大和ハウス工業株式会社

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[第15回ダイワハウス コンペティション]結果発表

審査委員講評

審査委員長

青木 淳

最終審査では、模型が重要な意味を持つ。であるから、単なるグラフィックとしての提案ではなく、3次元空間として明示でき、またそこに魅力がある提案でなくてはならない。1次審査ではそこまでは求めていないが、最終審査までにそのレベルに発展し得るアイデアであるかどうかが、最終審査に進めるかどうかの判断に大きく影響する。最終審査は、今回も票が分かれ、激論の末の結論であった。「団栗の背比べ」だったからだろう。もし「愛の家」というテーマをどう展開するか、その建築的思考の一段の深化で飛び抜けた案があったら、圧倒的な評価を集められたと思う。

審査委員

堀部 安嗣

生身の人の心身を考える。人が人としてあたたかく扱われる。そんな人として当たり前のことが建築を表現する時の愛であろう。しかし今回の応募作品を振り返ってみるとそんな当たり前の感覚が抜け落ちてしまっているように感じた。ここでは決して人は暮らすことはできないだろう、ここでは人が人として扱われている感覚は決して得られないだろう、そんなふうに感じざるを得ない、生身の人の感覚から離れた特異で屈折した表現が多かった。建築表現の“自由”ということをもう一度考えてほしい。生身の人の心身を超えてしまった表現にどんな建築の可能性を見出せるのだろう。

審査委員

平田 晃久

効率とか目的性とか正しさとか、突き詰めると息苦しくなるような話が多い時代だからこそ、愛が重要だ。見返りを求めない他者への視線が育むものにこそ、無限の可能性が宿るからだ。「テクトニック・ラブ」は作者である男女がそれぞれ育ったハウスメーカーの家を重ね合わせるという極めてウェットな試みを徹底してドライな構法でつくりあげた機知に富む提案である。「語られる家」は日々の生活への愛ある視点を丁寧に描き上げた秀作だ。「土地の優しさを小さく受け取るアパートメント集落」は斜面に広がる過疎集落を帯状のテラスでアパート化してしまう画期的アイデアで、仕上がりは甘かったが今後の展開に期待したい。

審査委員

小堀 哲夫

感覚的で多義的なテーマである愛の家に、愛の欲望や普遍性を感じる物語を期待していたが、むしろ愛への違和感を感じる提案も多く、いい意味での新鮮味があった。抽象化したもの、日常的なこと、感覚的なことの3つが込められていてかつ、建築的にも空間や時間が感じられた提案を評価した。相手のために自己を破壊できるという、衝突と破壊と再生であるテクトニック・ラブの作品は、ふたりが育った、時代を反映した何の変哲もない住宅の衝突からできた空間に新たな生命が宿るようであり、愛の家にふさわしいと感じた。

審査委員

南川 陽信

今回も、プレゼンテーションを受けて評価が変わった案がいくつかありました。模型も力作が多く作業は大変だったと思いますが、プレゼンテーションの場に立つことで、それぞれの案の可能性がぐっと引き伸ばされたのではないでしょうか。「愛の家」という解釈も多様な難しいテーマでしたが、それぞれの「愛」に対して、審査委員の先生方には本当に真摯に向き合っていただけたと思います。最優秀賞は夫婦愛を建築の細部に置き換え、重ね合せた不調和な空間に愛を見出す提案でしたが、衝突することで化学反応が起きて愛の深度を深めるような問いがあれば、さらに面白い建築が実現できるのではと思いました。

大和ハウス工業賞 特別審査委員

岩上 嘉樹

「大和ハウス工業賞」を授与するにあたり、住宅や建築部門など、さまざまな分野の6名で審査を行いました。模型を使ったプレゼンは新たな深みを発見でき、優劣つけがたい審査となりました。公開審査では緊迫感のある質疑応答と最後まで最優秀賞候補が入れ替わる展開となりましたが、最終的に私たちは「語られる家」を大和ハウス工業賞として選ばせていただきました。この案における愛の定義をどう捉えたらよいのかが論点となりましたが、「無意識の愛」を表現しているのではないかと解釈しました。時間の移ろい、プレゼンテーションでの表現も秀逸で評価を集めました。

