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特集:気候変動の最前線。今、地球はどうなってる?
2025.9.29
全国各地で連日のように35℃を超す猛暑日が続いた2025年。欧州では最高気温40℃を超える熱波が各地を襲い、アジアでは豪雨による洪水が頻発。多くの人的被害も出ています。私たちは地球温暖化が待ったなしで進んでいることを毎年のように痛感し、もはや対策が急務であると認めざるを得ない状況です。
エアコンの温度を28℃に設定する、マイバッグ・マイボトルを推奨、移動手段を車から徒歩や自転車、公共交通機関に切り替える……地球温暖化対策として、こうした個人でできる行動を積み重ねる人も増えてきました。しかし、気候科学者の江守正多さんは、「日々の節約やエコな暮らしも大切ですが、それだけでは温暖化は止まりません」と話します。
江守さんは、日本における地球温暖化・予測研究の第一人者であり、世界中の専門家が集まる「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の第5次・第6次評価報告書の主執筆者の一人です。以前から地球温暖化に警鐘を鳴らしてきた江守さんに、気候変動問題の現在地と予測される未来、そして私たち一人ひとりができることについて伺いました。
「そもそも地球温暖化は『産業革命』が起きたことによって始まりました」と江守さん。産業革命に伴って、化石燃料の使用量が増加し、二酸化炭素(CO2)が増えて温暖化が進んできたのは周知の事実です。2015年に採択された「パリ協定」では、「産業革命前からの平均気温上昇を2℃より十分低く抑え、さらに1.5℃に抑える努力を追求すること」を目標としました。「たかが2℃」ですが、そのインパクトは計り知れません。
©NSA Digital Archive
地球温暖化が注目を集めるようになったのは、気温上昇が体感できるようになってきたことに加えて、1989年に冷戦が終結し平和になったことも大きいと言います。国際社会が次のアジェンダとして地球環境問題に取り組み始めたのです。
「氷河期の平均気温は、現在の平均気温よりもたった6℃低いだけでした。今年、WMO(世界気象機関)は『2024年の世界平均気温は産業革命前の水準と比べて1.55℃上昇した』と発表しました。平均気温が産業革命前から4℃上がれば、多くの地域で人間が生存できる気候条件ではなくなります。災害は激甚化し、過酷な環境下での生活を余儀なくされる。すると、いかに食料と水と資源を確保し、自国から難民を排除するかのサバイバルゲームが始まります。そうなると、今の文明は成り立たなくなるだろうと思います」。
こうした予測を受け、多くの国が気候変動を深刻な問題と捉えています。日本でも、2020年に当時の菅義偉内閣総理大臣が、所信表明演説で「2050年までに日本の温室効果ガスの排出を実質ゼロにする」ことを目指す「2050年カーボンニュートラル宣言」をし、法制化を進めました。また、気候変動は金融や経済にとっても大きなリスクであることから、国際的な大企業が気候変動対策に取り組むことは当たり前になりつつあります。
「日本では温室効果ガス排出量が2013年のピーク以降、再生可能エネルギーを増やしたことや原子力発電所の再稼働、自動車の燃費向上など大企業を中心とした企業努力に加え、これは喜ばしいことではないですが、工業生産量の減少などによっておおよそ設定した目標どおりに排出量を削減できています。今のところは順調ですが、再生可能エネルギーの導入量は鈍化していますし、工業生産量が減っていいという話でもありません。これからが重要です」。
日本の温室効果ガス排出量および吸収量と削減目標。2023年度の温室効果ガス排出・吸収量は約10億1,700万t(CO2換算)となり、2022年度比4.2%(約4,490万t)減少、2013年度比27.1%(約3億7,810万t)減少/2025年4月に公表された「2023年度の温室効果ガス排出量および吸収量(概要)」(環境省)を参考に編集部作成。
図1「日本の温室効果ガス排出・吸収量」の推移の詳細/2025年4月に公表された「2023年度の温室効果ガス排出量および吸収量(詳細)」(環境省)を参考に編集部作成。
しかし、気候変動対策は一国だけで取り組んでも大きな成果は得られず、世界中の国が協力しないと解決しない問題でもあります。例えばCO2排出量が世界第2位のアメリカは、政権交代のたびに地球温暖化に対する方針が変わります。トランプ政権が第一次、第二次ともにパリ協定からの離脱を宣言したのは記憶に新しいところです。
©Christopher Ames
「気候変動の国際交渉は、大国の動きに振り回されてきた歴史です。CO2排出量の多くを占める大国の動きはとても重要ですし、彼らには過去にCO2を大量に排出した責任もあります。パリ協定では、責任も能力もある先進国が、発展途上国に対してCO2を出さないで発展していくための資金や技術を提供し、支援することになっています。しかし実際には、十分な支援はできていないのが現実です」。
