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連載:いろんな視点から世の中を知ろう。専門家に聞くサステナブルの目
2025.4.30
「サステナビリティが大事」なのは分かっていても、実際には、どこにどのような課題があって、私たちの生活にどう影響していくのか、正直、縁遠く感じてしまう方もいるでしょう。
そこで本連載では、実際に「サステナビリティ」の現場に向き合う当事者のリアルな声を、寄稿形式でお届けします。今回はアメリカで都市政策の専門家として活躍する古澤えりさんが登場です。アメリカの地方自治体に伴走するコンサルティング会社で活動する傍ら、マサチューセッツ州・ボストン市近郊の都市、サマビルの気候変動・エネルギー政策アドバイザーも務めています。
古澤さんが取り組む、気候変動対策、多様性や包括性、公平性を前提とした都市政策とは。そしてトランプ政権下でそれら政策はどうなっているのでしょうか。また、知っておくべき「環境正義(エンバイロメンタル・ジャスティス)」の考え方についても、分かりやすく解説していただきます。
はじめまして、古澤と申します。私は今、アメリカの「HR&A」という都市政策系コンサルティング会社でプロジェクトマネジャーをしています。主に自治体や民間企業、NPOなどのステークホルダーに伴走しながら、気候変動への適応策や、これ以上気候変動が進まないように温室効果ガス排出量を削減することに取り組んでいます。
その過程で多様性(Diversity)、包括性(Inclusion)や公平性(Equity)を中心に据えた政策づくりを支援しています。
実は、環境問題や気候変動対策と多様性・包括性・公平性というのは、切っても切れないものです。例えば、私がかつて勤務していたニューヨーク市の気候変動対策では、「これから暑くなる」「洪水が増える」など、気候変動による影響を受けやすい地域はどこかを調査し、そのうえで具体的にどう備えるかをロードマップとしてまとめていました。
世界中で異常気象が問題となっていますが、同じ「猛暑」でも、健康で若く、金銭的に余裕があり、街路樹がたくさん植えられ涼めるところに住んでいて、エアコンがある部屋で過ごせる人は影響が比較的少ないですよね。ですが、屋外で肉体労働をしていたり、お金がないためにエアコンがつけられなかったりする方々にとっては、熱中症のリスクは一気に高まります。猛暑ひとつとっても、どのような環境で暮らしているか、どのような属性を持っているかによって、影響がまったく変わってきます。そのため、気候変動を体験する人々の多様性を考慮し、特に強く影響を受ける人々の声を包括するように意思決定の場をデザインし、誰であっても気候変動の影響から守られる公平性を確保する必要があります。
アメリカだけでなく、グローバルで「環境正義(エンバイロメンタル・ジャスティス)」という価値観が大事にされています。これは、気候変動の結果生じる災害や健康被害などの影響が不平等に分配されている状況を問題視し、誰であっても気候変動の影響から守られ、かつ自分の生活に影響を与える政策づくりの場に参画できるべきだとする考え方です。
産業革命以降、私たち、特に先進国に住む人々は環境へ負荷をかけて成長してきました。負荷が積み重なり、いま地球規模での異常気象が起こっているのですが、その被害を真っ先に受けるのは、社会的に弱い立場の方や、マイノリティといわれる人たちです。誰もが気候変動の影響から守られるためには、そのような人々を第一に考えた都市政策が必要なのです。
しかし気候変動対策は、コストが短期間でかかる一方で、効果を実感するには時間が必要です。成果が見えづらい政策は選挙で票に結びつきにくいため、優先順位が下がる危険性があります。
さらに追い打ちをかけるように、昨今のアメリカでは、トランプ政権に変わったことでの影響がそこかしこに出ています。例えば、気候変動関連のデータをモニタリングする役所や国民の健康、環境資源を守る役所の人員が大幅に削減されたり、気候変動対策に関する法規制を緩める動きなどがあります。DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)という言葉の使用すらも制限されるなど、気候変動や多様性に関する取り組みを大きく後退させかねない動きが続いています。
今後どうなるかは正確には予測できませんが、たとえ連邦政府が後ろ向きでも、地域レベルで「私たちがやるべきことをやる」という気概が絶えずあるのがアメリカの面白いところです。第1次トランプ政権下、アメリカがパリ協定を抜けたことで、ニューヨーク市のようなリベラルな自治体は「自分たちがやらないと」と独自に動いてきました。
またアメリカの場合、市民が「政治家は住民の声を代表する役割を持っている」という期待感や意識を持ち、政治家をちゃんと監視している風潮が強いと感じます。この意識を持っている市民が多いことに加えて、メディアや教育機関といったさまざまな組織がこの風潮に貢献しているのは、日本との大きな違いだと感じました。
こうした背景や問題意識の違いから「政治や行政をただ受け取る側で終わらせない」姿勢が生まれていきます。アメリカの高校生がボランティアで選挙活動に参加する中で政治への関心や能動性が生まれるように、まちづくりや政治的な意思決定を、自分たちが声を上げれば変わる領域だと捉えられるかどうか。気候変動を含む社会課題を「自分事」にできるかの大きな分かれ道になると思います。
気候変動への対策も、それを可能にするために必要な取り組みの一部なんです。行政や民間に任せ切るのではなく、私たち一人ひとりが少しずつ関心を持ち、声を上げていく。そうやって広がった自主性の輪が、やがてまちや社会を変えていくと信じています。
とはいえ、市民の「自分事化」が非常に難しいのはアメリカも同じですし、アメリカも課題が絶えません。次回以降の記事でどのように市民を巻き込んでいくのか、そして具体的な気候変動やDE&I対策の具体例についてなどをお伝えしたいと思います。
東京大学工学部建築学科を卒業後、2016年に渡米。コロンビア大学都市計画修士課程(MSUP)修了。その後ニューヨーク市の都市計画局でゾーニング・アーバンデザインの仕事を手がけ、現在はHR&Aという都市専門コンサルティング会社に所属している。2022年よりマサチューセッツ州サマビル市の気候変動・エネルギー政策アドバイザーも務める。
大和ハウスグループも「生きる歓びを、分かち合える世界」の実現に向け、様々な取り組みを進めていきます。
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