土地活用ラボ for Owner

土地活用ラボ for Owner

コラム vol.136
  • 土地活用法律コラム

古くなった賃貸住宅問題と空き家問題の解決へのヒント

第3回 本当にあった立退きの話(前編)

公開日:2016/06/29

前回のコラム老朽化した貸家の建て替えを目的としたご入居者との立ち退き交渉の実務上のポイントを、法律上の主な論点に沿って解説しましたが、実際には、法律上の要件が揃っていても裁判せずに、交渉で立ち退きを実現したり、そもそも法律上不十分でも、交渉で立ち退きを実現できているケースは数多くあります。
そして、法律上の要件が不十分であっても、立退料は、前頁で解説した、裁判で一般的に採用されている考え方と同様に算定されることが多くなります。
そこで、本当にあった立ち退きの話として、裁判で立ち退きが認められたケースと、法律上の要件は不十分なものの、交渉で立ち退きが実現できたケースをご紹介します。

ケース1

1つ目は、平成3 年11 月に東京地裁で判決言渡しのあったケースです。
20年以上前と少し古いですが、建物の賃貸借契約について、建物の老朽化を理由とする解約(立ち退き)が認められたケースです。詳細は次のとおりです。

前提事実

  • ・対象となる建物は、東京都世田谷区の木造2階建。床面積は1階が約100m²、2階が約23m²。昭和2年建築(築64年)。浴場と物置付き。
  • ・現在の「賃貸人の先代」と「現在の賃借人」の先代との間で、昭和20年から賃貸開始。その後、賃貸人・賃借人の双方で相続があり、現在の賃貸人・賃借人に契約関係が承継。
  • ・賃借人は当初から、当該建物で薬局を営業。
  • ・昭和60年6月以降、賃料は月額9万2,000円。
  • ・法定更新により、期間の定めのない賃貸借契約となっている。
  • ・賃貸人は賃借人に対して、平成元年1月に当該賃貸借契約の解約を通知。

結論

  • ・賃賃借人は賃貸人に対し当該建物を直ちに明け渡せ。(判決言渡しの時点で、賃貸借契約の解約通知から6カ月以上経過していたため、明渡期限の猶予はなし。)
  • ・立退料は不要。

判断のポイント

  • ・当該建物が建築後60年余りを経過し、老朽化が著しいだけではなく、地盤崩壊等の危険がある。
  • ・賃貸人は当該建物を取り壊して、新たに鉄骨造地下1階、地上5階建の事務所兼住居用のビルを建築する計画がある。今後の生活の基盤としてこの計画を実行する必要性が高い。
  • ・賃借人が薬局の移転先を見つけることが可能である。

このケースでは、当時、耐震性ということについて社会的関心が今ほど高くなかったことから、耐震性の観点からの検証は特になされていないようですが、(1)老朽化が著しく進んで、危険性が高いこと、(2)賃貸人側に具体的な建替計画とその必要性があること、(3)賃借人が移転先を見つけることが不可能でないこと、の3つの事情を主な理由として、立退料なしでの立ち退きを認めており、注目に値すべき裁判例といえます。

ケース2

東日本大震災後の平成24 年8 月に東京地裁で判決言渡しのあったケースです。
この裁判では、建物の耐震性が重要な争点となり、結論として、賃借人の立ち退きが認められました。その詳細は次のとおりです。少し長くなりますが、できる限り詳しくご紹介します。

前提事実

  • ・対象となる建物(貸室)は、東京都中央区の鉄筋コンクリートブロック造の5階建(床面積は1階から3階が約78m²、4階が約58m²、5階が約30m²)のうち、1 階の一室(約30m²)。昭和33年建築。
  • ・前の賃貸人と現在の賃借人との間で、平成18年から賃貸開始。その後、現在の賃貸人が前の賃貸人から当該建物を購入したため、現在の賃貸人に契約関係が承継。
  • ・賃借人は当初から、当該貸室で鍼灸按摩マッサージの店舗を営業。
  • ・平成20年7月以降、賃料は月額約21万円。共益費は月額約2万円。
  • ・賃貸人は賃借人に対して、6カ月間の予告期間をおいて賃貸借契約を解除できる特約に基づいて、平成22年1月に当該賃貸借契約の解約を通知。・賃貸人は解約通知後に、賃借人の希望を聴取した上で、数件の移転先を順次紹介したが、いずれも賃借人の希望に合わなかった。
  • ・訴訟提起前に、賃借人は立退料として3,230万円を希望。賃貸人は立退料として580万円を提示。