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受賞作品

最優秀賞

鈴木 遼太(明治大学大学院)
十文字 萌(明治大学大学院)

テクトニック・ラブ

愛とは関係性の性質である。私たちの身の回りの関係性は「ヒトとヒト」に限らず、「モノとモノ」にまで及ぶ。たとえば、ドアノブの形状は「ヒトとモノ」、建具と躯体の取り合いは「モノとモノ」の関係性における「愛」のカタチである。人間は乾式で、愛はその取り合いで生まれる。「ヒトとヒト」との関係性は液体のように混じり合うものではなく、固形の物質が組み合わさるように他者を受容し、互いに相手のために自己を変化させ、時には破壊すら厭わない。不器用に取り合っていくことで「愛」が形成される。愛という関係性で結ばれるふたりの共生を考えた時、新たな生活の器が必要となる。自己の一部として身体化した個人の思い入れがある環境を互いに取り合せる手法を提案する。「実家の敷地」を身体化した環境と仮定し、平面を重ね合わせ、ハウスメーカーの家同士の組合せから次なる器を形成した。そうして自らの生活概念を破壊しながらいびつな器に意味を見出していくことで、ふたりの関係性はもちろん、周囲に対しても関係性が開かれていき、さまざまな愛がカタチづくられていく。
( プレゼンテーションより抜粋)

青木淳
知的なゲームのようだが、ふたつの家の空間をぶつけ合うことで、細やかな判断を重ね、新しい状況を発見していったところに面白さを感じる。「愛の家」というテーマにいちばん応えられている。
堀部安嗣
ここまでやりきったエネルギーが素晴らしい。複雑に立ち現れる空間の面白さがある一方で、人を守るべき建築となっているかという点では疑問が残る。
平田晃久
テクトニックという方向性に全面的に賛成ではないが、自他の区別に深い思考を誘うもので、哲学的にもっとも高度な案。
小堀哲夫
愛があれば、相手も破壊するし、自分も破壊できるという、愛の概念を抽象化して空間に重ねている。実際に住んでみたいと思った。
南川陽信
模型が素晴らしい。ふたつの家を組み合わせる面白さがある。愛を「乾式」と定義していたのもよかった。

テクトニック・ラブ<PDF:11.4MB>

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優秀賞

傅 嘉彦(UCLA)
Tomasz Jan Groza(UCLA)
Miranda Hoegberg(UCLA)

Second Story Love

建築のコンテクストは発展や変化のきっかけとなる。朽ちていくことと格闘しつつ、 老朽化を受け入れ、新しい条件に適応させることは、居住空間が紡ぐ物語にとって不可欠な要素である。この豊かな建築の足跡がわれわれのプロジェクトに活気を与えることとなり、その家をふたりの恋人の物語を育む場所とする。
私たちは神話「ピュラモスとティスベ」や「織姫と彦星」からインスピレーションを得た。これらの物語は、恋人たちは隔てられることでより親密な関係を育むということを伝えている。そこで街中の既存の建物を改修し、1階では中央の十字の壁が恋人たちを隔て、2階ではふわりと布のかかるキャノピーを計画した。親密な関係を育て、共同の生活空間をつくり出す余地を残す家である。
( プレゼンテーションより抜粋)

青木淳
元からある空間と壁を立てる行為、その上に掛けたドレープが噛み合っていないように感じた。周辺に与える影響まで考えられているとよかった。
堀部安嗣
大変な造形力で空間構成が秀逸。囲まれているからこそのミクロコスモスがつくられている。この計画案に住んでみたい。
平田晃久
メタファーがメタファーを呼ぶように言葉やかたちが重ねられていて美しいが、愛の解釈が狭いロマンティックなものになっている。
小堀哲夫
知れば知るほど魅力的。愛とは舞台のようなもので、いつまでも決まらないものなのかも知れないと感じさせられた。
南川陽信
愛を、硬い煉瓦とウェディングドレスをイメージさせる布で表現していて、優しさを感じる。障壁によって愛が育まれるという言葉が響いた。