すでに、国家存亡の危機が目前に迫る国も存在しています。海面上昇の影響を受け、2050年までに国土の大部分が満潮時に水没する可能性がある南太平洋のツバルは、オーストラリアへの国民の移住を始めています。
「このままだと、さまざまな自然災害が起きて難民が増え、それが移民となって先進国に押し寄せます。すると移民排斥の機運が高まって、ポピュリズムやナショナリズムが支持される。こうした政治勢力は自国優先主義で、気候変動対策に背を向ける傾向がある。すると気候変動対策がますます後退して、さらに災害が増え、難民が増えていく……という悪循環に陥ります。気候変動は災害の増加だけでなく、人間社会にも大きな混乱をもたらします」。
「ただ、気候変動問題は継続して関心を持ちにくいテーマです。CO2は目に見えませんし、解決するのに何十年もかかるので、遠い未来の話のように感じてしまう。加えて、200年かけてつくってきた、CO2をたくさん排出する社会から、CO2をまったく出さない社会に変えていくことは並大抵の努力ではできません」。
一方で「人間が原因なのだから、人間が止められる」とも江守さんは言います。具体的には、どのような対策があるのでしょうか。
「まずはCO2排出量が膨大な石炭火力発電をやめて、再エネなどにシフトしていくことが重要です。個人的に注目しているのは、営農型太陽光発電です。畑の上に、隙間を空けて背の高い太陽光パネルを設置し、発電する。あとは洋上風力発電ですね。今年8月、三菱商事が洋上風力発電事業から撤退したニュースが話題となりましたが、それでも日本は海に囲まれているので、制度設計を調整しながら進めていくべきでしょう」。
このほか、車はガソリン車から電気自動車へ。家の屋根やビルの壁には太陽光パネルを設置、住宅はエネルギー効率が上がるよう高気密・高断熱を標準にしていくことなど、さまざまな温暖化対策を「常識」にしていくことが必須だそう。
「電気は、再エネでも原子力でもCO2を出さずにつくりやすいエネルギーなので、なるべく電化を目指していくことが大切です。ただ、電力だけで動かすことが難しい分野もまだあります。実質ゼロが本当に実現できるかは、これからのイノベーションや制度の改革にかかっている。今ある技術で排出量を減らしていくと同時に、足りない部分の研究開発に投資をしていかなければなりません」。
話を聞けば聞くほど、地球規模や国レベルで考えなければならないことが山積みですが、個人でできることもあるのでしょうか。江守さんは、大事なのは「自分が矢面に立たないとしても『大きい仕組みの変化を応援するマインド』を持つこと」だと説明します。
「先ほど触れたように、エコな行動もやらないよりはやった方がもちろんいいでしょう。ですが、それだけでは温暖化は止まりません。大きなインフラやシステムを、何から何までCO2を出さないものに入れ替えることが必要だと一人ひとりが理解し、社会の変化に賛成し、何らかの形で後押しすることが、温暖化対策としてより本質的ではないかと思います」。
例えばメガソーラーの乱開発が大きな問題になっています。環境意識が高い人ほど、自然が破壊されていく様子に怒りや辛さを覚えていることでしょう。しかし「大きい仕組みの変化を応援するマインド」を持って冷静に事態を捉えれば、本当に問題なのは太陽光発電ではなく乱開発のほうであることが見えてきます。
再生可能エネルギーが増えなければ温暖化を止めることは難しいからこそ、乱開発が起きない法律やシステムを構築し、より良い形で太陽光発電を普及させることが必要なのです。
「よく聞くのが、自分は車に乗っているしお肉も食べているから、気候変動の話をする資格がない、という話です。あるいは『温暖化が問題だと言う人は車に乗らないのか』と責められたりする。これだと、社会が分断していってしまいます。私はよく『自分のことは堂々と棚に上げてください』と言っているんですね。今の社会システムでは、CO2が出るのは仕方ありません。だから、システムそのものを変えていきましょうと。そのためには、漠然とでもそういう社会を望む気持ちを多くの人が持って、全力で取り組んでいる人たちを応援することが大切なんです」。
1970年神奈川県生まれ。東京大学教養学部卒業。同大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。1997年より、国立環境研究所に勤務。同研究所気候変動リスク評価研究室長、地球システム領域副領域長などを経て、2022年より東京大学未来ビジョン研究センター教授。専門は気候科学。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次および第6次評価報告書の主執筆者。著書に『異常気象と人類の選択』(角川SSC新書)、『地球温暖化の予測は「正しい」か?』(化学同人)、共著書に『地球温暖化はどれくらい「怖い」か?』(技術評論社)などがある。
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