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連載:未来の旅人
2025.11.28
経済的にも物質的にも豊かになったはずなのに、いつまで競い続けなきゃいけないの? 毎日働いてるのに全然楽にならないのなぜだろう……。そんな「当たり前だけど、なかなか言い出せない問い」を心の中に持っている人は多いのではないでしょうか。
「そろそろ資本主義に別れを告げなければいけない」
そんな大胆な言葉とともに創刊され、話題となった雑誌『新百姓』。手がけた一人が編集長の渡邉賢太郎さん、通称=おぼけんさんです。新卒で大手証券会社に入社し、資本主義の"ど真ん中"で働いてきたおぼけんさんは、なぜ自ら雑誌を創刊するに至ったのでしょうか。問いを重ねる中で気づいた「資本主義のほころび」とは?
1号は「水をのむ」、2号は「米をくう」。一見、農業雑誌にも見えますが、おぼけんさんは「新百姓」という言葉を「つくるを楽しむ人々」と定義づけています。取材対象は人類学者や最先端テクノロジーの起業家、街の老舗で働くおばちゃん、すぐ隣にいそうなあの人まで——。さまざまな角度から、毎号のテーマを掘り下げています。
2022年に創刊した雑誌『新百姓』。
「『新百姓』の原点にあるのは、これだけ便利で豊かになったのに『なぜ僕らはいまだに毎日遊んで暮らせないのか』というシンプルな問いです。僕らは働くのが当たり前で、自分の能力を示して他者より稼ぐことが幸せだと思っている。そして、幸せでない人たちは努力を怠っているという考え方を信じ込んでいる。でも果たして本当にそうなのだろうか、と」。
『新百姓』のウェブサイトのトップ。「なぜ人類はいまだに毎日を遊んで暮らすことができないのか?」という言葉が印象的です。
そんな問いを持つに至った背景には、子ども時代の出来事が大きく関わっています。
「父は、大分県で兼業農家をしていました。平日は別府市内で働き、週末になると車で1時間ほどの祖父母のところに行って、家族みんなで農作業をする。僕は子どもながらに、それが好きだったんですね。田んぼは格好の遊び場だったし、親戚や近所の人が集まるのも楽しい。風景もすごくきれいで、秋になったらおいしいお米まで穫れる。ところが大学生になった時、父親が田んぼを辞めると言い出しました。理由を聞いたら金にならん、と。僕はその時、こんなに楽しくて美しくておいしい営みが、儲からないという理由だけでなぜなくなるんだろうと思いました。そこから資本主義に対する漠然とした問いを持ったんです」。
おぼけんさんは金融と経済の本質を調べようと、1年間だけと決め、証券会社に就職しました。大学では文化人類学を学んでいたこともあり、「金融業界へフィールドワークをしに行く」つもりだったそう。しかし、2年目に入ってリーマンショックという未曾有の金融危機が起こりました。
「最初に株価が下がりだした時、社内の証券アナリストは『一時的な下落だから買い』と言うんです。そうしたら、あっという間にお客さんの資産が半分になりました。ああ、金融のプロといわれている人たちも本当のところはよくわかっていないんだな、と。さらによくよく考えたら、僕はブラジル国債を売っていたけどブラジルに行ったことがない。インドの鉄道株をお勧めしていたけどインドにも行ったことがない。たぶん証券アナリストも同じで、レポートを読んでいるだけ。それで、ちゃんと現場に行こうと思ったんです。会社を辞めてバックパッカーになって、世界中を旅しました」。
顧客の資産が元に戻ったのを見届けてから証券会社を離れ、2年間、世界各国でのフィールドワークに乗り出しました。ロンドンや上海など各地の証券取引所、インドの鉄道建設予定地、ボリビアのポトシにある世界最大の銀鉱山……。おぼけんさんは、訪問した47カ国すべてで、米ドルの100ドル札とユーロの50ユーロ札、日本円の1万円札を、現地の正規の両替所と民間が街で開いている両替所の両方に持っていき、レートがいくらかを聞いて回りました。すると、日本円の1万円札が通用しないところがありました。
「エチオピアのハラールという街です。米ドルとユーロは大丈夫だったけど、日本円は交換できなかった。このことが何を意味しているかというと、僕らが後生大事にしているお金、日本銀行券は、日本というカルチャーや政治経済の影響力が及ばない範囲まで行ったら、ただの紙くずになるということです。それで結局、資本主義はただの物語というか、寓話なんだと気がつきました」。
資本主義を懐疑的なまなざしで見つめるものの、おぼけんさんのスタンスは「脱・資本主義」ではありません。旅の中で資本主義の光も闇も見てきたからこそ、資本主義自体を否定するのではなく"ツールとして扱う"ことが大切だと考えました。資本主義は、唯一絶対のシステムではなく、目的に応じて用いることも、用いないことも選べるもの——それを伝え、問いかけていく手段として選んだのが、『新百姓』でした。
