
お嫁さんたちと分担してむき身にしていた畑中さん家族。
午前11時半、小舟渡の市場でウニをむき身にする作業が始まると聞いて向かった。市場には海水をきれいにするろ過装置があり、この塩水に浸けながらウニをむき身にしていく。真水で洗うとウニの身がとけて旨味が逃げてしまうからだ。
むき身にしていく作業もまた役割が分かれる。ウニの殻を割ってウニの口を外す殻むき、ウニのわたをピンセットなどで取り除いて身をスプーンでとりだすウニおろし、そして最後に塩水で水洗い。これらの工程を3、4人ほどで分担して行う。そうしてザルに入れられたウニは鮮やかなオレンジ色を見せる。
昔はウニ採りをしていたという安藤さんは「この季節が来るとワクワクするね。殻むきも楽しいけど、今でも海に入りたい」と話す。その手元では、鎌を使って殻を割る作業が続く。作業で使われる道具も、昔と今とでは変わってきている。鎌を使うのは昔のスタイルで、別の場所で作業する畑中さんの家族はウニ割り器を使う。少ない力で殻を割ることができるためだ。ウニのわたを取り除く体験をさせてもらうったが、わたが切れてしまって難しい。「夕方になるまで作業すると、目や肩が痛くなってくる」と笑いながらいうのは畑中さんの義理の娘さん。それでも10年は作業をやってきているというのだから、ウニを商品として扱う手つきは素早く丁寧だ。
殻むきをした後のムラサキウニ。辺り一面に、ウニの匂いが充満していた。
ウニは高級食材だ。階上町の家庭でも普段からウニを食べているわけではない。だからなのか、ウニには意外な活用法がある。塩蔵したウニから副産物としてとれるカゼ水だ。実物を目にすることはできなかったが、「この辺ではウニのことをカゼという。カゼ水はウニの旨味がつまった塩水のこと。調味料として使うんですよ」と畑中さんが教えてくれた。カゼ水を野菜にかけたり、煮物やドンコなど魚の汁物に使ったりするという。
そして、正月や冠婚葬祭など特別な時に食べられるウニの料理がある。それがウニとアワビを使った潮汁の「いちご煮」だ。それを目当てに、小舟渡市場の目の前にある民宿食堂「はまゆう」を訪れた。迎えてくれたのは、嫁ぎ先のお母さんから受け継いだ味を守る平戸さん。
「朝もやの中に霞む野イチゴのように見えるから、いちご煮」と由来を教えてもらいながら、調理の様子を見させてもらった。「家庭によって違うけど、うちはウニから出るスープに、調味料は塩だけ」というように、アワビ、ウニ、大葉、ネギが盛りつけられたお椀にウニの旨味が凝縮したスープを注いでできあがる、至ってシンプルな料理だ。だからこそ自分のものにするまで難しかったと平戸さんは過去を振り返る。「ウニを入れるタイミングや火の調節、塩のさじ加減……。ちょっと沸騰させたら台無しだし、失敗しながら五感で覚えていった」と今では笑って話す。
丁寧にアクをとった潮汁を、アワビやウニなどが盛られたお椀に注ぐ。
「いちご煮」のお椀の蓋を開けて、由来に納得がいった。乳白色のスープにほのかにウニが見える姿は淡く風情が漂って、昔から伝わってきた郷土料理というよりむしろ高級料亭で供される繊細な日本料理のようだ。食すお客さんが「雰囲気がきれいだ」と誉めるていたのも頷ける。湯気にとともに潮まじりのウニの匂いがたつ。実際にいただくと、優しい磯の味がウニの甘みとともに感じられる。平戸さんは「飲んだ瞬間に、ふわっと上品な磯の香りが広がるんじゃないかな。ウニにアワビも入るから、磯の風味が増すんだよね」と「いちご煮」の魅力についていう。
民宿食堂「はまゆう」は、5月の連休から9月までの時期にしか食堂を開いていない。夏が旬の生ウニを使ったメニューだけだからだ。「ウニは暑い時期、甘みが増して美味しくなる。採れたての新鮮なウニはほろほろっとして、とにかく甘いよ」という。生ウニの美味しさにこだわっているからこそ、お客さんにとって特別な「いちご煮」のスープの味にとても気を遣う。ウニの旨味が出るまで少し寝かすといったささやかな工夫をしながら、先代であるお義母さんから受け継いだ味をそのまま維持していく。これからのことを「今のままでいいんじゃないかな」とさっぱり話す平戸さんの言葉には、素材の味をしっかりと大事にしてきた、腕と経験に培われたたくましさが見えるようだった。
Copyright DAIWA HOUSE INDUSTRY CO.,LTD All rights reserved.