賃貸住宅のリノベーションを考える。
空室率の変化から見る賃貸住宅経営
公開日:2023/06/30
POINT!
・現在、都市圏において空室率は安定しているが、人口減少や増加する空き家数などの社会情勢の変化を鑑みて、空室率を注視することが重要
・空室率が上昇する要因には、「賃貸住宅の供給と需要のアンバランス」と「老朽化に伴う賃貸住宅の魅力の低減」がある
・長期的な修繕計画を立てて建物の価値を維持・管理していくことが、事業安定のためのポイント
・空室が出始めたと感じた場合は、まずは空室ができる理由を分析することが重要
賃貸住宅の空室率の最新の状況
昨今の賃貸住宅の空室率はどうなっているのでしょうか。株式会社タスが公表しているデータを見ると、1都3県における賃貸住宅の空室率は下図のようになっています。全体的に空室率は減少傾向にあり、とくに東京23区内では低い水準で推移しています(図1)。
2021年に入ったあたりからコロナ禍でリモートワークが普及し、都心から地方や郊外への移動によって空室率は増加しましたが、2022年に入ってからは、首都圏にまた人が戻ってきている状況がうかがえます。
また、関西圏・中京圏・福岡県における空室率は、コロナ禍でも大きな影響はなく推移してきましたが、2022年に入ってからは、大阪、京都、愛知で空室率の改善が見られます(図2)。
図1:首都圏空室率TVI(タス空室インデックス)(過去2年推移)
株式会社タス「賃貸住宅市場レポート」(2022年12月版)「分析:株式会社タス」より作成
図2:関西圏・中京圏・福岡県空室率TVI(タス空室インデックス)(過去2年推移)
株式会社タス「賃貸住宅市場レポート」(2022年12月版)「分析:株式会社タス」より作成
増加を続ける空き家
一方で、「住宅・土地統計調査(総務省)」によれば、空き家の総数は、1998年から2018年までの間に約1.5倍(576万戸→849万戸)に増加しており、中でも、二次的利用、賃貸用又は売却用の住宅を除いた長期にわたって不在の住宅などの「その他空き家」(347万戸)が大きく増加しています。日本におけるストック住宅全体が増加し、それに従って入居者のいない住宅が増加しています。
- 空き家の種類
- ・二次的住宅:別荘及びその他(たまに寝泊まりする人がいる住宅)
- ・賃貸用又は売却用の住宅:新築・中古を問わず、賃貸又は売却のために空き家になっている住宅
- ・その他空き家:上記の他に人が住んでいない住宅で、例えば、転勤・入院などのため居住世帯が長期にわたって不在の住宅や建て替えなどのために取り壊すことになっている住宅など
図3:空き家の種類別の空き家数の推移
「住宅・土地統計調査(総務省)」より作成
また、国土交通省の「賃貸住宅の計画的な維持管理及び性能向上の推進について」によれば、日本の住宅数のうち、借家の総戸数は1852万戸で総住宅数の35.5%。借家のうち、共同住宅は1579万戸で総住宅数の30.3%を占めています。賃貸住宅の空き家は、「賃貸用又は売却用の住宅」にカテゴライズされていますので、実質的な空き家がどのくらいかは不明ですが、いずれにしても日本の住宅においては、賃貸住宅は大きな存在になっています。
需給バランスと老朽化による空室率上昇の可能性
現在、都市圏において空室率は安定していますが、今後続く人口減少や増加する空き家数などの社会情勢の変化を見れば、賃貸住宅オーナーにとって、空室率は注視しておくべき数値です。
空室率が上昇する要因としては、1つは「賃貸住宅の供給と需要のアンバランス」があり、2つ目には、相対的な問題として「老朽化に伴う賃貸住宅の魅力の低減」があります。
賃貸住宅の供給と需要のアンバランス
2022年に発表された内閣府「貸家建設の動向について」によれば、「貸家着工は、2017年以降の賃貸住宅ローンに対する金融機関の融資態度の厳格化もあり、減少が続いていたが、2021年2月以降下げ止まり、年半ばにかけて大幅に増加し、新設住宅着工戸数全体の押上げに大きく寄与した」とあるように、貸家建設数は安定した推移を見せています。
国土交通省の資料「賃貸住宅の計画的な維持管理及び性能向上の推進について」では、令和元年の資料ではありますが、「将来の貸家戸数推計」を紹介しています。資料によれば、「過去20年間の着工戸数と滅失率の傾向が今後も同じペースで継続するものと仮定した上で、今後20年の貸家の戸数を計算すると、築30年超の貸家が現在1,186万戸であるのに対し、20年後には約1.5倍の1,808万戸(622万戸)に増加するものと推測される。築50年超の貸家は、20年後に約3.5倍の830万戸、築40年超は約2倍の1,374万戸に増加するものと推測される」としており、とくに築年数の古い賃貸住宅の増加は今後大きな課題となりそうです。
図4:将来の貸家戸数推計
国土交通省「賃貸住宅の計画的な維持管理及び性能向上の推進について」より作成
仮に貸家戸数の増加が続けば、人口減少や世帯数減少によって、空室率が上昇するのは明らかです。日本の人口は減少を続けており、賃貸住宅の需要と密接に関連する世帯数においても、今後は減少すると予測されています。
老朽化に伴う賃貸住宅の魅力の低減対策
