大和ハウス工業株式会社

DaiwaHouse

連載:未来の旅人 寝たきりでも、動ける、学べる、働ける。分身ロボットカフェが描く、未来の可能性

連載:未来の旅人

寝たきりでも、動ける、学べる、働ける。分身ロボットカフェが描く、未来の可能性

2025.7.31

    分身ロボット「OriHime(オリヒメ)」を開発した研究者・実業家の吉藤オリィさん。移動困難な人たちがロボットを遠隔操作して働ける「分身ロボットカフェ」を展開するなど、テクノロジーを活用した新たな社会参加の形を生み出しています。今や、海外からも大きな注目を集め、今年デンマークでも期間限定で分身ロボットカフェが開店しました。

    吉藤さんは17歳の時に「孤独の解消」を目的に掲げ、以降活動を続けてきました。その原点には、思春期に自身が不登校に陥った経験があったと言います。

    「寝たきりの人は働けない」という思い込みを変えるべく、奔走する吉藤さんのこれまで、そして活動の中で辿り着いた「サステナブル」とは?

    海外からも注目される「分身ロボットカフェ」

    東京・日本橋にある「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」を訪ねると、あっと驚かされます。入り口には英語のメニューが掲示され、店内は半数以上が外国人観光客。分身ロボットと楽しそうに会話をしたり、写真を撮ったりしています。

    全身約120cmの分身ロボット「OriHime-D(オリヒメディー)」が、注文した商品を運んでくれます。

    「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」は、頸椎損傷、筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの重度身体障害者をはじめ、さまざまな理由で移動困難な人たちが、分身ロボット「OriHime」「OriHime-D」を遠隔操作してサービスを提供するカフェです。営業開始から4年が経った今でも注目度が衰えないこと、そして海外からの人気について、分身ロボットの開発者であり、カフェを立ち上げた吉藤オリィさんはどう捉えているのでしょうか。

    「お客様に伺うと、『友人から聞いた』という口コミでいらした方が多いですね。海外からの注目度は以前から高く、2023年に開催されたG7広島サミットにも呼んでいただきました。いらっしゃる方の多くが注目するのが、OriHime-Dなどのユニークな仕掛けですが、日本の接客の質、ホスピタリティは高く評価されていますし、日本は"超高齢大国"で、この国がこの先、どう活路を見出していくのか、世界中から注視されている。店員が体を動かせない状態で、お店をどう回しているのかというサステナビリティに関心を持たれているお客様もいらっしゃいます」。

    分身ロボットカフェで「役割」が生まれる

    分身ロボットを遠隔操作する「パイロット」たちは、シフト制で"出勤"しています。現在の人数は90人を超え、毎日のように勤務する人もいれば月に1回という人もいるそうです。

    「シフトの直前に体調を崩してしまったとしても、すぐに誰かが代わることができるのが、特徴的な働き方かもしれません。家でモニターの前に常時いることが多いですから、代理募集の通知に気づけば、すぐに対応できます。大阪・関西万博でもOriHimeは活躍中ですが、万博から、即座に東京・日本橋の分身ロボットカフェに出勤ということも可能なわけです」。

    店の奥に目を向けると、ひときわ大きなロボットが。これはコーヒーを淹れるバリスタロボットで、工場などで使われるファクトリーオートメーションの特注の1機です。ALSを発症し、働けなくなったバリスタが遠隔で操作しています。

    「もともと大会に出るほどの実力のあるバリスタでした。病気で働けなくなってからは、『分身ロボットカフェ』の第1期メンバーとして加入してもらっていました。当初は、お客様にドリンクを提供するだけで、『もう一回ここに帰ってこられた』と涙を流して喜んでいました。それくらい熱意のある人のコーヒーなら飲んでみたいですよね。そこで、バリスタのロボットを開発しました。コーヒーを淹れるのはロボットですが、操作してるのはバリスタの彼女なので、彼女ならではの味になります」。

    "パイロット"として接客業務に従事した後、吉藤さん率いる「オリィ研究所」に入社し、今は事業の運営に関わっている重度身体障害者の女性もいるそうです。ほかにも外国人観光客への接客の腕を磨くべく、60歳を超えて英語を学び始めたパイロットなど、分身ロボットカフェを起点に新しい挑戦が生まれています。

    「これまで、障害者は社会の枠組みから疎外されてきたので、学びや経験を発揮する機会が少なかった。ですが、この事業に関わっているスタッフは沖縄で社会人に向けたプログラミングと英語の3カ月の集中授業があって、OriHimeで遠隔受講して首席で卒業しました。すごいですよね。英語を学んだパイロットはこれまでずっと『病気で海外に行くこともないから、英語を学ぶなんて無駄』と言っていましたが、今では流暢に英語を操っています。事業を通じて、役割が人を変えていく様子をたくさん見てきました。共通しているのは、自分だけではなく『次の人たちのために道をつくりたい』という思い。そうした思いの強い人は、自分自身を変える力も強いです」。

    不登校を経て、17歳で「孤独の解消」を目指す

    吉藤さんがOriHimeを開発した目的は、「孤独の解消」だと言います。その背景には、不登校だった経験が大きく関わっています。

    「中学時代に不登校で引きこもりだった時、学校でも家族の中でも自分が荷物になっている感覚が強く、居場所や役割が見出せずに孤独感が募っていきました。自分がいないほうが世界にとっていいのでは、と思う時もあって本当に辛かったです」。

