2017年3月に竣工した、地上12階建のマンション「プレミスト白金台」。伝統的な工法や職人技を用いた新たな表現と、街のイメージを高める外観デザインが高い評価を受け、同年のグッドデザイン賞を受賞しました。この物件のデザインが生まれた背景には、白金台の原風景や歴史をひも解き、住まう人に新しい形で伝えようとする熱意がありました。

敷地のエノキと朝香宮邸に、歴史の息吹を感じとる
向井氏をデザイン監修にお迎えし、2015年に始動した「プレミスト白金台」プロジェクト。
同年2月、向井氏と長井の2人は、白金台駅から徒歩1分(約80m)、目黒通り沿いの建設予定地に立っていました。
  • 長井:「最初に訪れた時の印象は、今もよく覚えています。国指定重要文化財である瑞聖寺の敷地の中で、一区画だけがポッカリと空いていました。海抜約31.0m(※)という高台にあり、南側には緑と低層住宅地。素晴らしい眺望の建物になりそうだ、という確信がありました」

    ※海抜表記 出典:カシミール海抜測定ソフト


    そんな中、2人の目を捉えたのは、敷地の真ん中に生えていた、樹齢70年にもなるエノキの保存樹でした。
  • 向井氏:「エノキは、日本の国蝶であるオオムラサキが幼虫の時に、この葉のみを食べて育つことで知られる木。そんな古式ゆかしい木が、敷地の中で確かな存在感を見せていました。エノキの生命力を、これから創り上げるプレミスト白金台に活かせないだろうかという想いが、まず頭に浮かびましたね」

    そこで2人がまず行ったのは、エノキをどのような形で残していくか、検討することでした。
長井:「マンションを建てる上では、どうしても木を伐ることになってしまいます。何とか新たな形で使うことはできないかと、向井さんに木の匠である伊勢戸銘木店の伊勢戸将司さんをご紹介いただき、現地でエノキを見ていただきました。すると、最善の状態の時に伐って保存をしておこう、ということになったわけです」

木が水を吸い上げて水分が多くなる季節を避け、春浅い3月半ばに伐採。製材所で240mmの厚みに3分割し、乾燥室でじっくりと1年乾燥。エノキは満を持して、その出番を待つことになりました。
 一方、白金台と調和する住まいを目指して土地の歴史をひも解く中で、浮かび上がってきたのが東京都庭園美術館(旧朝香宮邸)でした。1933(昭和8)年、久邇宮朝彦親王の第8王子、朝香宮鳩彦王の邸宅として建立されたこの建造物は、白金台の象徴として長く愛されてきた存在であり、東京都指定有形文化財にも指定されています。

東京都庭園美術館(旧朝香宮邸)・提供写真:東京都歴史文化財団(イメージアーカイブ)

向井氏:「朝香宮邸は、今でこそ美術館として用いられていますが、長い間住宅として機能してきた建造物です。白金台という土地の歴史や物語が写し取られ、自然に立ち現われている姿が、住まう人、そして利用される人々の安心感や愛着に繋がってきたことに魅力を感じました。プレミスト白金台も、この朝香宮邸に倣うべきではないかと思ったのです」

フランス留学中に当時全盛だったアール・デコの様式美に魅せられた朝香宮が、日仏のデザイナーや技師、職人と高度な工芸技術や庭園技術を駆使して作り上げたといわれる朝香宮邸。

向井氏「この建造物の最大の魅力は“当時の新しい考え方や趣味趣向を、洗練された高度な熟練の技術で実現した”というところにあります。私たちも、プレミスト白金台という物件で、熟練した職人さんたちの伝統の手業を活かしながら、今までにないような技術を盛り込み、新しいものに昇華していけるような表現をしたいと考えました」
立ち上がり、成長を続ける樹木の姿をマンションに
70年近くも齢を重ねたエノキの樹の生命力と、朝香宮邸に息づくものづくりの気概。この2つを意識しながら、白金台にどんなマンションを創ることがふさわしいのか、プロジェクトチームでは何度も何度も議論が重ねられました。やがて導き出されたのは、2人が現地で見たエノキの大木が、そのまま建物として浮かび上がるような、有機的な存在感を備えたファサード(建物前面/北側)の姿でした。

