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2024年3月にリニューアルしました。
連載:未来の旅人
2025.2.28
2024年の日本人の出生数が、初めて70万人を割り込む——。日本の少子化は1957年に初めて人口置換水準※1を下回り、1970年代後半から継続し、加速しています。
一方、「妊活や出産、育児をめぐる課題は複雑化しています」と株式会社With Midwife代表の岸畑聖月さんは明かします。「助産師」を意味するMidwife。同社では企業に"専属助産師"を派遣し、妊娠・出産・育児支援に加えて、社員のウェルネスサポートも行っています。
さまざまな問題が起こる背景、そしてサステナブルな妊娠・出産・育児を実現するために、企業や一人ひとりができることとは? 自身も現役の助産師でありながら、多くの命を守るために「起業」という選択肢を選んだ岸畑さんと考えます。
※1:人口が長期的に増減せず一定となる出生率の水準。人口を維持するために必要な合計特殊出生率を指す。
企業内の医療の専門家として「産業医」がよく知られていますが、岸畑さんたちが推進するのは「企業専属の助産師」の派遣です。
現在、全国に450人の助産師・看護師・保健師の資格を持つ医療専門家と提携し、そのうち労務や健康経営に関する制度や法律、キャリア支援に関する知識などにも精通した150人が、「ウェルネスコーディネーター」として企業を内側からサポートしています。24時間365日体制で対応しており、アプリを通してメッセージを送れば、24時間以内に自社専属のウェルネスコーディネーターから返信が届く仕組みです。
写真提供:株式会社With Midwife
導入はLINEで企業ごとの二次元コードを読み込むだけ。社員のみならず、社員の家族も利用できること、そして自社の制度も熟知した医療専門家に完全匿名で相談できるのも大きな特徴です。
「企業内で、福利厚生に関する制度を充実させる動きは加速しています。ですが、単に制度をつくっただけでは、解決できない悩みや問題があります。一人ひとりの働き方の選択や考え方はもちろん、置かれている環境や経済状況も異なります。子どもを望むか、授かりやすい体質か、子どもの性質やサポートしてくれる家族がいるかどうか、経済的に余裕があるのかなど、いろんな因子によって働きながら生きる"困難感"が違う。そうしたことも相まって、人事部や上司にも、家族にだって言いにくいことがあると思うんです」と、岸畑さんは話します。
実際、利用者から寄せられる悩みは、自身の不妊や産前産後の体の不調、メンタルヘルスなどに限らず、家族間の不和や、子どもの発達に関する悩み、自身のキャリアにまで及ぶこともあるそうです。
もともと助産師として病院で勤務していた岸畑さんは、なぜ起業し「企業の専属助産師」の事業立ち上げに至ったのでしょうか。
14歳の時、岸畑さんは婦人科系の病気にかかり「将来子どもは産めない」と告げられました。「なぜ自分だけ……」とあまりのショックに崩れ落ちそうになる岸畑さんを励ましてくれたのは、産婦人科の主治医でした。
「生かされた意味があるに違いないと思えるようになって、いつしか医療で『命を守りたい』と、産婦人科医になろうと考えるようになりました」。
ところが、そんな思いが変わる出来事が起こります。
「近所で、生後1歳にも満たない子どもを残して外出してしまった、いわゆるネグレクトを発見したんです。その時に、医療の届かないところで傷ついたり、亡くなったりする命があることに気付かされました。病院の中だけでできることには限界があるのかもしれない……女性の健康や妊娠、出産の過程から支援できるのは誰なんだろうと考え、助産師に行き着きました」。
写真提供:株式会社With Midwife
実際、助産師として現場に立つうちに、病院の枠組みでは対応しきれない現実に幾度も遭遇しました。岸畑さんには、今でも忘れられない女性との出会いがあります。その女性は念願の妊娠を喜んでいたのも束の間、体の不調を放置していたことで子宮頸がんが手遅れなほど進行していました。妊娠がわかってから、わずか数カ月後に亡くなってしまいました。
「仕事が忙しく、不調を感じた時に病院に行けなかったそうです。もっと早く医療にアクセスできる環境があれば……何もできない自分が不甲斐なかったですね」。
ほかにも、中期中絶を選択した女性患者が、会社の復職面談で産業医から心ない質問を受け、フラッシュバックしてしまう出来事もあったそうです。堰を切ったように泣き出す彼女を見て、以前から思い描き、準備してきた"起業"が現実味を帯びてきました。