Second Story Love
 <PDF:6.35MB>

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優秀賞 大和ハウス工業賞

福留 愛(横浜国立大学大学院)
平井 未央(日本女子大学大学院)

語られる家

この家には扉しかない。物を納める場所も、自分が生活する場所も、屋外に広がる都市も、扉を開くことで繋がる。この3つの領域が入れ子状に分けられた時、扉を開いた先に広がる向こう側の世界は「選ばれる世界」として統一される。どの扉を開くか、いつ開くか、どのくらい開くかを決めるのはいつも住人である。本能的な小さな選択が日々の生活に入り込んだとき、人は物語を紡ぎ出す。こうして食器を取り出すことから都市へ出ていくことまで、生活のあらゆる出来事が断絶のないひとつの物語となった時、建築と生活は共に語られ、愛に溢れていく。やがて、愛用している食器を取り出すようにオフィスの扉を開けて光の中へと受け入れるように、人を招き入れるだろう。今日もどこかで誰かが扉を開ける。たったひとつの物語は今日も世界中で生まれているのだ。
( プレゼンテーションより抜粋)

青木淳
日々変化をつくっていく、微調整をする家というのは面白いが、建具の壁のデメリットを跳ね飛ばすような飛躍は感じられなかった。
堀部安嗣
扉の開閉による世界の変化はあまり感じられないが、弱者に対する眼差しをもっている点がよい。
平田晃久
建具の開閉が可能性を切り開いていると感じるが、断面的な空間の広がりの制約になってしまっている。愛の本質とは優しさなのか、疑問が残る。 
小堀哲夫
扉を開けることで圧倒的な価値が生まれているとは感じられない。模型にも意外性がなかった。
南川陽信
可変性のある扉が建築の要素として新鮮で、暮らしてみたい。内部に対してだけでなく、外部に対する優しさも感じられる。アニメーションがよかった。

語られる家
 <PDF:6.90MB>

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入選

松田 明莉(フリーランス)
伊東 亮祐(フリーランス)
日下部 力也(フリーランス)
山口 智(フリーランス)

違和感のある日常

愛という言葉から何が思い浮かぶだろうか。男女間に生まれる恋愛、親子や兄弟に抱く家族愛、生命に向けられる博愛などさまざまである。ここで着目したいのは、愛着である。愛着は生まれながらにはもち得ないが、他者(物)の影響によって無意識に生み出される唯一の愛と言えるだろう。私たちは建築という他者によって愛に気づく家を設計する。私たちが暮らす「1K」は使いやすさや合理性によって定型化され、快適な生活を私たちに提供してくれる。一方でその生活には何の疑問ももたず、決まり切った使い方をしていると考える。そこで、「住空間」に少しの「違和感」を与えることで、日々の生活に変化を生み出す提案を行う。
( プレゼンテーションより抜粋)

違和感のある日常
 <PDF:8.00MB>

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入選

野藤 優(法政大学大学院)
矢加部 翔太(法政大学大学院)

小さき他者との建築(せかい)

現代建築による人の生活はゾウリムシのように単純だ。ゾウリムシは前進してぶつかれば方向転換し、それを繰り返すことで食物にたどり着く。人も同じように、起きて仕事に出かけ食事をし、帰宅し、夜に眠ることを繰り返す。それは建築が人の住むことだけのためにつくられているからだろう。かつての生活は人だけではなく、周辺の環境や生命と共存することで豊かな生活を送っていた。それら「小さき他者」と出会って共存することで、生活感覚を変える集合住宅を提案する。
(プレゼンテーションより抜粋)

小さき他者との建築(せかい)
 <PDF:11.9MB>

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入選

田島 佑一朗(東京理科大学大学院)

Creepy Narcistecture

生まれたばかりの人間は、世界が自分の欲求通りになると思っている(私的幻想)。しかし、次第に思い通りにならないと気づき、私的幻想とは別に自我意識を発達させ、両者の折り合いをつけることで環境に順応し生きていく。私的幻想が強い人は環境や社会に対して微妙に順応していない。そんな少し不気味な彼らの幻想を建築化することで、彼らがこのイエに居ない時、建築のオブジェクト自体が半自律的に存在し(建築の私的幻想が強まる)、都市を行き交う人に不気味なモノとして発見される。これらが点在することで人びとに不気味な人・モノによるシークエンスを生み出し、都市・建築へのリテラシーを高めるためのきっかけとなる。
( プレゼンテーションより抜粋)