向井氏:「建物の中央部分には、樹木をモチーフにした繊細なデザインのアルキャスト(アルミパネル)を配置し、木の幹が伸び上がるように。そして各階のバルコニー手摺にも同テイストのアルキャストを使い、枝が左右に広がってゆくイメージに。更に、各階には植栽のユニットを積み上げます。マンションが完成した後も植栽の緑が育っていけば、エノキの景色を継承し、永く活かしていくことができるのではないか。そこから、どんどんアイデアが広がっていきました」

建物中央と各階バルコニーのアルキャストで樹木の幹や枝を表現。植栽ユニットが建物上部まで緑を繋ぐ。外壁には木の肌を思わせる、せっ器質のタイルを採用

かつてないアイデアを数多く盛り込んだプレミスト白金台ですが、中でも大和ハウス工業で初の試みとなったのが植栽ユニット。当時、これだけの規模の空中緑化を採用したマンションの事例はなかったといいます。

長井:「12階の高さまで設置するとなると、思いもかけないことが起こり得ます。例えば、地上から離れるほど風が強くなるため植物の成長に問題は起こらないか。安全面は担保できるか。メンテナンス上の問題は起こらないか。さまざまな懸念がありましたが、一つひとつクリアしていきました」

向井氏:「景観の調整も一つの課題でしたね。ユニットには土を固く締めつけた土壌を使い、植栽がゆっくり成長するようにして、建物の経年変化と調和していくようにしています」

長井:「グッドデザイン賞の受賞でも、“育っていく外観”は大きな評価をいただくポイントになりました。また、マンションをお選びいただく方々にとっても、見た目のインパクトは魅力に繋がりましたね。プレミスト白金台は、かなり遠くからでも一目で識別していただくことができます。やはり、“ここだ”とわかるような建造物に、住まう方が誇りや意義を感じてくださっていることを実感しました」

一方南側は、眼下に瑞聖寺の緑や低層の住宅街が広がる高台のロケーションを最大限に活かし、足元までのハイサッシやガラスの手摺りを採用。ファサード(北側)の守られるような意匠とは対照的な、開放感のあるデザインになっています。

向井氏:「重みのある重厚な建物に、光る素材やガラス面などがうまく組み合わされると、住まう方にもコントラストを心地よく感じていただけるようになります。ファサードでも使用している素材のバランスや比重、使い方を少しずつマッチさせ、違う表情を見せながらもマンション自体は一体化してまとまりがあるように創り上げました」

長井:「ここは標高が高い上に、近くに高層物がないため、本当に眺めが素晴らしい。とにかく住まう方に室内からの景観を楽しんでいただくために、透明感のある素材を使いたかった。その想いを、向井さんに美しく表現していただけました」
  • ハイサッシやガラスで開放感を演出、ファサードと同じアルキャストの手摺やタイルの質感を取り入れて調和のとれたデザインに

  • 外装タイルは一枚一枚、風合いの異なるものを手で貼り分け。また、基壇部、中層部、上層部と色味を徐々に明るくし、空に解き放たれるような印象を演出

自然物に丁寧な職人技を施し、本質を追求した空間を創る
プレミスト白金台を語る上で忘れてはならないのが、進取の姿勢。朝香宮邸の精神に倣い、外観はもちろん、建物内の細部にわたるまで、自然物に丁寧な職人技を施したオリジナルの素材が使用されました。

