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家づくりを知る

自然と調和したシンプルな機能美専門家に聞く、
北欧の暮らしに学ぶ
住まい方のヒント

建築やインテリアなど幅広いジャンルで注目される北欧デザイン。
シンプルな美しさと機能性を兼ね備えたデザインは、日本の生活文化に対する価値観と共通する部分も多く、
私たちの生活の中にも浸透しつつあります。

北欧の建築やデザインを語る上で欠かせないのが、20世紀の北欧を代表する建築家アルヴァ・アアルトです。
今回はアアルトの母国であるフィンランドへの造詣が深く、
北欧デザイン研究所所長で東北工業大学副学長の石井敏さんに、北欧デザインの魅力や、
その背景にある北欧の文化についてお話を伺いました。
北欧の豊かな暮らし方を、日本の住まいに活かすヒントについて探っていきます。

Profile

東北工業大学 副学長 建築学部 学部長、
東北工業大学 北欧デザイン研究所 所長

石井 敏(さとし)先生

東北大学工学部卒業後、同大学院修了。1997〜2000年にはヘルシンキ工科大学(現アアルト大学)大学院にフィンランド政府国費留学。フィンランドの社会福祉環境について調査研究を行い、福祉建築や福祉住環境デザインのあり方について北欧の暮らしや自然から大きな影響を受ける。2001年東京大学大学院修了、博士(工学)取得。現在の研究分野は建築計画学(施設計画、環境行動学、福祉住環境デザイン)。

自分の手で必要なものを生み出し、
次世代まで長く大切に使っていく

「北欧」とひとくくりにされがちですが、具体的にはヨーロッパ北部地方のフィンランド、スウェーデン、ノルウェー、デンマーク、アイスランドの5カ国を指すのが一般的です。これらの国はそれぞれ異なる文化を持っていますが、厳しい気候と「夏は短く、冬は長い」という共通点があります。寒さが厳しく、太陽が昇る時間が極端に短くなる冬(極夜)は、室内で過ごす時間が増えるため、「家の中でいかに心地良く快適に過ごすか」という観点から北欧建築やデザインが発展してきました。対照的に、夜になっても太陽が沈まない夏(白夜)は、日差しを求めて森や湖に出かけ、大自然の中でリラックスして過ごします。

自然と共生する北欧のライフスタイルは、建築やインテリアにも色濃く反映されています。シンプルで質素な暮らしを好む北欧では、機能的で使いやすく、自然素材を取り入れた建築やデザインが多く見られます。メンテナンスを重ねながら長く大切に使い込み、経年変化を楽しみながら次世代に受け継いでいく。「古いものほど価値がある」という考えは、北欧に限らずヨーロッパ全般で共通です。

また、北欧では家の改修や増築も当たり前のように自分の手でこなす人がほとんどです。なかには、半年や1年といった長期の休みを取り、自宅のリフォームをする人も。フィンランドでは父親が子どものために庭に小屋(レイキモッキ)を作るのも一般的です。学校教育も「自立」を促すことを目的としているため、一人で生きていくための力を子どもの頃から身につけていきます。男女関係なく料理や大工仕事を行い、自分の手で必要なものを生み出し、環境を整えていくことを大切にしています。

日本の北欧ブームのきっかけは、
2006年に公開されたあの映画

北欧建築やインテリアを語る上で欠かせないのが、フィンランドの建築家・デザイナーのアルヴァ・アアルトの存在でしょう。彼は20世紀の北欧デザイン界を代表するモダニズム建築の巨匠で、建築だけでなく家具や照明器具のデザインなど、幅広い分野で活躍しました。通貨がユーロになる前の自国の貨幣にも登場するフィンランドの英雄です。