Creepy Narcistecture
 <PDF:6.50MB>

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入選

小泉 博史(Loocal)
青木 佳子(東京大学生産技術研究所特任助教)

土地の優しさを小さく受け取るアパートメント集落

和歌山県有田市に、矢やびつ櫃という集落がある。車も入れない急な斜面に家々が並ぶ小さな漁村だが、まちじゅうに縦横に張り巡らされた迷宮のような坂道と、それをいちばん下まで降りると広がる穏やかな海、そして毎日沈んでいく夕日が美しい集落である。繰り返される自然のリズムとそこで編まれていく生活の風景には人をふわりと包み込むような優しい居心地がある。弱く儚い記憶は、ひとりひとりの内に留まりつつも、土地へと返礼されぬまま、ただ空き家は増えていく。本提案では、集落で繰り返される日々の営みを肌で感じる補助線として、集落の家々を繋ぐ帯状の空間(バルコニー)を新たに挿入した。
(プレゼンテーションより抜粋)

土地の優しさを小さく受け取るアパートメント集落
 <PDF:6.47MB>

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佳作

菅原 倫子(京都工芸繊維大学大学院)

遺品の追憶

津波で被災した祖母の家には、長年大事に扱ってきた数々の遺品と建物の基礎だけが取り残されていた。もともとあった建物の基礎と当時の祖母の遺品への振る舞いを手がかりに、亡くなった祖母の遺品の記憶をわれわれが追体験するための建築を設計する。遺品の記憶を経験として具体化し共有することで、祖母の遺品への愛がまた別の人へ伝搬し、被災前に失われてしまったこの場所の記憶が忘れられることを克服する。(応募案より抜粋)

遺品の追憶 <PDF:10.6MB>

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草原 直樹(横浜国立大学大学院)
須藤 悠果(東京藝術大学大学院)

雨漏りのワンルーム

ワンルームが3つ集まった集合住宅。そこに雨漏りの水滴がしたたる。雨水を楽しむ傍ら、「この水はきれいなのか?」と頭の端で思うことで、家の掃除やメンテナンス、はたまた世界の環境の調子にまで思考を巡らせる。わざと雨漏りさせるという矛盾を孕んだ建築は、小さな独りよがりのワンルームから、ふと大きな世界へと思想を誘う。私たちが考える愛とは、美しさや楽しさを欲するエゴに始まりながらも、頭の端っこに周りや世界への眼差しがあるバランスである。それを何よりも建築の形で体現すると、「雨漏りが計画される」という愛おしい矛盾を孕むのであった。(応募案より抜粋)

雨漏りのワンルーム <PDF:8.35MB>

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外山 純輝(日本大学大学院)

大工 in Residence 技術も賃貸する家

日本の文化であり今尚人びとを惹きつける落語。その舞台の多くが長屋であったことに気づく。長屋の特徴を表す言葉として、「9尺2間の棟割長屋」がたびたび引用される。井戸や便所も共同で、路地も狭く、少し窮屈。長屋での生活は、どこへ行くにも、住人と顔を合わせずにはいられなかった。しかし、彼らにとっては人と会い、互いの毎日に関心をもつことが当たり前の生活なのだ。つまり彼らの生活の根底には助け合いの精神が不可欠であり、それが落語の題材となるような愛ある人情味を醸し出していたのである。豊かな暮らしには、ないものを共有し、それらを互いが補う、愛の存在を感じる。すなわち、集まって暮らすことで生まれる愛である。(応募案より抜粋)

大工 in Residence 技術も賃貸する家
 <PDF:9.14MB>

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小谷 春花(早稲田大学大学院)

日と月の家-ある島から学んだ愛のかたち-

あるひとつの島を手がかりとして、愛を探した。愛には、へだたりが必要だった。時には愛しいものとの距離が必要なこともあれば、ぴったりと寄り添う時もある。島には海のもの、山のもの、生き物、人工のもの…それぞれの時間が流れており、それらは少しずつ噛み合って存在していた。距離を隔てた中にも、違う場所にいても、そこには共通の時間が流れている。太陽と月。そのふたつの時間の輪郭をなぞり、愛のかたちを辿る。 (応募案より抜粋)

