相続対策としての「短期対策」(2)親の土地に子が賃貸住宅を建築し経営している場合
公開日:2024/07/31
国税庁が発表した「令和4年分相続税の申告事績の概要」によれば、相続財産のうち32.3%が土地であり、家屋・構築物(5.1%)を加えると相続財産の37.4%を不動産で占めています。この点から見ても、相続対策としては、所有不動産に対する対策が大きなポイントであるといえます。
ここでは、相続対策の「短期対策」として考えられる、賃貸不動産に対する具体的な対策を紹介します。
ただし、「相続対策としての「短期対策」(1)」でも述べたように、本来相続対策は、現状把握を行い、対策を立案し、十分にその内容を吟味してから計画的に実行に移すべきものであり、総合的に検討し、対策を行う必要があることを理解しておいてください。
1.地主である親に子所有の貸家を時価で譲渡する
親の土地の上に子が賃貸住宅を建築し経営しているケースでは、子は親に対して地代等の支払をせず、使用貸借(土地の貸借に際して、使用の対価の支払いがないもの)となっていることが一般的です。
そのような個人間の使用貸借契約の場合には、借地権の認定課税は行われないため、親(地主)の土地は自用地として評価され、子(借地人)の借地権はゼロとされます。
そこで、対策として、子が所有する賃貸住宅を親へ時価で譲渡することによって、親所有の土地を自用地から貸家建付地に、賃貸住宅の時価と相続税評価額との差額によって相続税を軽減することができます。
- ケース1
- 1.被相続人:父(令和6年3月死亡)
- 2.相続人:長男・二男
- 3.父所有財産:土地(200m2)5,000万円(自用地評価額)、その他財産4億5,000万円。なお、父は事業的規模で不動産賃貸業を営んでいる。
- 4.土地の借地権割合:60%
- 5.土地の利用状況:長男が父から土地を無償で貸借し長男が賃貸経営をしている。
- 6.長男が所有する賃貸住宅の時価:2,000万円(未償却残高と同額と仮定)
- 7.長男が所有する賃貸住宅の固定資産税評価額:800万円(自用家屋としての評価額)
- 【遺産分割】
- ・対策前:長男が土地及びその他の財産2億円を、二男がその他の財産2億5,000万円を相続する。
- ・対策後:(長男が所有する賃貸住宅を父の生前中に時価で父に譲渡する) 長男が土地、賃貸住宅及びその他の財産1億8,000万円を、二男がその他の財産2億5,000万円を相続する。
図1:相続税の計算
※1:5,000万円×(1-0.6×0.3)=4,100万円
※2:使用貸借となっている土地については、小規模宅地等の特例の適用はない
※3:貸付事業用宅地等として200m2までの部分について50%減額している
※4:800万円×(1-0.3)=560万円
※5:2億円-2,000万円(賃貸住宅の代金)=1億8,000万円
2.長男が経営する同族会社へ貸家を譲渡する
前述のケースのように、長男所有の賃貸住宅を父に時価で譲渡することにより、相続税評価額を引き下げる効果が期待できますが、推定相続人が複数いる場合、長男所有の賃貸住宅を父に譲渡すると、父の相続のときにその賃貸住宅を、必ず長男が相続できるとは限りません。
そこで、次善の対策として、賃貸住宅を所有する長男が株主である同族会社に譲渡し、当該敷地の貸借は賃貸借とし、土地の無償返還に関する届出書を提出することにより、その敷地の評価額を引き下げる方法も選択肢の一つです。
賃貸住宅の所有者である同族会社が、通常の地代を支払い、「土地の無償返還に関する届出書」が提出されている場合には、当該敷地は「自用地評価×80%」として評価されます。
この対策をとることで、賃貸住宅を所有していた長男は、賃貸住宅を同族会社に譲渡した後も、その土地の使用を続けていることになり、父の相続の際にはその敷地を相続する可能性は高いと予想されます。
図2:同族会社に賃貸住宅を譲渡し、当該賃貸住宅の敷地について土地の無償返還に関する届出書(借地契約賃貸借型)を提出した場合の相続税額(上記のケース1による現状の相続税額:1億5,210万円)
