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五勝手屋本舗

“暮らす森”を知ろう

SLOWNER WEB MAGAZINE

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食・趣味・娯楽

道南生まれ、道南育ちのロングセラー

ロイヤルシティ鹿部リゾート/2026.01.23

五勝手屋本舗

北海道内の空港や駅などのお土産コーナーでもよく見かける、印象的なパッケージの羊羹「五勝手屋羊羹」(ごかってやようかん)。他では見られないユニークな羊羹をつくっている「五勝手屋本舗」は、北海道・渡島半島(おしまはんとう)の日本海沿いに位置する江差町(えさしちょう)にある老舗です。江戸時代からこの地で和菓子をつくっていましたが、羊羹をつくり始めた1870年(明治3年)を「五勝手屋本舗」の創業年とし、以来150年以上の間、看板商品が愛され続けています。

江差町は道内で最も早く開港した港町のひとつ。北前船の往来によって、ヒノキ材やニシン漁などの交易で繁栄を築き、本州からも多くの人々が移住した歴史があります。「ごかって」という独特の語感は、もともと「五花手」という言葉で、アイヌ語で波の砕ける場所を意味する「コカイテ」からきているとか。当時、ヒノキの伐り出しにきていた南部藩の杣人(そまびと)たちが「五花手組」という集まりをつくって住み着いた村に小豆を植えたところ見事に根付き、それを使ってお菓子をつくったことが五勝手屋本舗につながっていきます。

(写真左)五勝手屋丸缶羊羹を最中に挟む、新しい食べ方。丸い筒の下から押し上げ、好みの厚さまで羊羹が姿を見せたところで最中を被せる
(写真中央)ラベル下に忍ばせてある糸を回して羊羹をカット
(写真右)手を汚さずに羊羹が味わえるだけでなく、最中と羊羹の食感も小気味よい

食べるまでの手間も楽しい丸缶羊羹

箱型と筒状の2種類ある「五勝手屋羊羹」。明治時代から全国的な菓子品評会で入賞を重ねていることから、パッケージは賞状がモチーフとなっています。特に丸缶羊羹は、つくられ始めた1938年(昭和13年)頃、蓋にブリキ缶を使っていた名残で、丸筒羊羹ではなく「丸缶羊羹」と呼ばれています。原料も創業以来変わらず、小豆ではなく金時豆。砂糖の繊細な風味を邪魔せず、他の原料を取りまとめて引き立てる名脇役として、五勝手屋羊羹の品質を高めています。

(写真左)五勝手屋羊羹の丸缶羊羹と最中の皮をセットにした「ご勝手に」。最中を羊羹に被せるだけよし、2つ使って包むでもよし、好きなスタイルで……というメッセージが込められている
(写真右上)伝統を守りながら、面白くて新しい商品の開発にも積極的。ドライいちじくの中に詰めた五勝手屋羊羹が、意外な親和性を呼ぶ新商品「回/Re -Fruit」
(写真右下)粘りの強いこしあんがぎっしり詰まった「あきあじ最中」。あきあじとは「鮭」のこと。こちらは小豆を使用

容器製造会社で見つけた丸缶を、先々代が面白がって羊羹に取り入れたのが五勝手屋本舗の丸缶羊羹の始まりといいます。糸で羊羹を切る時の感触の心地よさ、金時豆独特の飴色の美しさ、そしてお茶にもウイスキーにも合う繊細な甘みなど、食べる前から食べた後の余韻まで享受できるいろいろな楽しみが、ロングセラーたる所以といえるかもしれません。砂糖や寒天は本州から仕入れているため、150年の間には原料が入ってこない時代もあったとか。それでも代々、正直に商売しようと受け継がれてきたという五勝手屋本舗には、この日も朝からお土産物を求める人々が訪れていました。

(写真左)「コロナ禍は、なぜこの味が愛されるのかを再構築するチャンスになりました」と語る代表取締役社長 小笠原敏文さん
(写真右)創業以来現在地で営業を続ける五勝手屋本舗。蔵の柱や昔使われていた菓子木型が、店舗に残されている

取材撮影/2025年10月8日

五勝手屋本舗[現地から約85.9km]

五勝手屋本舗[現地から約85.9km]
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