


北海道のシンボル、北海道庁旧本庁舎をはじめ、札幌には開拓の始まりである
明治時代からの歴史や文化を受け継ぐスポットが多く点在している。
この地を切り開いた先人たちの苦労を知っているからこそ
古い空間を大事に使う心が育まれてきた。
今回は古い建物をリノベーションしたカフェをご紹介したい。

円山公園のほど近く路地裏の一角に、赤いトタン葺きの小さな木造民家が佇む。
築70年ほどの時を経た建物は、北海道の典型的な昔の民家だ。
ここは今や"北海道のコーヒーといえば森彦"と言われるようになった
市川草介さんが始めた「森彦」(本店)。
もともと市川さんは、実家が小樽にあり、
昔から裏路地にあるような喫茶店や古いものが好きだったという。
本業のデザイナーをする傍ら気になっていた古い民家を、
家族とともに自分たちの手で3年かけて喫茶へとリノベーションし、1996年にオープンした。
ガラス戸をひけば、漆喰の壁、きしむ木の床、昔ながらの急な階段、
使い古したかのようなアンティークのテーブルやイスなど、ぬくもりを湛えた空間に出会う。
板張りの床がリノベーションの際に一度はがして、
それをすべて元の状態に戻したほど使いこまれたものへの愛着は強い。
また自然とともに生きてきた北海道人の気質を表すように、
自然から感じとれる季節の移り変わりも大事にされている。
裏手に巣箱を据え置くことで季節の野鳥が訪れ、
建物を覆うほどに成長した葡萄からは夏の涼しさや秋の紅葉を感じ、
雪降る冬にはノルウェー製の薪ストーブであたたまる。
木造民家なので夏は暑く冬は寒いが、そのことさえも含めて
北海道の四季とともに過ごせるようになっているのだろう。

適温までさげて酸素を含ませた湯で十分に豆を蒸らして抽出る福井さん。煎りが違えば、抽出やドリップのスピードなども変わるほどコーヒーの淹れ方はきめ細やかで丁寧だ。

2階から階下をのぞけば、小さな厨房がのぞける。空間がミニマムだからこそ細やかな気配りができるという。

ひと口飲めば、こっくりとした味わいと豊かな香りが広がる。自家製「ガトーフロマージュ」の穏やかな甘さと絶妙に合うおいしさ。
「森彦」(本店)といえばコーヒーだが、ここでは本店限定の森彦コーヒーの中深煎り「森の雫」がいただける。
「寒さが厳しい土地だからでしょう、北海道のコーヒーは、
本州や九州に比べると熱めで、豆の煎りが深いものが好まれるんです。
森彦のコーヒーは北国らしさを追求しながら、水と豆とネルにこだわっています」と
話してくれたのは、店長の福井さん。
コーヒーは注文後、市川さんが独自に考案したネルドリップで丁寧に淹れられる。
「森彦は今では、コンセプトの違う店を他にも展開していますが、ここは私たちにとって原点。
この建物、この空間があってこそ、森彦のコーヒー。
だからいつ来ても変わらない場所であり続けたいと思っています」という。
古い木造民家が醸し出す居心地のよさとあたたかみに包まれる「森彦」(本店)。
その虜になる客が多いのも頷けた。

二重の窓越しにあたたかな陽射しが入り、人気の席。

開店前にスタッフが忘れずに手で巻く昔ながらの時計。古く懐かしい音がその時の数だけ鳴って知らせてくれるのも味わい深い。

「森彦」(本店)の裏手につくられた巣箱。円山公園からの野鳥が遊びにくる時があるという。

](images/part2/01_tenpo_pc.png)
北海道札幌市中央区南2条西26丁目2-18
TEL:011-622-8880
<営業時間>
11:00〜21:30(L.O.21:00)、
土日10:00〜21:30(L.O.21:00)
<定休日>
年末年始休
http://morihiko-coffee.com/shop/morihico/

2階にあるソファ席は、まるで友達のオシャレな家にふらりと遊びに来た感覚で楽しめる。夏にはバルコニーにもテーブル席がしつらえられるという。

友人とつい長居してしまいたくなるのが、「inZONE TABLE」。
インテリアや住宅を中心に暮らしをコーディネートする、
札幌発の「inZONE」が手がけるカフェ&ダイニングだ。
古い物を大切にするアメリカのポートランドなどをイメージしながら、
築40年ほどの一般住宅を骨組は残してそれ以外はフルリノベーションして、2015年にオープンした。
「古いものを使って新しいものを生みだし、人や社会に豊かさの本質を問いかけていく
ライフスタイルストアです」というのはシェフの山本さん。
もともと札幌のごく一般的な鉄筋コンクリート住宅だった2階建ての空間は
すべてインテリアショップACTUSの家具で統一され、
季節にあわせてイスやファブリックなどが入れ替えられる。
あえてつくられた梁や柱も、それぞれのテーブル席に我が家へ帰ってきたような
プライベート空間を演出して、空間にリズムを刻んでいる。
細部に至るまで心地よさを体感できるようにしつらえられ、
多く訪れる女性客が友人とともに平均3時間もの時を過ごしてしまうという。