結論

  • ・賃借人は賃貸人に対し当該貸室を、立退料の支払いを受けるのと引き換えに、明け渡せ。(判決言渡しの時点で、賃貸借契約の解約通知から6カ月以上経過していたため、明渡期限の猶予はなし)
  • ・立退料は769万2,486円。

判断のポイント(太字部筆者)

  • ・賃貸人は、当該建物を取り壊して、その敷地を周辺土地と一体として鉄骨造・一部鉄骨鉄筋コンクリート造の地下1階、地上8階建の店舗・事務所用ビル(延べ床面積6,600m²)を建築する再開発計画を有しており、当該建物の当該貸室を含む2室以外は計画地内の立ち退きと建物の解体が完了している。
  • ・当該建物は、築50年以上が経過しており、外見上、壁面のコンクリートに浮きや剥離があるほか、樋などの変形や劣化、建物内外にひび・割れが散見される状態であり、また、コンクリートの中性化調査では、鉄筋がさびやすい環境になっていると推測される。
  • ・当該建物の耐震性能は、震度5強以上の地震が発生した場合、建物が中破する可能性が高く、場合によっては大破する状況も想定される。
  • 耐震補強工事及び保全改修工事の概算費用耐震補強について1,300万円、保全改修について5,600万円ないし5,800万円(工期4カ月)を要するものであり、当該建物の再調達価格※1が7,100万円とされていることからすれば、耐震補強のみを行うとしても再調達価格の約2割、コンクリートの中性化対策やひび・割れ補修など建物の保全に必要な費用を含めれば再調達価格に相当する支出が必要となる。
  • ・当該建物がすでに築50 年を経ていることからしても、賃貸人が再調達価格に比べて高額な負担をして、耐震補強及び保全改修工事を行い、現状の当該建物を維持するのは、競合する物件との競争力の観点からも、必ずしも推奨されるものではなく、賃貸人が建て替えを選択することは合理的というべきである。
  • ・賃借人が当該貸室で営業を継続する必要性は高いといえるが、その業態からすると、店舗は必ずしも建物1 階の路面店でなければならないわけではなく、また、周辺への移転であれば顧客離れの懸念も大きなものではないところ、周辺は中高層の事務所ビルが立ち並ぶ地域であることからすると、代替物件への移転は可能である。

※1…当該建物を新たに建築する場合に要するコスト。

以上のような事情から、移転にあたって適当な立退料の支払いがなされれば、当該賃貸借契約の解約に「正当事由」があると判断されました。
このケースでもやはり、1 つ目の裁判例と同様に、(1)建物の老朽化・危険性、(2)具体的な建替計画とその必要性、(3)賃借人が移転先を見つけることが不可能でないこと、の3つの事情が基本になっていることがわかります。

(1)については社会的に関心の高い最近の傾向として耐震性が論点となり、(2)については「建て替えを選択することが合理的」といえるかどうかという観点から検討されている点が注目すべきポイントです。
立退料の算定についての詳細は割愛しますが、要約すると、借家権価格を約550万円と査定した上で、そのうちの350万円を正当事由の補完のために補償すべきものとし、これに、移転に伴う内装費用(約244万円)、動産移転料(約6万円)、移転雑費補償(仲介手数料、移転通知、その他雑費の合計約30万円)、営業休止補償(約137万円)を加算して、結論として約770万円としました。

ケース3

前提事実

  • ・対象となる建物(貸室)は、大阪市中央区の鉄筋コンクリート造4 階建のうち、1階の一室(約20m²)。昭和45年建築。市営地下鉄の駅まで徒歩2分の好立地。
  • ・賃貸人は当該建物で不動産賃貸業を営む65歳の男性。別の場所にある自宅にて妻、長男一家と同居。長女は結婚して東京に在住。

建替えを決意するに至った経緯

  • ・東日本大震災の発生から当該建物の耐震性が心配になり、専門家に耐震診断を依頼した結果、問題があることが判明。
  • ・耐震補強工事に1,000万円程度、大規模な保全改修工事を行うには5,000万円以上かかるとの見積りを取得。
  • ・金融機関から借り入れをして建て替えを行うことが相続対策に有効という周囲の勧めもあり、古くなった当該建物の建て替えを決意。建築図面と収益計画を策定。
  • ・賃借人との賃貸借契約書を確認すると、一番新しく契約した賃借人は賃貸期間が平成18年10月から10年となっており、その時点では期間満了までまだ4年ほど時間がある。なお、当該賃借人は当該貸室で喫茶店を営業。
  • ・他の賃借人についてはいずれも法定更新によって期間の定めのない賃貸借契約となっている。いずれも居住目的の賃貸借契約。
  • ・賃貸人は、一番新しい賃借人との契約期間が満了するまで建替計画を待つのでは遅いと考えて、平成24年8月、賃借人全員との立ち退き交渉を一斉に開始。

