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分譲マンション

歴史を尊ぶかつて宮家、華族、財閥当主、首相が居を構えた場所。

現地周辺の街並み(徒歩3分・約200m)※2020年5月撮影

江戸時代より武家地の系譜を継ぐ、歴史ある居住地。

江戸時代、文京区内の大半が武家地によって占められていました。現地は、幕府の御書院番頭、池田甲斐守下屋敷のあたりに位置し、周辺には十五代将軍・徳川慶喜のお抱え屋敷など、多くの大名屋敷が点在していました。また、現地周辺には火の番役の武士が多くいたので「小石川火の番町」と呼ばれていました。

明治末期には財閥当主別邸。

明治時代に入り、広大な武家屋敷の跡地は、大学などの教育機関の敷地や軍用に転用されました。また、高台にあった旧武家地に当時の華族や富豪が移り住み、のちに山の手と呼ばれる地区が形成されていきました。明治2年より、小石川丸山町と呼ばれていた現地周辺にも、明治から大正にかけて有栖川宮熾仁親王邸をはじめ、華族、亀井伯爵邸、当時の八大財閥の一つと言われる川崎財閥の当主別邸など、錚々たる名士が居を構えていました。

一万分一地形図東京近傍
(明治四十二年測量大正十年第二回修正測量)(文京区真砂中央図書館所蔵)より抜粋

戦後、先進的な住宅として、モダンな佇まいを魅せた「丸山町南住宅」。

1955年(昭和29年)、この地に「丸山町南住宅」が建設されます。鉄筋コンクリート造の住宅がまだ目新しい時代に建てられた、先進的な住宅であり、モダンな門柱や緑がつつむ低層の佇まいが、印象的であったと伝えられます。以来約65年の長きに渡り、「丸山町南住宅」は良質な住環境のシンボルとして、地域の中で親しまれてきました。
「プレミスト文京千石」は、この「丸山町南住宅」の建替事業であり、土地の歴史とともに、静穏、風光、四季の潤いといった、この地が守り続けてきた住宅地としての心地よさを、未来に継承する使命を担って誕生します。

3点とも丸山町南住宅(2017年11月撮影)

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