人に伝えれば、必ず叶う方向に導かれる」。

宇杉の言葉に迷いはない。その目には、自分たちが創りあげる確かな未来が見えているのだ。

ダイワマレーシア 社長(当時) 宇杉 大介ダイワマレーシア 社長(当時) 宇杉 大介
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住宅の工業化を、世界へ

Spirit of Hearts

しかし、宇杉の夢はもっと大きなところにある。

「住宅の工業化を世界に広めたい」。

日本の工業化住宅は、厳しい環境の中で鍛え上げられてきた。安全・安心を追求した品質はもちろん、工法の均一性などの製造プロセスも世界にも類を見ないものだろう。世界のあらゆるところに、まだまだニーズがあるはずだ。

1955年に創業し、初めて工業化住宅を世に送り出した大和ハウス工業。工業化住宅のパイオニアとしての誇りを胸に、宇杉はその住宅を世界中に広めていく。これからも、挑戦は続く。

※掲載の情報は取材当時のものです。