「住宅営業、
人生の喜びをともに」

初めての契約を逃し、迷い、悩み続けた新人時代。その試練をチームの支えで乗り越え、
トップ住宅営業になるまでの成長の軌跡を追う。
大和ハウス工業株式会社 中国支社 広島住宅事業部 営業課 藤村 百夏 大和ハウス工業株式会社 中国支社 広島住宅事業部 営業課 藤村 百夏

大和ハウス工業株式会社 中国支社 広島住宅事業部 営業課

藤村 百夏【MOMOKA FUJIMURA】

2020年4月:大和ハウス工業に入社、広島支社(当時)に配属

2020年10月:牛田住宅情報スクエア[アスタ]展示場に配属

2021年10月:吉島展示場に配属

2025年8月:社内表彰制度「Daiwa House Award」年間優秀社員社長賞を受賞

Daiwa House Award表彰式で代表取締役社長 大友より表彰Daiwa House Award表彰式で代表取締役社長 大友より表彰
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相手軸で周りの人を思いやる

Spirit of Hearts

「会社を辞めよう。もう無理。私には、この仕事は務まらない」。

住宅営業として新卒入社した1年目。ようやく取れた初契約はキャンセルに。それから一つも契約が取れず、自己否定でどん底に沈み、体調を崩した入社2年目。「辞めよう」とばかり考えていたあの頃、まさかこんな日が来るとは想像もできなかった。

入社6年目の藤村は、帝国ホテル 東京で開催された表彰式で大きな拍手に包まれていた。大和ハウスグループの社内表彰制度「Daiwa House Award」で「優秀社員社長賞」を受賞。住宅営業部門にはおよそ1,000名超が在籍しているが、その中で年間の棟数・利益トップを獲得しての受賞だった。

推薦者の事業部長は「藤村さんは営業成績がずば抜けている。住宅営業の契約目標は月に1棟。彼女は若手ながら1年間で12棟契約して目標を達成し、内訳も注文住宅からセミオーダー住宅・規格住宅まで幅広くバランスが取れていた。この成果は、お客さまの立場〜相手軸〜で考え、提案してきたからこそ。そうした視点は経験だけで身につくものではなく、これまでの人生で積み上げてきたものの表れだろう」と語る。

その推測どおり、藤村は子どもの頃から、自分よりも周りの人を思いやる“相手軸”で動いてきた。

小学1年生で男子に交じって始めたソフトボールでは、勧められてピッチャーに。チーム監督の父は「ピッチャーが崩れたら試合が終わる。責任を持て」と厳しかった。土日は試合、平日の放課後も公園で一人黙々と自主練習。市の女子代表に選ばれ、強豪チームのキャプテン、4番、エースとして戦った。

中学校のテニス部も高校のソフトボール部もキャプテン。クラスの学級副委員長や生徒会役員も、どれも周りから「やってみたら?」と勧められて引き受けた。

本人は「本当の私は、根暗でネガティブ。『できません、すみません、ご迷惑をおかけしています』と、ずっと思っています」と言う。それでも「期待に応えられないことのほうが苦しい。やるからには、ちゃんとやりたい」と走り続けてきた。その結果、仲の良い友だちからの藤村評は「責任感やばい(笑)」。

大学ではフットサル部に所属する傍ら、大手コーヒーチェーン店のアルバイトに励み、バイトリーダーも任された。「察して応える」姿勢を心がけ、お客さまの顔や好みを記憶し、スタッフの年齢や性格に応じて教え方を変えた。

接客や営業に向いているかもと、就職活動は営業職に絞った。「一般の人が購入する商品の中では、住宅が最も高額だから」とやりがいを求め、大和ハウス工業に入社した。

スポーツは練習をすれば成果が出た。「仕事も頑張っていれば、いつか契約が取れる!」と信じていた。

お客さまを迎える吉島展示場(広島市)

お客さまを迎える吉島展示場(広島市)

来場されたお客さまと打ち合わせ

来場されたお客さまと打ち合わせ

小学生の女子選抜チームで活躍

小学生の女子選抜チームで活躍

吉島展示場のチームメンバーとミーティング吉島展示場のチームメンバーとミーティング
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チーム営業で力を引き出す

Spirit of Hearts

入社後の配属先は、分譲住宅の販売部署。チラシを配り、分譲地に来場された方を接客した。1年目の秋、お客さまから初めての契約をいただいた。うれしかった。ようやく一歩を踏み出せた。

