少子高齢化や過疎化が進む地域には、交通手段や空き家、医師不足などさまざまな課題があり住民の生活水準の維持が難しくなっている。行政・公共サービスなどの「公助」にも限界があるなかで注目されているのが、シェアリングエコノミーを活用したまちづくりだ。
人々の時間やスキル、施設などのまちに眠る資産を共有、再活用することで地域課題の解決や地域経済の活性化が期待されているが、実際にどのような取り組みが進んでいるのか。
2017年からシェアリングエコノミーを通じた地域課題の解決をミッションとする「シェアリングエコノミー伝道師」としても地方創生や地域コミュニティの支援に取り組む、シェアリングエコノミー協会代表理事の石山アンジュ氏、シェアリングエコノミーを活用し、地域独自の個性を大切にしたまちづくりに挑む大和ハウス工業の原納浩二氏が、「シェア」がもたらす地域コミュニティの未来と可能性について語り合った。
石山 私は2017年に政府から「シェアリングエコノミー伝道師」に任命され、以後全国を飛び回り、さまざまな地方創生プロジェクトに携わっています。
また2018年からは大分と東京の2拠点生活を始めています。さまざまな地方に足を運び、実際に住まいを持った経験から気づいたことは、人との「つながり」こそが個人の資産になるということです。
私が大分で住む豊後大野市では、我が家を含む14世帯がひとつの集落になっていて、裏山や湧き水を共同で所有しています。裏山や神社の清掃や草刈り、水道タンクの掃除などを定期的に協力して行っているので、都会にはない大変さがあります。
最寄りのコンビニまで車で20分かかりますし、都会では当たり前のUber Eatsなどのサービスも普及していません。
一方で東京は、交通や水道などあらゆる生活インフラが整っていますし、便利なサービスの恩恵を容易に受けることができます。お金を持っていれば、消費者として不自由のない暮らしができる場所だと思います。
でも地方は東京と違い、お金で解決できる問題があまりないので、むしろご近所づきあいなど人との「つながり」を通じて解決できることのほうが多い。2拠点生活を経て、人と人とのつながりや、それを生み出す「信頼」の構築こそが大切であることに改めて気づかされました。
原納 まさにまちづくりは、地域住民同士の「信頼」があってこそ成り立つものだと思います。
例えば地方に行くと、鍵をかける習慣のない地域がありますよね。あれは自宅や庭がオープンスペースになっていて、鍵をかけてしまうとご近所の方が自由に出入りすることが難しくなってしまうためです。
また地域に目配りし、知らない人を見たら声をかける習慣も根付いているので、鍵をかけずともセキュリティが効いているんです。こうした習慣も、まさに「信頼」が前提にあるからに他なりません。
石山 大分の拠点では14世帯という限られた人数で一定の時間を共有しているから信頼関係ができていますが、都会で同じようなつながりを築くのは難しいでしょう。
そもそも、リアルでの信頼関係をつくり上げるのはとても面倒ですし時間がかかるので、身近な問題はサービスを買って解決するほうがよほど簡単です。
しかし、社会課題にもなっている社会的な孤独や孤立という問題は、こうした信頼関係の構築という「面倒」を避けてきたことも背景のひとつにあるのではないでしょうか。
原納 まちづくりに「信頼を育む」という思想が欠けていたのではないか、という指摘はまさにおっしゃる通りだと思います。
これまで都市部のまちづくりは、タワーマンションに代表される超高層型の建造物の開発を中心に進められてきました。日々の暮らしを営む場所であるにもかかわらず資産価値ばかりが重視されがちで、そこで暮らす人たちがどんなコミュニティを築いていけるかという視点はほとんどありませんでした。
経済合理性を重視した建物を建てる「箱物思想」のまちづくりによって、地域からつながりや賑わいが失われかけているのです。住居やマンションなどのメンテナンスは一貫してサポートしてきましたが、つながりやコミュニティの支援といった点では十分にフォローができていなかったことを、デベロッパーや私たちは大いに反省すべき点だと考えております。