雑誌KINFORKやセレクトされた雑貨などもディスプレイされた1階。

無水調理ができるフランスのストウブ。ランチやディナーでストウブを使った魚や肉のあたたかな料理がいただける。
ここでは、パンケーキやエッグベネディクトなどのカフェメニューから、
フランスの調理器具ストウブを使ったディナー料理の数々がいただける。
北海道の食材の美味しさをひきだした、あたたかな欧風料理が中心だ。
女性に人気の「黒蜜とパンプキンクリーム」のパンケーキは、
メレンゲでとろけるような味わいとふわふわの食感に、素朴な甘さのカボチャに黒蜜が絡む。
「食事がおいしいのは当たり前。オシャレで通いやすい"おうち感覚"でこの空間を楽しんでほしい」
と山本さん。
我が家のような一軒家の空間で食事やおしゃべりを楽しめば、
まさに札幌発の居心地のいい暮らしを体感できるようになっている。

スタイリッシュでありながらナチュラルテイストが感じられる1階のテーブル席。ペンダントライトがアクセントになっている。

生産者である農家と直接やりとりして北海道内から食材を直送してもらうこだわりをもつシェフ山本さん。

フィンランド・アラビアやイッタラの皿を使ったパンケーキ。カトラリーもまたフランス・ジャンデュポのもので、細部にまでセンスが光る。

![inZONE TABLE[インゾーネ テーブル]](images/part2/02_tenpo_pc.png)
北海道札幌市中央区南6条22丁目3-45
TEL:011-520-3939
<営業時間>
11:30〜17:00 17:00〜22:00(L.O.21:30)
<定休日>
水曜(祝日の場合翌日休)
http://www.inzone.jp/cafe/

広々とした空間で、正面と背面の壁二面にそびえるライブラリーが印象的なカフェ。コンサートなどのイベントも不定期で行われる。

大通公園より北、官庁街として発展した一郭に巨大で柱が特徴的な建築がある。
大正15年に北海道初の本格的な図書館として開館した
「北海道廳立圖書館(ほっかいどうちょうりつとしょかん)」をリノベーションした、
北海道の菓子ブランド「北菓楼」の札幌本館だ。
もとは、後に昭和天皇となる摂政宮から教育振興のために賜った御内帑金(ごないどきん)で、
旧道庁建築課技師の萩原惇正(はぎわらあつまさ)らが設計したという由緒ある建造物。
それを外壁や階段を当時のまま残しながら、安藤忠雄氏がデザインして2016年にオープンした。
1階は「北菓楼」のお菓子が陳列され、2階は約8000冊もの本物の本が天井まで並ぶカフェ。
図書館という歴史を踏まえた安藤忠雄氏のアイデアが光る。
空間も、コンクリート打ちっぱなしと赤レンガの壁面、
そして教会建築によく見られる曲面のクロスヴォールト天井が不思議な融合を見せている。
「北菓楼は年配の方に好まれるのですが、この空間に惹かれて
建築好きや若い方も訪れます」というのは、店長の藤田さん。
いろいろな人が集うサロンをイメージしたカフェでは、
基本的に道産食材を使った「北菓楼」のケーキや砂川本店で人気のオムライスなどがいただける。
藤田さんは「オープンしたばかりですが、地域の方に日常的に使っていただき、
かつてこの歴史的建造物が地域に親しまれたように
親から子へと世代を越えて長く愛されたらと思います」と話す。
友人や親子でおしゃべりとともに軽食を楽しめる場でありながら、
歴史と安藤忠雄氏の個性を兼ね備えた建築文化にも触れられる。
札幌に訪れたら足を運びたい注目スポットだ。

ジャイアントオーダーと呼ばれる柱が特徴的な古典様式と、幾何学的な装飾のデザインの外観。

当時の姿のまま残された階段は、重厚な雰囲気。この階段をのぼって2階のカフェへ。

北海道に関わる本を中心に揃えたと教えてくれた店長藤田さん。

好きなケーキを一つ選ぶことができるケーキセット。今回は和栗のモンブランをチョイス。

札幌本館でしか買えないチョコサンドクッキーはその名も「北海道廳立圖書館」。自分でサンドできるように、チョコとクッキーが個別に包装されている。

![北菓楼札幌本館[きたかろうさっぽろほんかん]](images/part2/03_tenpo_pc.png)
北海道札幌市中央区北1条5丁目1-2
TEL:0800-500-0318
<営業時間>
10:00〜19:00、カフェ10:00〜19:00
(L.O.17:30、食事11:00〜15:00)
<定休日>
無休
http://www.kitakaro.com/ext/tenpo/otaru.html