ところが後日、電話が入った。「希望していたエリアにマンションが建つので、今日、見に行ってきました。大和ハウスとの契約はキャンセルするかもしれません」。

悔しさよりも、自分の不甲斐なさが悲しく、辛かった。上司に頼りきりで、信頼される担当者になりきれていなかったのだ。それでも「お子さんは春から小学生。住宅の建設を待つより、入学前に住みたい場所で暮らせるほうがいい。幸せになってほしい」と心から願った。

だがその後、自己否定のループに陥る。接客しても「私でなければ次のアポや契約が取れたかもしれない」「私が至らないからだ」と自分を責め、体調まで崩した。上司は「辞める選択もあるけれど、少し休む?」と気遣ってくれたが、一度離れたら戻れない気がした。辞める前に「せめて1棟、お客さまとの出会いからお引き渡しまで見届けたい」と踏みとどまった。

転機は、住宅展示場への異動だった。展示場の店長 初瀬は、人や仕事に対する視野が広く、何事にも全力を注ぐ。そして決して怒らない人だった。自分の若い頃の経験から「怒られることに意味はない」と、部下の自主性を尊重し見守る。そんな優れたリーダーに巡り合い、藤村は少しずつ自分を取り戻していった。

社内で「チーム営業」の取り組みが始まったのも幸いした。お客さま専属の営業担当者を、複数のメンバーが連携してチームで支える体制だ。若手は、店長や先輩の打ち合わせに同席し、その後、自分で接客を担当して、良かった点や改善点のフィードバックを受ける。

店長は「お客さまのためになる話、来て良かったと思っていただける話をしなさい」と教えた。大和ハウスの良いところだけでなく、他社と比べると一見、見劣りする点も正直に。その上で災害への備えや将来の維持費など、建てた後まで視野に入れていることを話すと、「確かにそこまで考えていなかった」とお客さまが気付くことも多い。

藤村は自ら打ち合わせを主導し、契約まで責任を持つ「営業の楽しさ」を知った。歯車が一気にかみ合い、成果が実を結んでいった。そうして今ではチームを牽引する存在へと成長した。

店長を補佐するNo.2の人財に成長

店長を補佐するNo.2の人財に成長

後輩の相談に乗り、逆に学ぶことも多い

後輩の相談に乗り、逆に学ぶことも多い

気さくな役員と和やかに談笑

気さくな役員と和やかに談笑

オーナーさまと思い出話に花が咲くオーナーさまと思い出話に花が咲く
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寄り添って考え続ける

Spirit of Hearts

初めての受注は入社2年目の終わりごろ。鉄工所に勤めるお客さまだった。鉄骨の仕上げから溶接方法まで専門的な質問が相次ぎ、藤村は社内の総合技術研究所に確認しては回答。その誠実さが初受注につながった。

しかし、契約後のほうが大変だと思い知る。詳細な打ち合わせや銀行など関係各所とのやりとりに追われた。次の受注も重なり、気付けば「辞めたい」という気持ちは遠ざかっていた。

3年目には接客スタイルを確立。ご質問にも即応できるようになり、次回の打ち合わせにつながる確率は7割ほどに。5年目には入居までのスケジュールを初回から共有し、ご希望に合わせた家づくりを進行できるようになった。次回アポ率は9割を超え、受注棟数も3年目から倍増した。

最近お引き渡ししたオーナーさま宅では、思い出話に花が咲いた。

オーナーさまは、いろんな会社に問い合わせをされた後、1社に決定。その際、大和ハウスにお断りの電話をくださった。「その時に出られた藤村さんが『わかりました!全然構いませんよ』って、断るのが申し訳ないくらい感じが良かったんです」。

その後、他社との打ち合わせが思うように進まず、改めて大和ハウスへ。「電話口で藤村さんに『前にお断りの電話に出られた方ですよね?』と尋ねたら、『そうです!』と藤村さんも覚えてくださっていて、すぐに展示場でお会いしました」。

藤村に会って感じたのは、嘘がなく、提案が的確で、寄り添って一緒に考えてくれる姿勢、そして人柄の良さだった。「藤村さんだから、家を買いたいと思ったんです」。

ご迷惑をおかけしたこともあった。エアコンはオーナーさまが後付けする予定だったため、壁に配管穴がない状態でお引き渡ししたのだが、その説明が不足していたのだ。オーナーさまから問い合わせを受けた藤村は、耐震柱の位置を示した手描きの図面を用意。穴を開ける施工業者が驚くほどの丁寧な資料でご不安を解消し、大和ハウスの技術担当者も立ち会うなど手厚い対応を見せた。