基本的に、賃貸住宅の築年数が古くなると、部材や設備の劣化などによって新築物件との競争力が低下し、ご入居者が集まりにくくなる傾向があります。ご入居者が集まらなければ、賃料や空室率の問題に直結し、賃貸住宅の経営状態にも影響が出ることは間違いありません。そこで必要となるのは、計画的な修繕やリフォーム・リノベーションです。賃貸経営といえば、家賃収入ばかりを注視しがちですが、賃貸住宅経営を安定して行うには、さまざまな修繕に関する計画を賃貸住宅経営戦略に含めておく必要があります。定期的、計画的に修繕を実施することで、賃貸住宅という不動産資産の価値を維持し、ご入居者に評価されることが、安定した経営につながります。
また、修繕費用は耐用年数に応じて減価償却費用として費用計上できる場合もあります。
費用計上すると税務面にも関係してきますので、税理士や会計士に相談しながら進めると良いでしょう。
投資判断の重要性
国土交通省の「民間賃貸住宅の計画修繕ガイドブック」では、賃貸住宅オーナーが自身の賃貸住宅を継続的、効果的に維持管理していくという意識を持つことを提唱しています。
下図にあるように、賃貸住宅経営を継続する中で、資産価値の維持・向上を図るためには、建物等の経年劣化に対して適切な時期に、「必要な投資」として、適切な修繕工事を行うこと(計画修繕)が重要となります。
投資判断として、ご入居者の居住水準、生活水準を維持・向上させるために、賃貸住宅の性能を向上させ、より住みよい賃貸住宅にしていくこと(計画修繕やリノベーション)が重要な選択肢となります。
図5:賃貸住宅経営における投資判断フロー
国土交通省「民間賃貸住宅の計画修繕ガイドブック」より作成
しかし実態は、計画的・定期的に修繕を実施している賃貸住宅オーナーは2割程度のようです(国土交通省のアンケート調査による)。その理由としては、「資金的余裕がない」「必要性が理解できない」「実施方法が分からない」等が挙げられています。
賃貸住宅における修繕工事の実施内容については、賃貸住宅オーナーによる判断の格差が大きく、計画的な維持管理が行われていないケースが多いという実態が浮かび上がっています。
図6:民間賃貸住宅における長期修繕計画の作成状況
国土交通省「賃貸住宅の計画的な維持管理及び性能向上の推進について」より作成
国土交通省のガイドブック
国土交通省では、「計画修繕ガイドブック」として、民間の賃貸住宅の老朽化、経年劣化について、住環境の整備、品質の維持・向上、そして安定した賃貸経営のために「長期的な修繕計画と修繕の実施」「適切なメンテナンス」を推奨し、具体的な内容や費用に関することまで紹介しています。
ガイドブックでは、適切にメンテナンスをしないと、以下のような不具合の可能性があると紹介しています。
- ・屋根:塗装や防水処理の劣化によって、漏水や雨漏りが発生!
- ・外壁:ひび割れやタイルが浮いて、外観の劣化とともに、雨水が建物内部に浸水!
- ・手すり:錆や腐食によって、美観が損なわれるだけでなく、損壊・崩落の危険性が増大!
- ・給排水管:傷みや詰まりによって、水道水の濁りや室内に排水が逆流!
- ・給湯器・エアコン:故障しがちになって、入居者からのクレームが続出!
- (国土交通省「計画修繕ガイドブック」より)
そして、「長期的な修繕計画と修繕の実施」「適切なメンテナンス」を怠ると、こうした不具合が起き、住宅としての価値、魅力が低下し、競争力の低下を起こしてしまうことに加え、より大規模な修繕を余儀なくされるという負のスパイラルに陥るとしています。賃貸住宅オーナーにとっては、長期的な修繕計画を立てて建物の価値を維持・管理していくことが、事業安定のためのポイントになります。
リノベーションによる住環境の向上
長期修繕計画の中には、社会情勢の変化、環境変化を受けたリノベーションが必要な場合があるでしょう。リノベーションとは、公式な定義はありませんが、建物の状態をより良くして、建物の資産価値を向上させる工事のことをいい、多くの場合は「設計」を伴う工事となります。基本的に柱や梁を露出させた状態にして工事を行いますが、間取り変更などを伴うのであればリノベーションに相当します。設備機器の入れ替えや簡易的な修繕はリフォームと呼ぶことが多いようです。最新の設備の導入、ニーズに合った住環境の提供というリノベーションを行うことで、ご入居者からの評価を高めることにつながります。
国土交通省が行ったシミュレーションによれば、賃貸物件の収益は物件の賃料水準や入居率、建物建設費や借入条件に加え、物件の立地や周辺環境等により大きく異なるとしたうえで、計画修繕を実施し、賃貸住宅としての質や価値を長持ちさせることは、安定した賃貸住宅経営の選択肢の1つであることが確認されたとしています。
ただし、「空室対策=リフォーム・リノベーション」ということではありませんので、空室が出始めたと感じた場合は、まずは空室ができる理由を分析することが重要です。これらの分析は、できる限り、賃貸住宅建築と賃貸住宅経営に関するプロに相談するようにしましょう。そのうえで、修繕やリノベーションのコストに加えて、周辺地域の市場動向に注視しながら、収益計画を練り、投資の判断をする必要があります。
また、不動産資産は、世代を越えて引き継がれていくものでもあります。世代を越えて「資産寿命」を延ばしていくためにも、長期的な修繕計画を立て、長期に渡る賃貸経営を乗り切っていかなければなりません。これから将来の社会情勢は誰にも分かりませんが、準備と計画が何より必要なことではないでしょうか。