アアルト設計の建築物

フィンランド最大の書店「アカデミア書店」。映画『かもめ食堂』にも登場する。

アアルトのデザイン哲学が反映された自邸。冬季の少ない光を取り込めるよう、自然光を取り入れた設計で、庭との一体感も重視されている。

私がフィンランドに留学していた約30年前、日本で北欧に関心を寄せていたのは建築、デザイン、文学や音楽などを専門とする一部の人たちでした。一般の人というよりもある特定分野の研究者が感心を持っていたといえるでしょう。現在のように大衆的に北欧ブームが浸透したのは、スウェーデンのIKEAや、フィンランドのマリメッコなどの存在も大きいでしょう。なかでも、日本における北欧ブームの火付け役となったのが、2006年公開の映画『かもめ食堂』です。フィンランドのヘルシンキで和食の食堂を開く日本人と、店を訪れる人々との交流が描かれた作品で、映画に登場する北欧の豊かな風景やインテリア雑貨、流れる時間や空気感が注目され、フィンランドを訪れる日本人、特に女性のファンが一気に増えました。昭和までさかのぼれば、日本でアニメ放送されていた『ムーミン』も、フィンランドの児童文学に登場する国民的キャラクターとしておなじみです。

このように北欧に関心を持つ入り口はさまざまでしょう。しかし、その背景には北欧の人たちが持つ合理的でシンプルな価値観や、自然とつながった豊かな暮らし方や人生観への共感があり、そこに日本人は惹かれるのかもしれません。

実は定義がない?
フィンランドの教会や街並みに見る北欧建築

北欧建築といえば、厳しい気候に耐える耐候性や断熱性を持ち、木や石といった自然素材を多用し、シンプルでありながら機能性と美しさを兼ね備えているのが特徴ですが、実は素材や工法にこれといった定義はありません。北欧の中でも、特にフィンランドらしい建物だと私が感じるのは教会です。大きな十字架やキリスト像はなく、空間デザインだけでそこが神聖な祈りの場であることを表現しています。

「聖ヘンリー・エキュメニカル礼拝堂」。無塗装のアーチ状の木材が奥行きを強調し、奥の祭壇が幻想的に浮かび上がる。

では、一般的な住宅はどうでしょうか。フィンランドの都市部には集合住宅が多く、郊外ではほとんどが戸建住宅です。外壁には赤茶やグレー、ブルーなどの「アースカラー」の塗料が塗られ、木造をメインに、レンガなどをあしらった家もあります。国土の約8割は森で、すぐそばに広がる自然に溶け込むよう、建物の色、高さやデザインを行政がコントロールしているため、美しい景観が維持されています。

日本と異なるのは、自分の庭をわざわざ持たなくても、すぐそばに豊かな森が広がっているということ。「自然享受権」という権利が認められ、たとえ私有地の森であってもプライバシーを侵害しない限り誰でも森に入ることが許され、湖で釣りをしたり、ベリーやマッシュルームを収穫したりと自然を満喫することができます。フィンランドの人たちにとって、森は国民一人ひとりに与えられた共有の財産なのです。

都市部でも多くの緑がそこかしこに存在しています。フィンランドの集合住宅では近年、「ガラスバルコニー」がトレンドです。バルコニーをガラスで囲った造りで気密性はそれほど高くありませんが、椅子やテーブルを置いて第二のリビングとして使います。室内にいながら貴重な日差しを取り入れる、住まいの工夫です。

フィンランドが独立したのは1917年。国としては歴史が浅く、貧しい農業国からスタートしました。スウェーデンやデンマークのような国に比べると、歴史的にも非常に厳しい時代をくぐり抜けながら急速に近代化した国です。他の北欧の国は王室を持っていますが、フィンランドは王室を持たない共和国でもあります。

それは建築やデザインにも表れており、装飾がなく非常にシンプルなデザインが特徴です。例えば食器ひとつを見ても、デンマークのロイヤルコペンハーゲンに比べて、フィンランドのアラビアやイッタラはとてもシンプル。余計な装飾を好まず、合理性を重視する中で美を追求するあたりがフィンランド人の特徴といえるでしょう。

家事シェアは当たり前。
合理性を追求したフィンランドのミニマルな住まい

1950年代に世界的に人口が増えて、各国で宅地開発が進められる中で、フィンランドは自然と調和しながら住みやすさも追求した先進的な都市計画を進めてきました。

ヘルシンキからバスで約30分の場所にあるタピオラという街は、当時としては画期的なニュータウンです。

豊かな森に包まれるように集合住宅や戸建住宅、公共施設がゆったりと配置され、建物は木の高さよりも低く建てられています。半世紀以上前のニュータウンですが、今でも人気が高く、自然と共存した理想的な都市の形として世界から注目されています。

