モノを少なく、シンプルに暮らす「ミニマリスト」というライフスタイル。
その価値観を住まいに反映させるには、どのような工夫が必要なのでしょうか。
今回は「ミニマリストのための理想の住空間」について、
株式会社ミニマライフ代表のおうち片づけ専門家・香村薫さんと、
大和ハウスの設計士・芦刈創一が語り合いました。
Profile

株式会社ミニマライフ代表取締役
香村 薫さん
おうち片づけ専門家
ミニマリストとして試行錯誤を重ね、数字と仕組みで片づけを伝える「トヨタ式おうち片づけ」を考案。現在はその流れをLINEを用いて片づける「LINE片づけ」の会社を運営。同じくミニマリストの夫、2男1女の5人で暮らす。「やりすぎミニマリスト」失敗経験をふまえた、「ほどよいミニマリスト」として活躍中。

大和ハウス工業株式会社
一級建築士/インテリアプランナー/
インテリアコーディネーター
光を意識し、ガラスを用いた住まいづくりを得意とする自称「ガラスの魔術師」。ハウジングマイスター(社内認定)として積み重ねてきた経験とノウハウを生かし、現場での知識共有を通じた後輩指導にも力を注ぐ。大学時代は馬術部に所属。
「既存の価値観からの自由」を求めるミニマリスト
――まずは、香村さんに、昨今のミニマリストの特徴などについてお伺いしたいのですが。
香村さん:近年、ミニマリストには大きく分けて2つのタイプがいます。「シンプルなおうちで暮らしたい」という空間重視タイプの方と、「少ないモノで暮らす」ことに主眼を置いたモノ重視タイプの方です。後者が狭義でのミニマリストといえるでしょう。どちらのタイプも、根底には「自分のこだわり」を大切にする思いがあります。そして多くの方が「節約」や「自由」へのこだわりを持っていると感じます。
芦刈:ミニマリストにもいろんなタイプの方がいるのですね。「自由」というキーワードが出てくるのは興味深いです。
香村さん:周りの価値観に縛られたくない、という気持ちがあるのではないでしょうか。一概には言えませんが、特に女性には自由追求型ミニマリストが多いように思います。
芦刈:私がお客さまと話をする中での実感では、「空間をすっきりきれいにしたい」と考えていらっしゃる方が多い印象です。先ほどのお話でいえば広義のミニマリストにあたるかもしれません。そういう方にとっては、モノだけでなく、例えば床・壁・天井のつながりがきれいで、空間全体が整って見えることも重要です。
――ミニマリストの方々に人気の建物というと、どんなものになるのでしょうか。

建具を溶け込ませたデザイン
香村さん:美術館のような建物を好む方が多いように思います。美術館というのは展示に応じて自由にレイアウトが変えられるよう、装飾などの要素を最小限にそぎ落とした、落ち着きと品のある建物が多いですよね。そういうスタイルに憧れている方は多いでしょうね。
芦刈:すごくよくわかります。
――近年のミニマリストやシンプルな暮らしが増えている背景には、何か理由があるのでしょうか。
香村さん:大きな災害の後にはミニマリストが増える傾向があります。阪神・淡路大震災の後は「断捨離」、東日本大震災の後は「ミニマリスト」という言葉が注目されました。コロナ禍でも、モノを持たない暮らしにシフトした方が増えました。自然災害やパンデミックを経験したとき、「モノが多ければ安心とは限らない」と気づくのかも知れません。
芦刈:災害というキーワードは建築でも重要ですが、「すっきりきれいに暮らす」ことも、地震などの際には防災面で大切ですね。
猫のように自由に、役割を限定しない「兼用」の間取り
――芦刈さんにお伺いしたいのですが、実際にミニマリストの方が注文住宅を建てられる場合、どのような住空間を望まれることが多いですか?
芦刈:モノを最小限にしようというミニマリストの方でも、部屋数については最大のパターンで考える方が多いように思います。子ども一人ひとりに個室があって、リビングとダイニング、客間に和室というふうに盛り込んでしまう。けれど子どもはすぐに大きくなり、巣立っていきますし、宿泊の来客もそう多いものではありません。
――シンプルな暮らしを実現するために、そういった方にはどのようなアドバイスをされますか?
芦刈:そうですね。空間を用途ごとに分けるのではなく、先ほどの美術館のように複数用途に使える柔軟性を残すことで、それぞれの空間が広々と心地よく使えるはずです。ある施工事例では、家族全員が日頃からダイニングテーブルで過ごすことの多いご家庭だったので、リビングそのものをなくし、くつろぎの場をダイニングに集約させたこともあります。
香村さん:「兼ねる」というのは重要なキーワードですね。日本人はもともと、一部屋の和室が食事の場にも寝室にもなっていました。夕飯の時間にはちゃぶ台を出して食事をし、終わったらちゃぶ台を畳んで、押し入れからお布団を出して寝る。一つの空間がリビングとダイニングと寝室を兼ねていましたよね。それがいつからか「◯◯専用」の部屋が増えたことで、個々の空間は狭くなって、それぞれの場で過ごす時間は短くなり、お掃除は煩雑になって、あまりいいことがありません(笑)。
――古くからの日本の間取りは、意外とミニマリストの暮らしにフィットしているのかもしれませんね。
香村さん:ちなみにわが家は5人家族で3LDK暮らしですが、リビングダイニングにはダイニングテーブルしかありませんし、決まった寝室もなく、みんなその日の好きな場所に布団を敷いて寝ているんです(笑)。そう考えると、兼ねることは「自由」が生まれることでもあると思います。

