北海道乙部町、江差町、上ノ国町


自然・風土
ロイヤルシティ鹿部リゾート/2026.01.23

本州に面する北海道の南西部。太平洋、日本海、津軽海峡の3つの海域に面するエリアは渡島半島(おしまはんとう)と呼ばれています。ロイヤルシティ鹿部リゾートが広がる鹿部町も太平洋内浦湾に位置し、渡島半島を構成する一部。ここから車で1時間半ほどで日本海側に辿り着きます。乙部町(おとべちょう)、江差町(えさしちょう)、上ノ国町(かみのくにちょう)など海沿いの町には鎌倉時代頃から本州の人々が移り住み、ニシン漁などで繁栄。北海道のなかでも早くから開けた当時の町の面影を、美しい海景色のなかから垣間見ることができます。
(写真左)砂浜から見上げた乙部町の滝瀬海岸「シラフラ」。火山噴火で噴出した軽石が海底に積もり、できた地層が隆起したものといわれる
(写真右)隆起した断層の下部を、当時の漁師たちが掘削してつくった「くぐり岩」
渡島半島の日本海側、ほぼ中央部に広がる乙部町は、江戸時代には江差町に次ぐニシンの好漁場として発展しました。この町のビュースポットは、滝瀬海岸の美しい海岸線。アイヌ語で白い傾斜地を意味する「シラフラ」と呼ばれる場所では、隆起した地層が織りなす白い断崖がおよそ500mにもわたってそびえ立ち、訪れる人を魅了します。ここから砂浜に沿って北へ歩くと、海に突き出た岩壁に穴が空いています。これは、江戸時代に当時の漁師たちがニシン漁のために掘削した「くぐり岩」。大人が少し背を縮めて通れるほどの空洞から、当時の光景が目に浮かぶようです。
館の岬駐車場から見た「館の岬」と夕日が沈む日本海。遠くに奥尻島が見える
海岸線をさらに北上すると「館の岬(たてのさき)」があります。白い断崖のシラフラとは異なり、黒い砂岩層と白い凝灰岩層が交互に重なって形成された美しさは「東洋のグランドキャニオン」とも呼ばれるほど。夕暮れ時には、オレンジ色に染まる日本海と岬の陰影が見事なコントラストを描きます。
そんな日本海に向かって鎮座するのが、400年以上の歴史を有する「乙部八幡神社」です。江戸中期、宝永年間には人口の増加とともに村の飲料水が不足、村人らが社頭で祈願すると37日目に本殿近くから清水が噴き出したという逸話が残っています。境内には「信心の水」「八幡様の水」と呼ばれる湧水があり、今もお水取りの人々が訪れています。
1601年(慶長6年)、「岡山八幡宮」と称して建立したのが創祀。1861年(文久元年)9月に本殿を残して焼失するも、1878年(明治11年)に再建された
江差町は、北海道の中でも最も早く開港した港町のひとつ。北前船の往来により、ヒノキ材やニシン漁とその加工品の交易で繁栄を築きました。当時の賑わいは、ニシン漁の本番を迎える季節に喩え「江差の五月は江戸にもない」と謳われていたほど。本州から移住した商人たちの家や蔵などが数多く残されている旧国道沿い地区は「いにしえ街道」として整備され、歴史の香り漂う町並みが再現されています。この通りに鎮座する「姥神大神宮(うばがみだいじんぐう)」は、江差にニシンを招いた姥の伝説を縁起とし、毎年8月には約380年の伝統が続く渡御祭(とぎょさい)を斎行。3日間にわたって豪華な山車や神輿が町中を練り歩きます。
(写真左)近江や能登国などから入植し、北前船交易を担った商家や蔵、旧郡役所などが建ち並ぶ「いにしえ街道」
(写真右)言い伝えでは1447年(文安4年)創建とされる「姥神大神宮」。北海道で最古の神社といわれる
江差の町と陸続きになっている小島「かもめ島」は、かつて弁天島と呼ばれていました。海抜およそ30m、周囲約2.6kmの細長い島は、外洋の波風を防ぐ天然の防波堤の役割を果たしながら、ニシン漁や北前船交易の舞台でもありました。島の入り口には、1615年(慶長20年、元和元年)に建立された厳島神社の赤い鳥居が建ち、奥には独特の形をした「瓶子岩(へいしいわ)」が佇んでいます。姥神大神宮の由来となった姥の伝説では、神に託された老婆が、海に水を注いだ瓶が岩と化し、この瓶子岩になったとされています。

(写真左上)瓶を逆さまにしたような姿の「瓶子岩」
(写真左下)かもめ島内にある厳島神社の建立400年を記念し、神社と瓶子岩を望む方向に赤い鳥居が建てられた
(写真右)かもめ島の頂に建つ「鴎島(かもめじま)灯台」。現在の白い灯台は1951年(昭和26年)に建てられたもの
江差町に隣接する上ノ国町は、山城・勝山館跡を有し、16世紀末まで日本海北方交易の一大拠点となった町です。「上ノ國八幡宮」は武田信広が勝山館内に守護神として創建した社で、1699年(元禄12年)建立の本殿(明治時代に現在地に移設)は、道内に現存する神社建築では最古のもの。拝殿前の石灯籠も昇り龍や鷹が彫られた豪華なものとなっています。その社の隣に残る「旧笹浪家住宅」は、18世紀初めから代々ニシン漁などを営んできたニシン場の網元、笹浪家の母屋と土蔵。北海道に現存する民家建築では最古とされ、北海道の日本海沿岸に残るニシン番屋の原型といわれています。
(写真左)現在地に移設された「上ノ國八幡宮」の拝殿。本殿の見学は不可
(写真右)現在の石川県珠洲市から上ノ国に移り住んだ笹浪家。「旧笹浪家住宅」の主屋は19世紀前半に5代目久右衛門が建てたと伝わる
滝瀬海岸[現地から約81.9km]/シラフラ[現地から約82.5km]
館の岬[現地から約85.3km]/乙部八幡神社[現地から約83.0km]
いにしえ街道[現地から約85.1km]/姥神大神宮[現地から約85.3km]
鴎島灯台[現地から約85.9km]/瓶子岩[現地から約94.9km]
山城・勝山館跡[現地から約94.9km]/上ノ國八幡宮[現地から約94.7km]
旧笹浪家住宅[現地から約82.9km]
取材撮影/2025年10月7日~9日
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