    そんな折、母親の勧めで地元の科学館で開催された「虫型ロボット競技大会」に参加して優勝。翌年、中学2年生の時にロボットコンテストの関西大会に出場し、奈良県の工業高校で指導する久保田憲司氏に出会い、感銘を受けます。彼が教鞭を執る工業高校に入学し、傾きを感知して自動で補正する電動車椅子を開発しました。吉藤さんは、この作品でJSEC(高校生・高専生科学技術チャレンジ)で文部科学大臣賞を受賞し、さらには世界最大の科学コンテストISEF(国際学生科学技術フェア)のエンジニアリング部門で3位に選ばれたのです。

    「ISEFで会った研究者の卵が『この研究をするために、この世に生を受けた』と言っていました。つまり、それ以外に生きる目的を考えなくていい。なんて素敵な考え方なんだろう、と。それで自分も17歳の時、『孤独の解消』のために生きようと決めました。これは今でも変わっていません」。

    早稲田大学に入学した後、分身ロボットの開発に着手します。吉藤さんに大きな影響を与えた存在が、親友の番田雄太さんです。4歳で交通事故に遭い、脊髄損傷で寝たきりになった番田さんは、顎を使ってパソコンを操作し、会いたい人に6000通ものメールを送る中で吉藤さんに辿り着きます。二人は意気投合し、番田さんは2013年からOriHime開発に参画。オリィ研究所で秘書と広報を務め、2017年に他界しました。

    「彼は20年寝たきりで、教育も受けていませんでした。障害当事者の方や親御さんに、彼が『俺ができるんだから、みんなできるよ』と伝えた時、『それは番田さんであり、オリィ研究所だからできるんです。うちの息子には無理です』と言われたことがありました。それが悔しかった。番田が『じゃあ、普通の高校生はどんな仕事をするのだろう?』と。まずは飲食などの接客アルバイトから始めることが多いですよね。それで接客業がいいかもしれない、となりました」。

    そして2018年、遠隔で接客する「分身ロボットカフェDAWN ver.β」を期間限定でオープン。2021年に現在の店舗が開店しました。

    サステナブルとは「ありがとう」の循環

    吉藤さんは、孤独の解消には「移動」「対話」「役割」の3つが必要だと語ります。

    「『そこにいる』ことによって関係性はつくりやすい。初めに私が車椅子をつくっていたのはそれが理由でした。『いる』状態をつくることで、社会参加できる。ただ、『移動』を拡大解釈すると、『存在を伝達する』ということになりますよね。私自身がここにいることを認識できて、周りからそこに吉藤がいることを認識されている——この2つの認識が揃えば、『いる』はつくれる。物理的に体を動かすことは難しくても、インターネットによって心を運んでくればいいのです」。

    コロナ禍以降、学校でオンライン授業が行われるなど、体が移動しなくても参加できる場は増えてきました。

    「最近ではOriHimeでの出席を認めてくれる大学も出てきています。でも、就職の段階になると途端にハードルが上がる。世の中は"生身の体を運べる"ことを前提にデザインされているからです」。

    吉藤さんは、日本では街中で車椅子の人をあまり見かけないと指摘します。

    「日本の街はきれいで、車椅子も走りやすいように整備されています。一方で、世界各地を車椅子で旅してきた知人は、日本の人々が無関心であること、助けてくれないことについて話していました。海外では、車椅子の人がエレベーターを待っていると、乗っている人が降りてくれる。でも東京では、みんな忙しくて余裕がないので降りない。そうすると、車椅子の人は何十分も待ち続けることになったりする。コミュニケーションに課題があります」。

    車椅子の人はそうした体験を重ねるうち、「一緒にいる友人を待たせて申し訳ない」と思ったりします。すると、だんだん外出しなくなってしまうと、吉藤さんは続けます。

    「私が一番嫌なのは、障害者が『ありがとう』と言い続けるしかない状態です。『ありがとう』という言葉は無尽蔵ではなくて、"ストック"が必要だと思っています。『ありがとう』を繰り返すうちに、気づけば『ごめんなさい。もう私のことは放っておいてください』に変わっていく。つまり『ありがとう』を人からもらうことが不可欠です。誰かのためにしてあげる機会や経験があって、誰かを必要とすることができる。循環させることが重要だと思います」。

    吉藤さんの考える「サステナブル」はこの循環です。誰しも体は衰えるもので、自分もいつか車椅子を使うようになるかもしれません。あらゆる人が当事者だといえるでしょう。

    「移動が困難であっても働き、お金も含めた感謝を得て、自分が必要とされている実感を得る。全人類がその機会を得られるようにすることで、孤独の解消に近づけると考えています。そのためにテクノロジーを使っていきたいですね」。

    PROFILE

    吉藤オリィ

    吉藤オリィOry Yoshifuji

    高校時代に電動車椅子の新機構の発明をし、世界最大の科学コンテストISEFにてGrand Award 3rdを受賞。早稲田大学在学中、自身の不登校の体験をもとに対孤独用分身コミュニケーションロボット「OriHime」を開発し、同年株式会社オリィ研究所を設立。自身の体験から「ベッドの上にいながら、会いたい人と会い、社会に参加できる未来の実現」を理念に開発を進め、2021年には寝たきりでも働けるカフェ「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」を開店。2022年メディア芸術祭メディアアート界のオスカーともいわれるPrix Ars Electronica-Golden Nica受賞。2025年4月には、デンマークに分身ロボットカフェの期間限定店がオープンした。

    未来の景色を、ともに

    大和ハウスグループも「生きる歓びを、分かち合える世界」の実現に向け、様々な取り組みを進めていきます。

    大和ハウスグループでは、障がいがある方の採用を行い働きやすい環境づくりに取り組んでいます。

    多様な人財活躍(障がい者等)

    詳細を見る

    この記事をシェアする

    サステナビリティ(サイトマップ)