交渉の経過と結果

  • ・賃貸人側は、賃借人側の引っ越し先についての希望を聴取した上で、それぞれに対して複数の移転先の物件情報を提供。
  • ・居住目的の賃借人についてはいずれも、引っ越し代の実費のみを補償することで退去合意が成立し、交渉開始から3カ月前後で退去完了。
  • ・喫茶店を営業する賃借人は弁護士を代理人にして、立退料の提案を要求したことから、賃貸人側が立退料として500万円を提案したところ、当該賃借人側はこれを拒否し、対案として2,000万円を要求。
  • ・賃貸人側から、過去の裁判例をもとに、耐震診断書、耐震補強工事等の見積書を提示して交渉した結果、賃借人の希望にある程度合う引っ越し先が見つかったこともあり、4カ月間の交渉の末に、立退料900万円、立ち退き期限を2カ月以内とすることで退去合意が成立し、当該期限までに退去完了。

以上のケースで、賃貸人は契約書で定められた期間満了を待つことなく、また裁判手続によることなく、比較的短期間で立ち退きを実現することができ、建て替え計画に着手することができました。
このように、建物賃貸借契約の解約が認められるための法律上の要件が揃っていないにもかかわらず、交渉で立ち退きを実現できるケースは他にも数多くあります。
それは、借地法や借家法が制定されたころとは異なって、現在では不動産賃貸市場が成熟し、引っ越し先・移転先が見つかりやすく、適正な補償さえなされれば、賃借人側が立ち退きそのものを拒否する理由がそれほど多くないという事情が一つの理由として考えられます。
ただし、賃借人側から立退料として法外と言わざるを得ない金額を請求されるケースもありますので、賃貸人側としては事業として採算がとれるかどうかという見地から、立退料や必要に応じて弁護士費用の予算を含めた見通し・スケジュールを立てた上で、ポイントを押さえた交渉を行い、経営判断としての意思決定をする必要があります。

ケース4

ここまでは、耐震性に問題があるという事情が、建て替えのために立ち退きを求めていく上で重要なポイントになるというケースをご紹介してきました。
最後に、耐震性に問題がある建物をそのまま放置しておき、これが地震で倒壊してご入居者などに損害が発生した場合に、賃貸人の損害賠償責任はどうなるのかという問題について参考になるケースとして、平成11年9月に神戸地裁で言渡しのあった判決をご紹介します。
このケースは、阪神・淡路大震災により、賃貸マンションの1階部分が倒壊し、1階部分の賃借人らが死傷したことから、その遺族らが賃貸人等に対して、総額約3億円余の損害賠償を請求したというものです。
判決では、当該マンションは、建築当時の基準でみても、建物が通常備えているべき安全性を備えておらず、仮に建築当時の基準で通常備えているべき安全性を備えていたとすれば、1階部分が完全に押しつぶされる形での倒壊には至らなかった可能性があり、賃借人らの死傷は阪神・淡路大震災という不可抗力によるものとはいえず、当該マンション自体の欠陥と想定外の揺れの地震とが競合してその原因になったと認定され、結論として、賃貸人には損害額の5割について責任があるとし、合計1億2,900万円の損害賠償責任が認められました。
この裁判では、建築当時の建築基準法上の基準に沿って実際に建築されているかどうかが検証され、建築当時の基準に沿って建築されていない場合には、現行の基準の想定を超える大地震が起こった場合でも、損害賠償責任を免れないことが示されました。

建築当時の建築基準法上の基準に従って建築されるべきことは当然ですが、実際には基準に沿って建築されていないことが後になって判明するケースは後を絶ちません。
耐震診断等の結果、問題が判明した場合には、そのまま放置しておかず、耐震補強や建て替えといった改善策を行うことがやはり大切です。
そのような場合、建て替えを行うために既存のご入居者に立ち退きを求めるときには、裁判所が立ち退きを認める上で耐震性等に問題があるという事情を重要なポイントとして取り扱ってくれることは前述のとおりです。

  • 前の記事へ前の記事へ

 


  • TOP

このページの先頭へ