石山 だからこそ地域コミュニティの減少やつながりの希薄化といった問題を解決するためにも、シェアリングエコノミーを活用したまちづくりが期待されているのだと思います。
そもそもこれまでの自治体の運営は、「公助」「自助」「共助」の3つの機能によって維持されてきましたが、「公助」の機能は限界を迎えています。高齢化が進み、人口が減れば、税収が減るので行政ができる支援も限られてしまいます。
また私が住む大分の集落のように、お金を持っていても、誰かの支えがないと生きられないような地域では、「自分の生活は自分で守る」という「自助」の精神だけでは限界があります。
そこでシェアを通じて個人がつながることで、新しい形の「共助」を再構築し、公共サービスだけに頼らないまちづくり「シェアリングシティ」の活動が広がっています。
シェアの思想を地域に浸透させることで、住まいやオフィスなどのスペースをはじめ、モノ、スキル、時間、あらゆる価値をコミュニティ内で共有することで、これまで知らない誰かとつながり、信頼を育む。
まちに眠る資産、ヒト、モノといった遊休資産をシェアすることで、観光客の減少、交通手段の不足、子育て、介護などの課題を解決する。こうして公助から共助へ移行し、持続可能なまちづくりを実現するためにシェアの思想が必要とされていると感じます。
原納 昔から言われてきたことですが、人間は、誰しも一人では生きることができない生き物です。
食事をするにしても、交通機関を利用するにしても、服を着たり、仕事をしたりするにしても、すべて他の人の助けがあるから生活ができている。
大人になって自立できたと思っても、高齢になればさらに誰かの助けが必要になります。だから高齢者は自然に共助の姿勢を大切にするようになると思うのですが、ただそれでも、身体が不自由になったり、病気になったりすると、周囲に迷惑をかけたくないと閉じこもりがちになってしまう人も多い。
人が人に気軽に頼れて、助け合いを生み出すまちづくりにおいて、シェアの概念は不可欠だと考えています。
石山 日本にはもともとシェアリングエコノミーに通じる文化が息づいていたと思うんです。例えば昔はよく、お醤油などの調味料が切れたときにご近所同士で貸し借りをしたり、いただきもののおすそ分けをし合ったりする習慣がありました。そんな地域の助け合い、支え合いこそが、シェアリングエコノミーの原点でもあると思います。
原納 私たちもそうしたまちの景色を取り戻したいと考え、活気を失いかけている郊外の住宅地を「再耕」する「リブネスタウンプロジェクト」に取り組んでいます。住む人とともに、まちの個性を耕し、育て、まちに再び賑わいを取り戻そうとするプロジェクトです。
シェアリングエコノミーを活用した事例でいえば、郊外戸建住宅団地の上郷ネオポリス(横浜市栄区)で、パーソナルモビリティ『WHILL Model C』(次世代型電動車椅子)の実証を開始しています。
上郷ネオポリスでは、高齢化に伴い、自宅からバス停やコンビニなどの店舗までといった、公共交通が整備されていない「ラストワンマイル」の移動が課題となっていました。そこで横浜市とともに、シェアリングモビリティにより誰もが自由に移動手段を選択できるまちづくりを目指し、今回の実証に取り組むことになりました。実証後は、上郷ネオポリスで得られた成果を、同様の課題を抱えている市内郊外住宅地へシェアしていく予定です。
石山 過去に開発したまちを復興し、持続可能なまちづくりを実現しようとするリブネスタウンプロジェクトは、SDGsの目標のひとつ「つくる責任、つかう責任」に通じるところがあると思います。
原納 そうですね。私がリブネスタウンプロジェクトを通して改めて学んだことは、まちづくりの主役は住居や商業施設などではなく、「生活者」だということです。
以前、行政の方から、「御社は活気を失ったまちを再耕するといいますが、再耕できないまちもあるでしょう?」と言われましたが、私は「そんなまちはひとつもありません」と答えました。
どんなまちにも住む人がいる以上、何らかの個性が眠っているはず。これからのデベロッパーには、住む人の声に徹底的に耳を傾け、箱物思想を脱したまちづくりを住む人たちとともに考える姿勢が必要だと思います。
石山 私も日頃、住民起点のまちづくりの必要性を痛感しています。なぜなら都会のように便利なサービスが少ない地域では、自分たちで暮らしを守り、育てていくしかないからです。