藤村と、設計やインテリア、工事担当者の連携も円滑で、後輩営業からも「藤村さんは、わからないことがあれば何度でも丁寧に教えてくれる。すごく尊敬しています」との声も聞いたそう。

「打ち合わせの楽しい雰囲気をつくっているのは、藤村さんの人柄でしょう。今日も、久々に会った親戚みたい(笑)」とオーナーさま。社内外から寄せられる信頼が、藤村を今日の姿へと導いていた。

空き時間にお子さまとゲーム

空き時間にお子さまとゲーム

オーナーさまの想いを形にした家

オーナーさまの想いを形にした家

どんなに忙しくても笑顔を絶やさないどんなに忙しくても笑顔を絶やさない
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人生を楽しむ人でありたい

Spirit of Hearts

葛藤を越えてきた日々は、Daiwa House Award受賞という形で結実した。だが、知らせを聞いた瞬間から、「私でいいのか」と思い続けている。評価はうれしい。けれど、私はまだ期待に見合っていない。もっと努力しなければ。

住宅営業の面白さも見えてきた。それは、お客さまと「喜び」を共有できること。お客さまと出会い、家をつくり、暮らしを見守る。人生の喜びの瞬間に立ち会えることが、この仕事の醍醐味。そう思えるほど成長できたのも、周りの支えがあったからだ。

藤村は昔からソフトボールやフットサルなど、団体競技が好きだった。だからこそ「個人戦」だった営業が、チーム営業で「団体戦」に変わった時、潜在能力が目を覚ましたのだろう。「自分のためには頑張れない。人のために動くのが好きなんです」。

受賞スピーチでも決意を語った。「大和ハウスという背番号を背負っている以上、お客さまには『大和ハウスで建てて良かった』、仕事で関わる人には『大和ハウスと仕事ができて良かった』と思ってもらえるよう、準備には絶対に手を抜きません」。

鬼監督から今では最大の理解者となった父も、藤村の背筋を正す。「お客さまには誠実であれ」「うまくいっている時ほど、周りに支えられていることを忘れるな」。一方で「もう、そんなに頑張らんでいいよ」と体調を心配する。

大丈夫、プライベートもしっかり楽しんでいる。会社の人とはバーベキューや野球観戦。家では料理や数独パズルで頭を“無”にして気分転換。一緒に遊ぶ友人から「昔と変わらず明るいね」と言われることも、今の自分を確かめる大切なバロメーターだ。険しい顔をして「忙しい」が口癖の人にはなりたくない。遊ぶために、仕事を頑張る私でいたいのだ。

未来を思うと、女性営業としての不安もある。出産や育児など変化の多いライフステージをどう乗り越えるか。最善を尽くせない状態でお客さまと向き合うのは失礼だと考えるからこそ、自分がどこまで続けられるのか、まだ先は見えない。

それでも藤村は「働くことこそ最大の喜びである」と考える。大和ハウス工業創業者のその言葉に自分を重ねる。悩みも失敗も、仕事があるからこそ経験できた。自信を失い、思うように働けなかった頃よりも、今が幸せだと胸を張れる。

その想いを後押しするように、Daiwa House Awardの表彰状に店長 初瀬からのメッセージが記されていた。

「入社2年目から一緒に仕事をしていますが、決して楽ではなかったよな。それだけに今までの努力がこうして形になったことが、本当にうれしいです。今回の受賞はまだ通過点。これからもその勢いで挑んでください。そして、無限に広がった選択肢で、この先の人生を楽しんでください」。

住宅営業は、人生の「喜び」を届ける仕事だ。自分の人生を楽しめない人間に、豊かな暮らしを語ることはできない。人生を楽しむことで芽生えた力が、再び仕事に注がれ、誰かの暮らしをつくっていく。そこで生まれた「喜び」がまた、藤村を突き動かすのだ。

Daiwa House Award表彰式

Daiwa House Award表彰式

店長からの祝辞が記された表彰状

店長からの祝辞が記された表彰状

吉島展示場の大切な仲間たち

吉島展示場の大切な仲間たち

※掲載の情報は2025年9月時点のものです。

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