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ディーテラス宝塚雲雀丘

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販売開始予定時期/令和2年2月上旬

History 100年継承の歴史を刻む住宅地宝塚、雲雀丘。

※正司邸/約300m(令和元年7月撮影)

阪神間モダニズムの気風を纏う、静寂の地に。

雲雀丘が美しい住宅地であることは積み重ねられた歴史が物語っています。始まりは大正時代、阪神間モダニズムの中心といえる御影・住吉地区の開発を手掛けた事業家の阿部元太郎氏によるものでした。以来、財界の富裕層や文化人が移り住み、現在も残るモダンな邸宅が国の文化財や市の景観重要建築物に指定されています。

雲雀丘の歩み

  • 1915(大正4年)

    阿部元太郎※による開発が始まる
    ※阪神間の御影・住吉地区の開発に携わった事業家

  • 1921(大正10年)

    「私立学校法人 雲雀丘学園」設立

  • 1922(大正11年)

    雲雀丘分譲開始

  • 1923(大正12年)

    現高碕記念館建設(ヴォーリズによる設計)

  • 1928(昭和3年)

    日本初のトロリーバスが運行開始

  • 1958年(昭和33年)

    雲雀丘ゴルフ倶楽部営業開始

  • 1989年(平成元年)

    市内20邸のうち雲雀丘地域の14邸が
    景観形成建築物に指定

  • 2002年(平成14年)

    まちづくりの地区計画・景観形成基準を制定

  • 2008年(平成20年)

    地域住民による雲雀丘山手公園開園

  • 2016年(平成28年)

    街開発100周年を迎える

阿部元太郎氏が主導した雲雀丘の大紳士村開発

雲雀丘の開発にあたって、阿部氏は当初10万坪の土地を取得し開発を進めていった。氏が理想とする住宅地実現のため、土地購入者には細かな条件をつけた。自らも雲雀丘に自邸を構え、駅前に自身の銅像を置くなど特に思い入れの深い地であったことがうかがえる。

モダニズム洋館が次々と「洋風スタイル」の開花

開発においては徹底的に自然にこだわり、山を削らず既存樹を活かし家を建てるところだけを平らに造成した。道路に面するところには石垣や植栽等を義務付けるなど景観ルールを設けた。また、阿部氏は洋風モダンなライフスタイルを好みこの地に建てる住宅の屋根瓦を、全て赤色に統一したい気持ちがあった。

日本初のトロリーバス運行 雲雀丘独特の風景

1928年、日本で初めて花屋敷駅から温泉地までの約2kmにおいて無軌道電車(トロリーバス)の運行が始まった。終点には温泉浴場のほか遊園地や遊技場などの施設もあり、このために道路を拡張し桜も植えられた。美しいピンク色の桜並木は現在もお花見スポットして親しまれている。

この街を象徴する歴史的建造物が身近に点在。

阿部元太郎氏によって整えられた街は、その後も自治体や街に暮らす人々が協同し、「まちづくりルール」を制定するなど今もその美しい景観が保たれています。その象徴的な存在といえる正司邸(国の登録有形文化財)や高碕記念館は宝塚市の景観重要建造物に指定。高碕記念館は都市景観形成建築物等に指定されています。

高碕記念館/約430m
高碕記念館/約430m

正司邸/約300m
正司邸/約300m

※出典:『雲雀丘・花屋敷100年浪漫物語』(雲雀丘100年浪漫委員会:平成28年10月発行)
※掲載のモノクロ写真は『雲雀丘・花屋敷100年浪漫物語』より引用したもので、カラー写真は令和元年7月に撮影したものです。

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