ダイニングテーブルのみを配置したシンプルな香村さん邸のリビングダイニング
芦刈:本当にそうですね。ついついルールや役割を決めて安心しがちですが、そのせいでいろんな自由が奪われているのかもしれません。猫を飼っている方ならわかると思いますが、猫って居心地のいい場所を自分で見つけて、好きなところで過ごしますよね。人間もそんなふうに自由に過ごせるような設計を意識したいと思います。
新たな発想から生まれる、ミニマルな家事動線
――ミニマリストの方々は、自由もさることながら、「効率」も重視される印象があります。この点についてはいかがでしょうか。
香村さん:生活動線をミニマルにすることは大切ですね。家事については、「洗濯」と「料理」の動線を効率化できると、かなり余裕が生まれると思います。その空間づくりとして、洗濯ではウォークインクローゼットのすぐ隣に洗濯機を設置するのがおすすめです。洗った衣類をその場でしまえるので、無駄な移動がなくなります。キッチンについても同様。わが家はコンロも換気扇もなく、電気調理鍋とオーブンレンジ、電気ポットがあるだけです。

コンロのない香村さん邸のキッチン
――コンロを完全になくすというのは画期的ですね…!
芦刈:先日キッチンメーカーさんと、「キッチンからコンロがなくなる日が来るかもしれない」と話していたのですが、香村さんがすでに実践されていたとは!コンロがないと、キッチンのあり方も変わりますね。
香村さん:そうですね。コンロがなければフライパンも要らないし、油も飛ばない。ワークトップがすっきりして、そのままデスクとしても使えるんです。安全性の点でも年配の方や小さいお子さんがいる方にもおすすめです。
収納は、広さより「どこに」「どんな形で」設けるか
――備え付けの収納については
どのように考えると良いのでしょうか。
芦刈:収納の取り方も、動線に大きく影響しますよね。「3畳分確保したから大丈夫」などとおっしゃるお客さまもいますが、収納で大切なのは広さよりも「どこに、どんな形で」設けられているかです。先ほど「ウォークインクローゼット(WIC)脇に洗濯機を」というお話がありましたが、収納も使う場所の動線の中に配置するのがコツですね。例えば2階に寝室を設けた家なら、寝室と階段の間にWICを設ければ、ベッドから起きてパジャマを脱いで洗濯かごに入れ、服に着替えて階下に下りる、というスムーズな流れになります。

芦刈が実際に設計した事例:寝室と階段の間にウォークインクローゼットを設置
香村さん:それは素敵ですね!この家に住みたいです。
芦刈:形については奥行きが浅すぎると入れたいものが入らなかったり、逆に深すぎると奥が使いこなせないこともあります。季節の布団、クリスマスツリーやひな人形、加湿器などの季節ものをしまうスペースには十分な奥行きが必要でしょう。
香村さん:やっぱり収納の「量」も大事ですよね。私がお客さまに片づけのアドバイスを行う際には、洋服は何着あるのか、クローゼットの広さはどれだけなのかを細かく伺います。ハンガー掛けにするならポールの長さは服の数×3㎝は必要ですから、そこに収まる枚数に減らすしかありません。
芦刈:私たちも設計の際、お客さまにモノに合わせて収納を広く取るのか、空間のゆとりを考えてモノを減らすのか、何を優先するかの取捨選択が大事だというお話をします。収納を増やせば居住空間は狭くなりますから、その上で設計側としては少しでも「収納の存在を感じさせない」工夫をします。例えば枠も取っ手もつけず、壁一面丸ごと収納にすることで、すっきりとした印象のまま収納量を確保できます。先ほどの「兼ねる」という話でいえば、収納と壁を兼ねるのです。

