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埼玉県さいたま市浦和区の分譲マンション
プレミスト浦和仲町

urawa central gate

HISTORY

宿場町としての繁栄が、今も風景に息づく。
現地周辺の街並み(徒歩3分/約220m) 現地周辺の街並み(徒歩3分/約220m)

現地周辺の街並み(徒歩3分/約220m)

NAKASENDO URAWASHUKU

中山道浦和宿のセントラルエリア「仲町」。

江戸から内陸部を抜け京に至る中山道において、日本橋から三つ目の宿場町として誕生した浦和宿。
武蔵の国における交通の要衝として栄えたこの宿場は、かつて上町、中町、下町に分かれており、
なかでも繁栄の核となる位置にあった「中町」一帯が区画整理され誕生したのが、現在の「仲町」です。

中山道概念図
支蘇路ノ驛 浦和宿 浅間山遠望 ※国立国会図書館所蔵

支蘇路ノ驛 浦和宿 浅間山遠望 ※国立国会図書館所蔵

浦和宿、その賑わいの記憶を今に伝える史跡。

浦和駅の西側を南北に延びる旧中山道。その道程に生まれた往時の浦和宿は、将軍が宿泊・休憩する場であった浦和御殿(現在の常盤公園)や、明治天皇の行在所となった本陣(現在の仲町2丁目)を擁する宿場でした。更に古くは、平安時代に空海が創建したと伝えられる玉蔵院の門前町としても栄え、また宿場としては比較的江戸に近かったことから、市場としても繁栄しました。

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農婦の銅像(徒歩4分/約280m)

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浦和宿本陣跡(徒歩3分/約240m)

多くの芸術家が東京から移り住んだ「アトリエ村」。

大正12年に関東大震災が発生した際、被害の少なかった浦和に東京から多くの芸術家や文化人が移住しました。それらの人々は自然が美しい別所沼周辺の高台に居を構え、昭和初期には40人余りの美術家が暮らすほどになり、やがて浦和アトリエ村と称されるようになりました。現在でも企画展のテーマとされるなど、浦和の芸術を牽引する存在となっています。

浦和コルソのモザイク壁画は、浦和画家 高田誠による作品(徒歩8分/約590m)

浦和コルソのモザイク壁画は、浦和画家 高田誠による作品(徒歩8分/約590m)

※1行政・教育・文化の上で昔から中心地であった仲町2丁目アドレス。交通利便や駅前利便や生活利便、行政・教育・文化。「URAWACENTRAL GATE」はそれらを享受できるポジションに誕生する本件(URAWACENTRAL)と、本件の商品性(GATE)を表現したコンセプトワードです。

※掲載の情報は2020年10月現在のものです。

※掲載の写真は、2020年10月に撮影したものです。

※徒歩分数は1分=80mとして換算し、端数は切り上げています。

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