
多くの戦国武将が眠る奥之院は、高野山最奥の聖地。
樹齢1000年をこえる大杉が並び、清涼な雰囲気が漂う。
有吉佐和子や中上健次など多くの作家によって、その風土を描写されてきた和歌山県。全国でも温暖で雨の多い気候が杉や檜の森を育み、紀伊山地などの山林が県域の多くを占める「木の国」でもある。
その中でも奈良県と県境を接する辺りに、保水力の高いミズナラやブナ原生林の貴重な自然が残り、弁天岳、楊柳山、摩尼山など1000m級の山々に囲まれた山域がある。そこが高野山だ。
南海高野線の終点「極楽橋」駅からケーブルカーで5分、山上の「高野山」駅を目指す。そこからさらにバスや車で約10分、総門である朱塗りの大門が人々を迎えてようやく、世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』の一つである高野山へと至る。
実は高野山という山はない。この山域をとりまく外輪山と内輪山を、古くは「外八葉・内八葉」と呼んだ。八葉とは蓮の花のことで、ここの16の山々を密教の曼荼羅とみたて、その中心を高野山と呼び習わしてきたのである。標高900mほどの山上は少し開けた平坦な地だ。平安時代、僧空海はそこを真言密教の根本道場とした。今では高野町と呼ばれる町の一郭に、真言宗の総本山である金剛峯寺、壇上伽藍などの建物群が鎮座しており、周囲は日本固有種の高野槇の群生や樹齢1000年をこえる杉木立などに覆われている。まさに修行の場にふさわしい深山幽谷の地に、この仏都は築かれたのだ。
西門院の宿坊内。一部の部屋からは中庭が眺められる。
取材時はずっと雨が降っていたが、池をうつその様にも趣があった。
現在の高野山は、町の機能をもっている。役場もあれば書店も青果商もあり、生活に必要なものはすべて揃う。一昨年にはコンビニも一軒できた。しかしかつての高野山には寺院しかなかった。今でも「高野十谷」と呼ばれる谷などに117もの寺院が散在しているが、江戸時代にはその数は2000を超えていた。平安時代の貴族は簡易な庵室に泊まったようだが、鎌倉時代以降、武将や大名に高野山信仰が広まるとともに、寺院での宿泊が行われるようになり、やがて宿坊へと発展したという。このうち、今も受け継がれる寺院52カ所が寺に泊まることができる宿坊となっている。今回は、金剛三昧院と西門院を訪ねた。
境内に国宝の多宝塔など数々の重要文化財が残る金剛三昧院は、高野山では唯一世界遺産に登録された塔頭(たっちゅう)寺院で、北条政子が建立したもの。鎌倉時代の質実剛健な趣を色濃く残した名刹は、しつらえの隅々にどこか凛とした空気が漂う。
西門院は、後堀河帝の皇后西中御門院の崇敬を受けた由緒ある寺院。ここでは自家製にこだわったごま豆腐を中心に、丹精こめてつくった精進料理をいただける。住職辻秀道さんは「昔の高野山は、お坊さんしかいないから、畑も田んぼもない。冬は氷点下にまでさがるから作物は何もできなかった。天野米がつくられているかつらぎ町や、仏花を納めている花園村など、麓の町や村から行商人が生活のものすべてを担いでもってきていた。今でも高野山の店で売っているものは、山上以外のもの」と話す。だからこそ高野山の料理は古くから、皮を捨てることすらもったいないと考え、貴重な食材をどう生かすかと考えられてきた。
五法(生のまま、煮る、焼く、揚げる、蒸す)、五味(醤油、酢、塩、砂糖、辛)、
五色(赤、青、黒、黄、白)にのっとった「花菱」の精進料理、「楊柳膳」。
高野山では、宿坊や料理店など至る所で精進料理がいただける。その原点といえるのが、僧侶間の振舞料理というものだ。寺院の多い高野山では、住職などが集まって共に食事をすることがある。戒律に従った山菜や野菜の料理だが、食べきれないほどの品数が本膳形式で出る。高野山では、季節感、五法、五味、五色を守る振舞料理が精進料理に発展してきたのだ。「目で食べると書き、目食(もくじき)と言います。普通の精進料理と違って、動物性の食材だけでなく、香りの強いニラやニンニクなども修業僧の間では避けられてきました」と教えてくれたのは、金剛峯寺をはじめとする寺院の行事に関わる料理を請け負ってきた料理店「花菱」の女将大岡育子さんだ。幕末に和歌山藩士だった初代が、高野山の寺院の台所方に入って精進料理の研鑽を積んだという。
その頃に比べて現代は、食材も幅広く華やかになった。しかし精進料理の根本である下ごしらえは変わらない。「素材は素朴なものばかりですが、魚料理よりもずっと手間ひまがかかります。料理は一からつくること。絶対に手を抜いてはいけない。それが花菱の調理人の心得です」と育子さん。
開創1200年記念大法会の折に、「花菱」の精進料理は金剛峯寺の賄方として秋篠宮殿下と紀子様に3度も供された。その時、「紀子様も完食いただいて、とくにごま豆腐はおいしかったと言って下さいました」という。まさに「花菱」のもてなしの心が伝わったといえる。
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