洋服の量を適正量に抑えた香村さんのすっきりとしたクローゼット

芦刈が提案したエントランスの壁収納
香村さん:壁収納はいいですね。エントランスに壁収納があれば、生活動線の課題の多くが解決しそうです。靴だけでなく、アウター、スポーツ用具、学校用具など、室内で使わないものは、みんな玄関にあるほうが効率がいいんですよ。昔の家は玄関に土間がありましたが、とても理にかなっていたと思います。こういった壁収納は難しくても、収納家具を置くスペースがあるなら玄関収納はおすすめですね。その場合、オープンラックだとごちゃっとした印象になるため、扉付きがベストです。扉がない場合は、収納ボックスの色と形をそろえることで、壁のような統一感のある空間をつくることができます。
光の流れを利用して「心地よさ」を育む空間
――芦刈さんはほかにもユニークな玄関の住まいを設計されたと伺っています。
芦刈:実は、「玄関のない家」を設計したこともあるんです。扉を開けて中に入るとそこはもうリビングという、「玄関とリビングが兼用」の間取りです。

玄関とリビングが兼用の入り口

玄関とリビングが兼用の間取り図
香村さん:いいですね。昔の日本家屋は居間の外側に縁側があって、家族は玄関を回らずに縁側から出入りしたりしていましたよね。そんな雰囲気を感じます。
芦刈:ただしこの構造はリビングの密閉性が低下しますから、断熱性能を保つために家全体を魔法瓶にするような施工の工夫が必要になります。そうした面も含めて、新しい暮らし方を提案していきたいですね。何を生かし何を捨てるかで、暮らしの心地よさは大きく変わります。
香村さん:ミニマリストの方は自分らしいこだわりを持っている方が多いので、その取捨選択も楽しめるのではないかと思います。
――ミニマリストの方にフィットしそうな暮らしの考え方ですね。
芦刈:そうですね。最終的に居住空間にとって大切なのは「心地よさ」。自分にとって何が心地よいのかを知ることが家づくりの第一歩ともいえるでしょう。設計士はその家の家具やモノはコントロールできませんが、建物としては「光の流れ」で心地よさを生むことを意識しています。それはただ明るければいいというものではなく、光と影のバランスを整える工夫です。そのコントラスト次第で同じ広さでも奥行きや広がりを感じたり、逆にパーソナルなおこもり感を生み出せたりするのです。

中庭に光の入る量が計算された住まい
香村さん:光のバランスは私もとても意識しています。わが家は部屋全体を照らす照明を控えめにしていて、ピアノを弾くとか勉強するといったときには、コードレスのテーブルライトを各自持ち歩くんです。家全体は時間の移ろいにつれて暗くなる、そういう変化を感じられるのも豊かさかな、と思っています。

シンプルなコードレスのテーブルライト(写真右)
思い出の品は「スポットライト」を当ててから処分
――住まいを持つタイミングとして、お子さんが大きくなってきて…という方も多いと思うのですが、思い出の品の展示と収納のバランスについてはどうでしょうか?
香村さん:わが家では子どもがアート教室でつくった作品を、スポットライトの当たる場所に飾ることにしているんです。すると、ちゃんと「日の目を浴びる」時間があるから、その後あまりちゅうちょなく処分できます(笑)。
芦刈:お子さんの作品を期間限定でしっかり飾るというのはいいアイデアですね。思い出の品が部屋の雰囲気を乱しているのはよくある話です。
香村さん:お片づけアドバイスでも思い出品の処遇は課題になるのですが、収納棚の扉の内側や押し入れの壁に、額に入れて飾るのがおすすめです。

押し入れの壁に飾られた香村さんのお子さんが描いた絵
芦刈:外から見える情報量を少なくするのは大事ですね。建築では、使用する部材の種類を少なくすることでも統一感が生まれ、すっきりとした空間がつくれます。そのためには僕も建築の通例に頼らず、その方の暮らしの価値観に合った優先順位を見極めなくては、と改めて感じました。
香村さん:住まいづくりの際に、まず自分たち家族の価値観をしっかり掘り下げる必要がありますね。ミニマリストでなくても、徹底的に自分の感性と向き合ってこだわりポイントを明確にすることが、自分らしい心地よい家づくりの鍵だと思いました。本日はありがとうございました。
まとめ
「既存の価値観からの自由」を大切にし、家族それぞれの心地よさを追求するミニマリストの暮らし。壁収納の活用や光と影のバランス、玄関からリビングまでの空間設計など、伝統的な住まいの知恵も生かしながら、自分らしいこだわりの空間を育んでいきましょう。
※掲載の情報は2025年4月取材時点のものです。