「昔は"共同体育児"といって、社会で子どもを育てる文化がありました。助産師は産婆と呼ばれ、社会の命の伴走者として活躍していたんです。ですが、地域コミュニティや家族機能が衰退した現代では、"企業"が数少ない安定したコミュニティになっています」。
その中に再び"産婆"が介入することで、働きながら人生を歩む人々、そして当事者だけではなく周囲の命を支えられるのではないか——。岸畑さんは、起業、そして"専属助産師"が社員のウェルネスサポートを行うサービス「THE CARE」を立ち上げました。
そもそも、妊娠や育児の現場において多様な悩みが生まれている背景には「いろんな理由で"働く"を選択する人が増えているから」だと分析します。
「企業がこれまで行ってきた妊娠・出産・育児の支援とは、基本的には"休ませる"ことでした。ですが、日本が相対的に貧しくなってきている今、実際には両立が困難な状況でも、休めない・働かなければならない状況にある人も増えています。もちろん、自己実現のためにキャリアを築きたいという人もいますし、それは大賛成です。いろんな理由で"働く"を選択する人が増えているんです」。
また、こうした変化は新たな課題も生んでいます。
「1985年に男女雇用機会均等法が成立した頃は、まずは女性が働ければよかった。当時は、今のように女性管理職比率の向上が課せられるようになるなんて、誰も想像していなかったと思います。最近では女性の社会進出に伴い、男性の育児参画が叫ばれるようになりました。すると『男性の産後うつ』という問題が新たに生まれ始めました。働き方や社会の変化によって、新しい課題が生まれてくるのは、ある種当たり前のことです。だからこそ、固定化された制度ではなく、一人ひとりに合わせた支援が必要になってくるんです」。
そうした中で、重要なのは改めて「自分がどうしたいか」に向き合うことだと、岸畑さんは続けます。
「選択肢が多様化したことで、選んだり手放したりを考える機会が増えました。ある男性から『育休を取りたいけど、上司はあまり取って欲しくなさそうにしているし、部署の営業目標だってある。でも妻には育休を取って欲しいと言われていて、キャリアを積みながら家族との時間も大切にしたい自分がいる。板挟みになっているんです』といった相談をいただきました。私たちから"こうするべき"と指示はしないので、情報を提供しながら、根気強く、相談者の方が何をしたいのか、何を大事にしたいのかを掘り下げていくしかありません。相談者自身の希望があって、初めて適切な選択肢を提示できるんです」。
急激な少子化、不妊治療や産後うつなどの妊娠・出産・育児にまつわる課題。そんな"サステナブルではない"現状に対して、現在の長時間労働を前提とした評価制度こそが障壁となっていると、岸畑さんは指摘します。
「『長く働いたから評価される』ではなく、『限られた時間でどれだけの成果を出せるか』に、評価の仕組みをシフトすべきではないでしょうか。海外では、残業をさせすぎると罰則がある国も多いですが、日本ではいまだに長く働いた人が偉いという風潮が残っています。個人もそうです。先ほどお話しした『自分がどうしたいか』の話にもつながってきますが、自分の時間を何に使うのか、改めて向き合って欲しいですね。大事なのは、まずは休息・休養の時間から確保すること。人間って、いい休養なくしていい仕事はできませんから」。
With Midwifeのメンバーの方々と。With Midwifeでは育児と仕事を両立する人も多く「残業は一切禁止」なのだそう。
そう簡単に変えられることではないかもしれません。それでも、岸畑さんは「子どもを産み、育てるってかけがえのないことです。日頃、私たちはあまりに経済合理性ばかりを追い求めてしまっているのではないでしょうか」と話します。
命を守ることが、社会を守ることにつながる——。14歳の時の原動力をそのままに、岸畑さんは走り続けます。
14歳での闘病経験と、ネグレクトを目にしたことから助産師を志す。香川大学医学部看護学科卒業後、助産学と経営学を学ぶため京都大学大学院へ進学。卒業後は助産師として年間2000件以上のお産を支える、関西最大の産科で臨床を経験。2019年に株式会社With Midwifeを設立。2020年に妊娠、出産、育児の支援や社員のウェルネスサポートを行う、健康と子育ての従業員支援サービス「THE CARE」を立ち上げる。
大和ハウスグループも「生きる歓びを、分かち合える世界」の実現に向け、様々な取り組みを進めていきます。
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