マンションや住宅団地の管理だって、管理会社に任せてしまえばラクですが、自分たちで手を動かし育てることで満足感や帰属感、そして人とのつながりが生まれます。
ただそのプロセスはとても大変で、手間がかかるものです。
原納 おっしゃる通りで、私たちのプロジェクトでは「対話」のプロセスを丁寧に繰り返すことで、住民の自主性を促すことを意識しました。
例えば今、かつて当社が開発した住宅団地のなかに、障がいの有無に関係なく幅広い世代が楽しめるインクルーシブパーク(公園)をつくろうというアイデアがあり、子どもから高齢者まで幅広く意見を聞いています。
時間に余裕がある高齢の方々の声は集めやすいけれど、それに甘えてはいけなくて、若い世代をはじめあらゆる世代から多様な視点を取り入れることが持続可能なまちづくりには必要です。
だから若者から高齢者まであらゆる世代の住人同士の対話が生まれる場を設けることで、住民起点のアイデアが生まれたり、信頼が育まれたりする場づくりを大切にしました。
石山 信頼関係は、対話の積み重ねによって生まれるもの。だから信頼を育むためには、対話を諦めない姿勢が必要になります。対話を諦めてしまえば、そこに信頼が育まれることはありません。
「つながり」や「信頼」をテクノロジーで数値化することは難しい。だから最終的には自分の「主観」で判断して、人を信頼するしかありません。
その判断をするためにも、まずは対話をする場の設計が必要になりますが、それをアテンドする役割は非常に重要だと思います。実際にどのようにあらゆる世代の住民とコミュニケーションを取っているのでしょうか。
原納 私たちが大切にしているのが、「まち歩き」です。まずはまちを歩いて、住人と目線を揃えようとする。
するとその過程で、自然と住民との対話が生まれるんです。散歩しているお年寄りの方や、遊んでいる子どもたち、それを見守る子育て世代の人たち、登下校中の中高生など、生活者の生の声を拾い集めることができます。
また場づくりという観点では、住民同士が気軽に立ち寄り、対話のきっかけを生み出すためにも、当社が過去に施工した戸建住宅を改装し、コミュニティスペースをつくりました。
ほかにも独自に研究開発した技術を用いたミニ胡蝶蘭COCOLAN(ココラン)を栽培する施設を地域につくることで、ココランハウスで働く住民や、施設を訪れる人々との交流の拠点としても活用していただいています。
石山 誰かとつながりたいという思いはあっても、勇気が出なくて行動できない人は多い。だから人と人の会話が自然に生まれる場や、シェアが生まれる拠点づくりは、地域コミュニティづくりにおいてとても大切だと思います。
人が減り、高齢化が進んでいるからといってやみくもに移住者と企業を呼び込むだけでは、全国で同じようなまちと風景ができるだけ。だからこそまちの個性を大切にしながら、住民起点のまちづくりを推進する大和ハウス工業さんの取り組みに、これからも期待しています。
原納 企業が主導して次々と同じようなまちをつくっても、それはコピーにしかなりません。まちづくりの主役はあくまで「住民」です。箱物思想でタワーマンションや商業施設などを開発し、まちの個性を潰すようなまちづくりだけはしてはいけない。
だからこそ私たちのような一定のプラットフォームを持ったまちづくりのプロである企業と、そこで暮らす人たちがリアルで交わることで化学反応を生み出し、まちの個性を掘り起こすプロセスが大切だと思います。
そして将来的には、住民とともにまちの個性を再耕し、生きる感動を育むリブネスタウンプロジェクトのノウハウをOSのような形で全国にシェアしていきたい。まちに住む人がいる以上、住民との対話を諦めず、声を拾い上げるプロセスを徹底すれば、再耕できないまちはないと私は信じています。
日本は少子高齢化が世界で最も早く進行している国ではありますが、いずれ世界中で同じ運命をたどる国が出てきます。住まいというインフラだけでなく、まちづくりのしくみを世界にシェアできるようなプロジェクトに発展させることが私の夢です。
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