CREコラム・トレンド
フィジカルインターネットとは何か
公開日:2021/12/27
物流の世界でいま、「フィジカルインターネット」という言葉が話題になっています。聞き慣れない言葉かもしれませんが、物流改革の新たな潮流として実現に向けての議論が活発になってきました。コロナ禍で需要増の宅配便、少子高齢化によるドライバーの担い手不足など課題山積の物流業界で注目を集める最新動向を取り上げます。
物流効率化の新たなアプローチ
フィジカル(Physical)は身体的あるいは物理的の意味があります。ここでは物理的なインターネット、すなわちインターネットの概念を導入した物流の考え方を指しています。インターネットが登場する前、有力な通信手段だった電話は「1対1」の関係にありました。電話をかけても相手が話し中ならば、通話はできません。インターネットは多数の人がWebサイトにつながることができ、「1対多」の関係を構築しました。
輸送の世界では、A地点からB地点にモノを運ぶ場合、決められた経路(ルート)を1台の車両が走行します。これは電話時代の「1対1」の関係に当たります。フィジカルインターネットでは、例えば1台の車両に荷主が異なる複数の荷物をできる限り満載にし、配送ルートの途中に中継地点を設けてリレー方式で最短距離を走行したりして物流効率を向上させます。フィジカルインターネットはインターネット通信の考え方を適用する新たな物流の仕組みで、物流効率化に向けてのアプローチといえるでしょう。
待ったなしの物流改革
フィジカルインターネットが注目される背景には、宅配便の増加、ドライバー不足、環境問題などが挙げられますが、特に昨年来のコロナ禍でインターネット通販が急拡大し、宅配便の配送量が大幅に増えていることがあります。しかし多品種小ロットの宅配便が増加したことで積載率は低下。宅配分野では非効率な配送が続いているのが現状です。
図1:物販系分野のBtoC-EC市場規模及びEC化率の経年推移(単位:億円)
出典:経済産業省「物流危機とフィジカルインターネット」(第1回フィジカルインターネット会議資料)
図2:トラックの積載効率の推移 営業用 (積載効率=輸送トンキロ/能力トンキロ)
出典:経済産業省「物流危機とフィジカルインターネット」(第1回フィジカルインターネット会議資料)
ドライバー不足は最も深刻で、さらにドライバーの高齢化が進むため、今後その傾向に拍車がかかることが予想されます。担い手不足を解消するため、2024年度からトラックドライバーの時間外労働の上限規制など働き方改革が実施される予定で、ドライバーの労働環境改善は進むことが期待されています。しかし、こうした改革でドライバーの待遇が改善されれば、その分物流コストが上昇すると懸念の声もあがっています。また、省エネや脱炭素化の観点からトラックなど大型車両によるCO2排出量削減の動きが高まるなど、物流を巡る効率化は待ったなしの状況になっています。
図3:道路貨物運送業の運転従事者数(千人)の推移
出典:経済産業省「物流危機とフィジカルインターネット」(第1回フィジカルインターネット会議資料)
図4:トラックドライバーの平均年齢
出典:経済産業省「物流危機とフィジカルインターネット」(第1回フィジカルインターネット会議資料)
フィジカルインターネット実現のカギは?
「1対1」から「1対多」への物流改革を実現するには、いくつかのハードルがあります。1つ目は共有(シェアリング)です。発送地から目的地までの輸送で、自社だけでなく他社の荷物を同じ経路で運ぶ物流の共有です。そのためには同じ業種でシェアリングすることが近道。例えば、2020年8月にコンビニ大手3社が東京都内で共同配送の実証実験を行いました。この実験では宅配大手の大型物流施設に商品をいったん運び入れたのち、3社の店舗が近接する地域ごとに同じトラックで納品しました。
2つ目は荷物のサイズを企業間で統一するなど配送品形状の工夫です。商品のサイズや梱包などが各社異なっていて標準のパレットに収まらないために積載率が低下しているといわれています。大きさは違っていても組み合わせてパレットに収まれば積載率が改善され、積み下ろし作業も効率化できます。もちろんパレットの標準化も重要課題です。
もうひとつは、システム化。これは範囲が広く、最適の配送ルートを渋滞時などリアルタイムで判断できる地図情報システムの導入が欠かせません。また、検品や受け渡し、荷下ろしなどの伝票や請求書など、伝票および受け渡しデータの標準化が不可欠です。受発注事務の省力化や決済事務に関して企業間でやり取りするEDI(電子データ交換)の導入が求められるでしょう。
経済産業省、国土交通省で議論、2040年目標
経済産業省と国土交通省は2021年10月から有識者で構成する「フィジカルインターネット実現会議」を順次開催し、インターネット通信の考え方を適用する新たな物流の仕組みについて議論しています。会議では2040年の実現を目指し、業界別のワーキンググループを組成。2030年を目標とするアクションプランを作成する意向です。
フィジカルインターネットの動きは欧米で2010年以降に始まり、2014年から国際会議も開催されています。モノを物理的に動かすのは、デジタルの力だけでは完結できませんが、改善は可能です。物流の世界では近年、サプライチェーン(商品の製造段階から販売・消費までの流れ)を効率的にする全体最適化の考え方が広がっています。
フィジカルインターネットは、単一的に向いていたモノの流れを複線化させていく試みで画期的ですが、国内でもその動きは少しずつ出てきています。前述したコンビニ3社の共同配送のほか、新幹線や高速バスを使って生鮮品(野菜や鮮魚)を輸送する「貨客混載」や、大手の食品会社と飲料会社のトラック共同輸送など、具体的な取り組みが増えています。
ただ、フィジカルインターネットによる配送効率化で配送納期のスピードが低下し、迅速配送を願う顧客ニーズに相反する可能性があります。安定的な物流システムを持続させるには、利用者の物流に対する理解を深めることが必要かもしれません。