「メディアは、全然違うものの見方や評価の仕方を提示することができますよね。だから、小さな労力でテコの原理がもっとも大きく働くのはメディアじゃないかと思ったんです」。
時価総額や資産の多さといった資本主義的なモノサシではなく、大企業の社長も失敗した経営者もアーティストも伝統工芸の職人も農家の人も、全員に共通した価値基軸が何かを考えました。そこで気づいたのが「つくることに夢中になっている状態」は、すべての人にとって等しい価値だということでした。「使う人々の時代(Capitalism=資本主義)から、つくる人々の時代(Creativitism=創造性主義)へのパラダイムシフトの提案」ですと、おぼけんさんは続けます。
「例えば、みなさんが知っている『アリとキリギリス』は、コツコツ働いたアリが偉くて、遊び呆けたキリギリスに天罰が下るというお話ですよね。だけど僕は別バージョンも考えられるんじゃないかと思っていて。キリギリスはただ音楽に熱中して、楽しんでいた。そのせいで冬の食糧の蓄えができなかったけれども、アリが『冬の間はうちで食べればいい。その代わり音楽をいっぱい聴かせてくれよ』と言ったとしたら、これはこれでありじゃないですか。Creativitism(クリエイティビティズム)の価値観においては、お金を稼ぐためにあった仕事の捉え方も、成功の概念も変わっていきます」。
『新百姓』で大切にしていることがあります。それが「"答え"ではなく、"問い"」ということです。『新百姓』が投げかける問いをきっかけに、あくまで読者が雑誌を通して自分で思考し、選び取ることが大切だと考えています。
「でもみんな"答え"を欲しがっているんですよね。答えのない雑誌や書籍なんて売れなくて(笑)。どこの出版社も出しづらい。だから、自分たちでやるしかなかったんです」。
こうして始まった『新百姓』ですが、おぼけんさんも共同創業者の施さんも、出版業も編集業もまったくの未経験。最初は「正直自信がなかった」と話します。
「こんなの伝わるわけがないと思っていました。0号を888冊だけの発行にしたのも自信のなさの表れです(笑)」。
しかし、0号は即完売。本来なら増刷も視野に入るほどの売れ行きでした。にもかかわらず広告は一切とらず、全国流通にも乗せず、どれだけ売れても増刷はしないという方針を貫き、1号は6966冊、2号は8888冊と上限を決めて発行することで、資本主義的価値観からは一定の距離を置いています。現在は全国の独立系書店と『新百姓』のウェブサイトを中心とした直販のみの販売ですが、それでも多くの反響があるのは、同じ思いを抱えていた人が多かったということなのかもしれません。
「あえて紙の雑誌にしたのは、偶発性こそ大切だと考えているから。新しい社会の仕組みについて考えた時に、もし全員が安定を求めたら、結論として資本主義に依存せざるを得ない。ポイントは『偶発性をいかに楽しめるか』なんです。ウェブメディアは、自分の思考の近くにあるものがアルゴリズムによってレコメンドされているだけだから、偶発的とまでは言えない。だから、そこに実際に存在する紙の本にするしかないという発想でした」。
偶発性や不確実性を楽しみ、自ら選び取ってつくり続けていく先に、新しい社会のシステムは自ずから具現化されていきます。
「『新百姓』は99のテーマを最初に決めて、毎号一つずつテーマを深掘りしていきます。僕らは日々、水も飲むし、米も食う。そんなふうに日々やり続けていることが終わりのない好奇心の旅になったらすごくないですか。僕は、他者や社会は変えられないと思っていて。でも、一人ひとりの価値観や世界の見方、解釈が変われば、選択肢や行動が変わる。それによって身の回りの環境が変わる。その先には新しい社会がつくられて世界も変わっていく。これがもっとも力強い変容のプロセスだと思っています」。

1982年生まれ。立命館アジア太平洋大学を卒業し、三菱UFJモルガン・スタンレー証券に新卒で入社。退職後、2年間の世界一周の旅へ。帰国後「NPO法人ETIC.」、孫泰蔵氏によるエンジェル・ファンド「Mistletoe」、武蔵野美術大学大学院非常勤講師、「おせっかい社かける」の創業などを経て、2022年、施依依とともに「ている舎」を創業し『新百姓』を創刊。主な著書に『なぜ日本人は、こんなに働いているのにお金持ちになれないのか? 21世紀のつながり資本論』(いろは出版)、『新百姓宣言』(ている舎)などがある。通称おぼけん。現在、『新百姓』の活動への寄付会員を募集中。詳細はウェブサイトより。
大和ハウスグループも「生きる歓びを、分かち合える世界」の実現に向け、様々な取り組みを進めていきます。

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