タイルブロックの光壁、アートガラス、耐候性鋼板の庇、金属左官の扉、手彫りの白河石など、多彩な素材と職人の技術で武蔵野の原風景を表現

版築壁やアートガラス、床には焼きこんだ那須野石。そして中央には、あのエノキを活かしたベンチアートが地層を思わせる版築壁。

  • 土と石を絶妙に配合し、外観と同じく上に行くほど、色が明るく変化していく

  • 伊勢戸 将司氏によるエノキのベンチアート。朝香宮邸のシンボル「香水塔」のモチーフが刻まれている

向井氏:「素材の選定には、大変力を入れています。また、左官、ガラスアート、石工、木工と、素晴らしい技術をもって新たな表現を常に追求されている職人さん方にお力をお借りしました。例えば、最初にエノキのお話で登場した伊勢戸さんは、一度イタリアに渡って彫刻の修行をされた後に、ご実家の材木商で木を学ばれた方。木についての卓越した知識はもちろん、今回は彫刻でもご活躍いただいています。この建物のシンボルとなるベンチアートに、香水塔をモチーフにした彫刻を施したのですが、レリーフを彫りながらすこし表面を凸に膨らませていただきました。そうすると、浮き上がるような立体感や存在感が出ます。伊勢戸さんには、そういった塩梅を本当に素晴らしく実現していただきました」

長井:「プランが決まる前よりも、決まってから“ここの素材や使い方はどうしようか”というやりとりをする時間のほうがはるかに長いですね。それだけディテールにまでこだわりを持って創っています。例えば今回、石はすべて那須塩原付近で産出されるものを使用したのですが、あるものは無垢なまま手彫りをしたり、またあるものは窯で焼成して発色を変えたり。丁寧に手を加えることによって表情は変化しますが、元は同じ石なので、空間全体に統一感が生まれます。こういった石をランダムに見せながら、ミリ単位の寸法と色目をすべて指定して配置。違和感なく視線が流れていくように細かく管理しています」

向井氏:「エントランスには、重厚感を出すために幅900mm、高さ300mm、厚さ50mmの白河石を使用しました。ものの厚みというものは不思議なもので、見えなくても自ずと伝わってくるものです。住まう方に安心を感じていただけるようなボリュームがある石を使うことができ、なおかつ石工さんとも緻密なやりとりができ、唯一無二の加工をしていただける。これは、国産だからこそできることだと思いますね」

飽くなきものづくりへの挑戦が、「正解」を創りだす
白金台の街並みと美しく調和しながらも、独特の存在感を放つプレミスト白金台。このデザインを生み出すことができた理由は、想いを一つに、とことんまで考えやり抜いたところにある、と2人は語ります。

長井:「マンション創りにはいろいろな正解があります。私と向井さんのコンビでなければ、白金台によく見られるような前面ガラス貼りなど、違ったデザインのアプローチもあったかもしれません。ただ、私たちには、白金台に刻まれてきた歴史を振り返り、大切にしたいという想いがありました。住まうということは土地に根付くわけですから、やはり住む土地には誇りを持ちたい。どんな方もそうお考えになるはずです。だからこそ土地の歴史を十分に理解し、ふさわしいマンションをデザインする。その意図をしっかりとお伝えすることができれば、賛同してくださる方は必ず集まると信じています」

向井氏:「私たちの身体感覚は、今までもそしてこれからも、そう変わるものではありません。歴史から学んで良いとされてきたもの、時間をかけて磨かれてきたものをブラッシュアップしながら継いでいく姿勢は、建築を手がける上では大切なアプローチだと思います。プロジェクトではとにかくいろいろな現場を一緒に見て感じて、アイデアを出し合いました。その中で考えもしなかった発想が高まって行き、この表現に繋がっています。長井さんをはじめ、ダイワハウスさんは新しいアイデアを面白がってくださるのが嬉しい。そして実現させる方法はないものか、一緒になって頭をひねって考えてくださる。自由なプロジェクトの体制を取れるのがいいなあ、といつも思います」

長井:「今ある発想やものを使うだけではやはり面白くないし、住まう方にも喜んでいただけません。向井さんは新しいデザインを切り拓いていく上で、本当に頼もしいパートナーです。私たちが最初に見たエノキの大きな木を大切にして、このマンションを創り上げたことは、今でも正解だったと思います」

向井氏と長井は、次なる物件「プレミスト赤坂翠嶺」で再びタッグを組みました。赤坂御用地からほど近い、料亭にゆかりを持つ和の洗練された空間を、 2 人はどのように紡ぎあげたのでしょうか。これからもデザインへの挑戦は続きます。