神田・秋葉原エリアのもう一つの表情

秋葉原のある千代田区は、国の重要な機関はもとより、大使館などの国際機関も多く、また、企業が多く点在しているため、経済や政治の中心とも言える場所です。
そんな千代田区にありながらも、歴史的建造物や文化を感じる佇まいは、観光客にとってもきっと魅力的なのでしょう。ところで、なぜこのエリアには古い建物がいまも残っているのでしょうか?
神田和泉町を歩いていると、ひときわ趣きを感じる「和泉町ポンプ所」があります。1923年(大正12年)の関東大震災のとき、このエリアの住人は「和泉町ポンプ所」から放水し、さらには神田川の水をバケツリレーで運ぶことで消火。1人の死者も出さず鎮火させたそうです。
こうして「秋葉原」駅周辺には歴史的に価値のある建造物がいまも残ることになったのです。
風情のある街並みは、町を愛する地域住民たちによって守られたと言えるでしょう。
「淡路坂」下。別名:相生坂・大坂・一口坂(いもあらいざか)の名を持つ。長い歴史の中、様々な名称で呼ばれ親しまれてきた。   神田和泉町の一角にある和泉公園には、関東大震災での住民の行動をたたえ、「防火守護地」と刻まれた石碑が建てられている。
「淡路坂」下。別名:相生坂・大坂・一口坂(いもあらいざか)の名を持つ。長い歴史の中、様々な名称で呼ばれ親しまれてきた。   神田和泉町の一角にある和泉公園には、関東大震災での住民の行動をたたえ、「防火守護地」と刻まれた石碑が建てられている。