
森林破壊や地球温暖化の問題が深刻な今、自然の竹を材料とする
四代田辺竹雲斎氏の「生命の循環」をテーマにしたインスタレーションは
未来へのメッセージとして世界の人々の共感を集めている。
また、作品の制作が貴重な竹林の管理にも役立ち、
人材や地域経済にも望ましい循環を生み出し始めている。
四代田辺竹雲斎氏が主に使用する竹は、高知県の虎竹
である。
虎竹は高知県須崎市の特定の山のみに生育し、竹林に人の手が入っている場合に
自然と表面に虎模様ができる。虎竹のそんな不思議な性質は、
人と自然の共存をテーマにしたインスタレーションに相応しい。
虎竹をつくっている方と一緒に竹林再生プロジェクトをやっています。籃をつくるだけでは竹1本くらいで済んでしまいますが、インスタレーションだと竹を1万本ぐらい使うので、荒廃した竹林をアートで再生できる可能性があるんじゃないかと思っています。私が毎年大量の竹を買い続けることで、その方も安心して人を雇うことができるようになってきました。
いい竹をつくるには、人手がかかります。竹林を放っておくと竹が入り乱れるように生え、形や色、質が悪くなります。そうならないよう、生産者さんは間引きをします。小さいうちに成長点を突き、竹を殺してしまうんです。間引かれた竹は放置され、ごみ扱いだったのですが、それを拾って「朽竹」と名付け、生かされた竹と一緒に作品をつくることを始めました。すると、ごみとされたものの命を再生した点が高く評価され、フランスで大きな賞をいただきました。
日本にはものに感謝するとか礼を尽くすという伝統がありますが、感謝するだけでなく、次に繋げることもしてきたと思うんです。竹工芸では竹を何十年も蔵に置いておいて、味わいが出たものを「蔵さび」というんですが、そういう竹を私が使えるのは先代や先々代のおかげ。それがあるから、私も次の代のために竹林再生プロジェクトを頑張らないと、と思っています。
欧米に日本の竹工芸のファンが増えつつある一方で、
中国では文化大革命を機に精緻な竹工芸が廃れ、
日本でも専業の竹工芸家は百人に満たないといわれる。四代にわたって号を継承し、
約10人の弟子を抱える竹雲斎工房は異例中の異例である。
襲名は日本独特のものですが、名前のおかげで腹をくくって伝統を継承しやすくなったり、人に伝えやすくなったりすることはあります。インスタレーションも、四代目が挑戦することで伝統からのアートという意味が加わったと思います。
親は仕事に関しては昔風の「見て盗め」という感じでしたが、日々の生活の中では「謙虚でありなさい」とか「心を磨くために掃除をしなさい」とか田辺家の精神的なものをいろいろ教えられました。畳の上の歩き方とか、家に帰ったら正座で礼をするとか、基本的な教えがいっぱいあって、今は私が子どもや弟子にそれを伝えています。今は伝統工芸の工房でもそうした伝統を弟子に教えるところは少ないですけど、私は大事にしていきたいと思います。
弟子の修業は、父の代では三年で初伝、五年で中伝、七年で奥伝というシステムになっていました。今はもっと明確に修業の内容を定めていて、初伝、中伝、奥伝の各段階で試験をします。また、コンセプトを決めて作品をつくったり、他の分野の作家の講演を聞いたり、ワークショップに参加するといった美術教育の部分もやっています。10年修業して技術試験と論文に合格し「免許皆伝」までいったらトップレベルの技術が身についています。それをまた次の代に伝えてほしいですね。
様々な分野のクリエーターとのコラボレーションに積極的なことも
四代田辺竹雲斎氏の活動の大きな特徴に数えられる。
近年注目を集めるデジタルアートに取り組むなど、先進技術への関心も高い。
コラボレーションしていただく方を決める基準は、その方の作品に自分がビビッとくるといいますか、自分と違う感性をお持ちで、自分の可能性を広げてくれそうな方ですね。年代はバラバラです。若い方とジェネレーション・ギャップの中でコラボレーションをすると気づきが大きいですね。
テクノロジーの分野のコラボレーションでは、これからの伝統工芸とその分野の差を埋めることを試しています。産業の分野は、近代の産業革命からITまですごい進化があるのに、工芸は進化しないで進んでいます。その差がさらに開いていく前に、どういう風にしたら伝統工芸は上手に残っていけるんだろう、と。
いろんな工芸がテクノロジーと融合できる可能性は十分あります。私はファッションとか建築とかでやっていますけど、バイオ工学とかロボット工学とかで、工芸の価値観や日本のアイデンティティを持ったまま、違った表現ができるだろうと思います。華道や茶道は日常的でなくなりましたが、その中の要素を他のものと融合していくと新しいものが生まれてくるはずです。
私が今やってみたいのは30階建てくらいのビル。ビルの中に竹のアートをつくるのではなく、ビルごと編んだりできないかと。外は鉄やコンクリートを編み、中は竹を編むといった方法で建築を編みたいと思っています。既に建築家の方と現実的に実現可能なプランをつくっていて、まずは4階建てくらいの大きさから挑戦する予定です。まだ誰からも依頼されていないですけど。
伝統は、伝承とは違い、
時代とともに変化する。
百年後には竹の
インスタレーションも伝統になり、
今は存在しない何かが
つくられるかもしれない。
そんな未来のため、
竹と人が共生する環境づくりは
四代目としての大切な仕事となっている。
Ⓒ星野裕也