※1:5,000万円×(1-0.2)=4,000万円
※2:使用貸借となっている土地については、小規模宅地等の特例の適用はない
※3:貸付事業用宅地等として200m2までの部分について50%減額している
3.宅地の利用区分の変更
宅地の利用区分を変更することにより宅地の相続税評価額を引き下げることができます。宅地の価額は、1画地の宅地ごとに評価します。「1画地の宅地」とは利用の単位となっている1区画の宅地のことをいいますので、必ずしも1筆の宅地からなるとは限らず、2筆以上の宅地からなる場合もあり、また、1筆の宅地が2画地以上の宅地として利用されている場合もあります。
二方の路線に面している宅地や角地などの宅地の場合、奥行価格補正後の路線価の高い方の価格を正面路線価とし、さらに二方路線影響加算や側方路線影響加算等を行って1m2当たりの宅地の相続税評価額を求めます。
そこで、二方の路線に面している次のケースのような宅地について利用の区分を変更すると、それぞれの宅地が面している道路の路線価で評価され、宅地の評価額を下げることができます。また、賃貸住宅を建築する時間がない場合には、同族法人などがあれば、その法人に対して定期借地権を設定するなどすれば、貸宅地となり利用区分を変えることも可能です。
なお、原則として分割取得後のその取得した者及び利用区分ごとにその宅地を評価しますので、遺産分割の工夫によって同様に宅地の評価を引き下げることが可能です。
- ケース2
- 1.普通住宅地区にある青空駐車場として利用している土地
- 2.奥行価格補正率 20m:1.0010m:1.00
- 3.二方路線影響加算率0.02
- 4.借地権割合60%賃貸割合100%
- 5.被相続人:父(令和6年3月死亡)
- 6.相続人:長男・長女
- 7.父の財産:上記土地とその他の財産1億円
利用区分の変更を実施
次のような二方の路線に面している宅地に、相続税対策としてA部分に賃貸住宅を新築した場合の宅地の評価は以下のようになります。
そこで、Aの土地の部分に、父が設立した法人(資本金1000万円・父が全額出資)が賃貸住宅(建築価格6000万円、不足する5000万円は銀行借入)を新築し、「土地の無償返還に関する届出書」(賃貸借型)を提出しました(右の図)。
図3:遺産分割
- 【遺産分割】
- (1)対策実行前に相続が開始した場合(青空駐車場を対策後のように2分割して相続する)
長男A土地とその他の財産5000万円を相続
長女B土地とその他の財産5000万円を相続 - (2)対策実行(父が設立した法人が賃貸住宅を建築し賃貸借による土地の無償返還届出書を提出)後に相続が開始した場合
長男A土地と法人の株式及びその他の財産4000万円を相続
長女B土地とその他の財産5000万円を相続
図4:相続税の計算
※1:20万円×200m2=4000万円
※2:10万円×200m2=2000万円
※3:20万円×(1-0.2)×200m2=3200万円
※4:純資産価額(課税時期前3年以内に新築した賃貸住宅は「通常の取引価額」によって評価される)6000万円×(1-0.3)+20万円×200m2×0.14(注)≦5000万円(銀行借入金)
(注)貸家建付借地権 0.2×(1-0.3)=0.14
※5:その他の財産から甲社の資本金1000万円を支出している。
※6:小規模宅地等の特例は考慮していない。
対策の実行により、利用の単位がA部分については貸宅地、B部分は自用地として別々の評価単位でもって評価することとなり、大きく宅地の評価額を下げることができます。
また、父が設立した法人の純資産価額の計算においては、課税時期前3年以内に新築した賃貸住宅の価額は、「通常の取引価額」によって評価することとされています。そのため、賃貸住宅の新築価額(自用家屋の価額)から課税時期は貸家として利用状況が変わっているため、貸家として評価することとなります。
その結果、甲社の純資産価額は、次のようになりますので、法人の株式の相続税評価額(純資産価額)は0円となります。
図5
※賃貸住宅の課税時期までの減価償却費は考慮していません。