フィンランド人の合理性を重視する国民性は、住まいの中にも見ることができます。フィンランドでは家庭の約8割が共働きのため、夫婦で家事や子育てをシェアしながら合理的に生活する工夫が根付いています。例えば、キッチンには「食器棚兼水切りカゴ」が備え付けられていることがほとんど。食器を洗った後、カゴに濡れた食器を並べるだけで、食器の片付けと水切りが同時に完了する合理的な設備です。食器から滴り落ちた水は、そのままシンクに落ちる仕組みになっています。
また、多くの集合住宅には共通のランドリールームと乾燥室が備え付けられ、洗濯から乾燥までをここで済ませることができます。

その他、サウナの本場として知られるフィンランドでは、戸建住宅にはほぼ必ず、多くの集合住宅にも住民が共同で使えるサウナが備えられています。日本人が湯船に浸かるのと同様に、フィンランド人にとってサウナは厳しい冬を越すための習慣であり、また文化でもあり、生活になくてはならないもの。彼らにとってサウナは神聖な場所で、一人静かに自分と向き合う場所です。昨今の日本におけるサウナブームはエンターテインメントとして独自の進化を遂げていますが、フィンランド人も興味を持って見ているようです。

室内で靴を脱ぐ?
日本との意外な共通点から学ぶ、住まいづくりのヒント

本質的な豊かさを求めた、シンプルでミニマルな北欧のライフスタイルは、日本の「侘び寂び」に代表される繊細な感覚とも通じるものがあり、日本の暮らしとの親和性は高いでしょう。実際、北欧と日本のライフスタイルには意外な共通点も見られます。実は、フィンランドやスウェーデン、ノルウェーでは日本と同じく室内では靴を脱ぐのが一般的。日本のように玄関と室内を区切る明確な段差はありませんが、ドアを開けて室内に入ったところにラグを敷くなどして、靴を脱ぐ場所が設けられています。

また、日本人が畳でゴロゴロするように、床でくつろぐ文化もあります。フィンランドではラグやマットはどの家庭に欠かせないアイテム。リビングやソファの前に敷いたラグやマットの上で、子どもたちが寝そべってお絵描きをしたり、おもちゃで遊んだりといった光景がよく見られます。公共の建物にも、ラグを敷いたホッとくつろげるスペースが設けられていることもあります。

ヘルシンキの海のそばにはマット専用の洗濯スペース「マットライトゥリ」があり、自然分解される洗剤と海水を使って自分でラグを洗います。フィンランドの夏は湿度が低くカラッとしているため、洗ったらそのまま干しておけばすぐに乾きます。この洗濯風景は、夏の風物詩です。

日本国内にも北欧デザインをうまく取り入れたホテルが福島県にあります。その名も「ホテリ・アアルト」(改修設計:益子義弘氏)。自然とのつながりや、北欧らしいデザイン要素を日本の環境にうまく落とし込んでおり、北欧デザイン好きの人の間で話題になっているホテルです。これから家を建てる人で、「北欧らしいエッセンスを取り入れたい」と考えている人は、ぜひ一度訪れることをおすすめします。

福島県耶麻郡にある北欧デザインを取り入れたホテル「ホテリ・アアルト」

日本と北欧では気候や風土が大きく異なるため、北欧建築をそのまま日本に持ってくるのは難しい部分もあるかもしれません。しかし、参考にできることはたくさんあります。 北欧では多くの時間を室内で過ごす分、暮らしを心地良くするための知恵や習慣が多く生み出されてきました。多彩な種類の照明を効果的に配置したり、明るい北欧柄のファブリックで自然を感じたり、キャンドルを灯して温かみを演出したりといったライフスタイルは日本の暮らしにもなじむでしょう。五感を使って暮らしを楽しみ、快適さを追求する北欧のライフスタイルは、くつろぎや安らぎといった本当の豊かさを、私たちに教えてくれるのかもしれません。

まとめ

一過性のブームではなく、日本にも定着しつつある北欧スタイル。まずはラグや間接照明の設置など日本の生活様式にもマッチする北欧アイテムから試すのもいいでしょう。フィンランドの住まいに見られた合理的な設備などを参考にする際は、日本の暮らしに合わせた工夫をすることも大切です。北欧の豊かなライフスタイルに触れることで、単にデザインだけにとどまらず、自分がどんな暮らしや人生を求めているのか、暮らし方や生き方を見つめ直すきっかけにもなりそうです。

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