日と月の家-ある島から学んだ愛のかたち-
 <PDF:12.2MB>

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山岸 吉弘(日本大学工学部専任講師)

愛の家

私の中には愛がある。愛する人や愛するものがある。愛する時間や愛する場所がある。愛を想いながら、「愛の家」を描いた。個人的な愛を描いたこのようなドローイングを見せられては、ひょっとすると迷惑されるかも知れない。けれども、一見すると独断と偏見のかたまりのような愛が、ふとしたきっかけで普遍性を獲得する瞬間もあるだろう。私の愛はあなたの愛でもあり、みんなの愛にもなるであろう。もしかしたら、このドローイングに描かれた愛こそが、真実の愛なのだ。(応募者より別途提供)

愛の家 <PDF:7.78MB>

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西ケ谷 航(三井住友建設)
長瀬 紅梨(三井住友建設)
山田 清楓(三井住友建設)

ことこと てくてく ━“わたしを想うあなた”を想う家━

相手のために何かをする。そのために準備を整える。相手のことをふと考えてしまう。そんな時間に気づいた時、私たちは相手への愛を実感する。けれど、相手からの愛に無意識な生活の中でそれに気づくことは難しい。愛の時の大きさに気付いた時、きっと相手のことをもっと大切にできる。愛の家では、相手のために何かをする空間を「愛事空間」、相手のことを想う空間を「想事空間」ととらえ、設計を進めて行く。 (応募案より抜粋)

ことこと てくてく ━“わたしを想うあなた”を想う家━ <PDF:8.51MB>

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岡本 泰郎(sTudio sign)

小さな森の方舟

私たちは自ら安全な「家」をつくるため、都市化によってほかの生き物の居場所をたくさん奪い取ってきた。そうしてできた「家」は現在、異常気象による気温上昇や集中豪雨といった自然の脅威にさらされている。豪雨の雨水をそのひととき受け止めるための「深い水の器」を敷地いっぱいにつくる。そこにさまざまな生命や暮らしを受け入れる「森の住処」を積み込む。これらは自分だけでなく、まちを少しだけ安心で豊かにしていく。人の寿命よりも永くその場所にあり続け、 まだ見ぬ未来に繋ぐ「方舟」のような、そんな小さなふたつのインフラをもった家。(応募案より抜粋)

小さな森の方舟 <PDF:10.3MB>

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成本 匠(法政大学大学院)
水嶋 一博(パナソニック ホームズ)

飼生活(しせいかつ)

人間とほかの生物では、種族ごとに扱う言語やコミュニケーション方法などが異なる。しかし、そんな私たちの間にも「愛」は存在する。動物を飼うといえば、ある個人や家族で生き物を所有するのが一般的である。提案は、この所有の範囲を広げようというものである。集合住宅に住む全員で生き物を飼うのである。そのため、飼うために必要な空間は動物単位で設計されていく。生き物は、人間にささやかな幸せを与え、人びとは生き物の世話をし、建築は生き物が、生きるための空間を提供する。(応募案より抜粋)

飼生活(しせいかつ) <PDF:11.7MB>

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中村 謙(熊本大学大学院)

旅人の家

住人は旅をする。旅人のように住み、住まうように旅をする。旅は愛に溢れている。家とは場所への愛である。地域とは場所への愛である。かつてはそうであったが、今は失われている。場所は愛され愛することができる。場所を愛することは自己を慰め、他者を断絶する。しかし、同時に自己を解放し、他者を許容する。複数の場所は場所的かつ、没・場所的である。 (応募案より抜粋)

旅人の家 <PDF:5.03MB>

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松村 耕(湘南工科大学助教)

Pray House

愛の家。
ふたりのための家。
祈りにも似た、日常生活のための家。
地上の回廊と、空中のテント。
(応募案より抜粋)

Pray House <PDF:6.70MB>

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第15回ダイワハウス コンペティション