近年アイヌ文化に関心を持つ若者が増え、アイヌのイメージが変わりつつある。
また、2020年に北海道白老町の「ウポポイ(民族共生象徴空間)」が開かれ、
北海道観光再生に向けアイヌ文化への期待が高まる。
現代的な視点の作品でアイヌ・アートを刷新する木彫家、貝澤徹氏は、
アイヌの思想を国内外の人々と共有する時代の到来を予感している。
貝澤徹氏が親から引き継いだ土産物店は、近年は店主を目当てに訪れる客が多い。
漫画『ゴールデンカムイ』で有名になった、マキリ(アイヌの小型の刀)を
ここで注文することを目的に二風谷までやって来る人も少なくない。
今はネット販売の時代ですけど、僕には自分の店で直接売るのが一番いい。ウポポイとか、ミュージアムショップで売らないかとも言われますが、ここに並べる分をつくるだけで手いっぱい。遠いけれど、来てもらえばお客さんもつくり手がどんな人かわかるし、同じ文様のイタでも一枚ずつ微妙に違いますから、写真で選ぶより自分の目で選んだほうがいいと思います。
ギャラリーでは「お客さんの鑑賞を邪魔しないように、作家はあまり話しかけないでください」と言われますが、店では接客もします。あるとき一人で来られた男性に「どこから来たの?」と話しかけたら、東京で漫画を描いていると言うので、「今、アイヌの漫画があるらしいね」となんとなく『ゴールデンカムイ』の話をしたら、「それ、僕です」って。作者の野田サトル先生本人だったんですよ。そのときマキリを一本注文してくれて、それがアイヌの男前のキャラクター、キロランケのマキリのモデルになりました。そんな縁で、ここはファンの聖地みたいになっています。女の子がマキリを買いに来るなんて、それ以前にはなかったですよ。
COLUMN
アイヌ文様
アイヌの衣服や道具などを装飾する幾何学的な模様はアイヌ文様といい、アイヌ文化を代表するものの一つに数えられる。発祥の時期は不明だが、松前藩の家老でもあった画家、 蠣崎波響など、江戸時代の和人が残した「アイヌ絵」と呼ばれるアイヌの風俗画にもアイヌ文様が描かれていて、18世紀にはすでに存在していたことが明らかだ。また、ただの文様ではなく、魔除けの意味があったのではないかと考えられている。
アイヌ文様は地方や時代で特徴があり、伝統の文様を受け継ぐ家もある。二風谷のイタでは、「モレウノカ」という渦巻き文様と、文様の間を埋めるように彫られる「ラムラムノカ」というウロコ彫りが特徴である。アイヌ文様は民族の知的財産でもあり、現在は文様のデータベース化や権利保護の取り組みが進められている。
アイヌ工芸の里、二風谷に生まれ育った貝澤徹氏だが、アイヌ語を話せない。
日本人として教育を受け、現代社会を生きるアイヌとしては
いまだに世間のイメージが実像に合っていないと思うことはある。
僕は自分がアイヌであることを、特別強調したくはないです。インタビューでアイヌの衣装を着るとかもしない。みなさんと同じように普通に暮らしているんだもの。わざとアイヌの衣装を着たら、本当じゃないでしょう。アイヌならアイヌ語が話せて、ユーカラを語れて、踊りもできて……、と思われているのはちょっと。「じゃあ、あなたは日本の踊りを何か踊れるの?」と言いたくなりますよ。
僕のおばあちゃんは明治の生まれだからアイヌ語は話せたけれど、家でも日本語を使っていました。アイヌ語を使うのは、お年寄り同士でおしゃべりするときくらい。親の世代は単語をいくらかわかっていた程度です。すっかりアイヌ語を奪われたのは、僕たち世代。今はアイヌ語教室とかいろいろやっているから、若い子たちのほうがすごいですよ。僕もアイヌ語を習えば話せるようになると思うけれど、「その時間があったら彫れ」とご先祖に言われそう。それぞれ自分の得意なことでアイヌ文化を伝えていければ、それでいいんじゃないかな。
失われかけているアイヌ文化を守るには、後継者が必要だ。
工芸では素材、教える人、買う人などの条件に加え、本人の強い熱意が欠かせない。
だからこそ、貝澤徹氏は次の世代の担い手はアイヌ以外の人でもいいと考えている。
平取町でもプロとして木彫をやっている人は僕を含めて五人だけ。僕は年齢的に下から二番目。四十五年やってきて二番目ですよ。町の「伝承者育成事業」で七~八人がやっているけれど、彼らはまだ木彫だけでは食べられないので、チセ(家)の復元事業の仕事などもやっています。そういう状況ですから、将来の担い手をアイヌ限定にしていたら、なり手がいなくなってしまうと思います。
アイヌには「天から役目なしに降ろされたものは一つもない」ということわざがあります。人間や動物だけでなく、使われる道具にも命があって、役目があるということです。
こういったアイヌの精神文化に共感してくれる、アイヌではない人たちも増えました。アイヌ文化がさらにいろんな人に伝わっていくと、残したいと思う人も増えますよね。僕の作品もアイヌ文化を知るきっかけの一つになれればいいと思います。
「アイヌ」はアイヌ語で
「人間」を意味し、
「アイヌネノアンアイヌ
(人間らしい人間)」
という言葉に、
アイヌの気高いこころを感じる
と言う貝澤徹氏。
アイヌの世界観に根差した彼の作品は
自然とともに人間らしく
生きることの大切さを
現代社会に訴えかけているかのようだ。