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連載:5分でわかる!サステナブルニュース 気になる疑問、調べてみた 10日間の絶景の裏に、350日の手入れがある。1300年の吉野の桜の営みを支える人と企業

連載:5分でわかる!サステナブルニュース

10日間の絶景の裏に、350日の手入れがある。1300年の吉野の桜の営みを支える人と企業

2026.4.9

    美しく咲き誇り、刹那に散る桜。その見頃は10日ほど。しかし、その一瞬の輝きの裏には、桜が咲かない350日以上にわたる人々の知られざる物語があることをご存知でしょうか。私たち日本人が当たり前だと思っているその風景は、決して自然に生まれるものではありません。

    約1300年の歴史を持つ桜の名所、奈良県・吉野山も例外ではありませんでした。古くは飛鳥時代に歴史を遡る吉野の桜は、数多くの危機を乗り越えて、今年も山を彩ります。

    ですが、再び今、大きな危機に直面しています。このままだと、吉野の春の風景がなくなるかもしれない——。そうした危機を前に、大和ハウスグループは奈良県吉野郡川上村出身である創業者が愛した景色を未来につなげるべく、地元の保全団体、「桜守」たちとともに保全活動に取り組んでいます。

    危機に立ち向かう人々の物語を、三者のお話から読み解いていきます。

    2万本の桜を、どう守っているのか

    奈良県・吉野山。春、4月になると山全体が桜に包まれます。私たちが都市部で目にするソメイヨシノとは異なり、ここで咲くのは「シロヤマザクラ」を中心とした日本古来からある野生種の山桜です。花と葉が同時に芽吹き、一本一本異なる色合いで咲くその姿は、山肌を淡く霞ませるような独特の景観を生み出します。

    なかでも「一目千本」と呼ばれる、一目で1000本もの桜が見渡せるほど、ぎっしりと咲き誇る中腹の斜面では、さまざまな色合いの山桜が折り重なるように咲き、吉野を象徴する風景を織りなします。国宝・金峯山寺本堂蔵王堂の周辺を中心に、約50ヘクタールの山に広がる桜はおよそ3万本にものぼります。

    そのすぐそばに、全体の約3分の2、約2万本の桜を守るための公益財団法人「吉野山保勝会」の事務所はあります。入口には鉢植えの苗木が並び、それぞれに名前が書かれていました。

    2月に種を植えたら4月中旬頃には芽が出てくると言います。5年もすれば、背丈は3〜4mほどに。

    「これはボランティアで参加していただいた当社グループの社員や関係者の方々が植えたものなんです。これから数年かけて大きくなるのを皆で見守ります」。

    そう説明してくれたのは、大和ハウス工業本社経営戦略部サステナビリティ統括部価値共創グループ上席主任の安田健一さんです。

    大和ハウスグループは2010年から、年に6回の桜の保全活動を続けています。グループ社員やその家族、OBまでが参加し、開催数はこれまで約90回、参加人数は延べ約2000人にのぼります。活動は桜の実拾い、実から種を取り出して乾かす作業、苗木の育成、育てた苗木の植林、周囲の草を刈るなどといった、桜の成長サイクルそのものを体感するものです。

    大和ハウス工業の安田健一さん。

    「自分たちの作業が役に立ったという達成感があるんですよ」と安田さんは明かします。他にも、「普段の業務では出会わない他部署の人とつながりができる」「日頃はデスクワークなので気分転換になる」といった、副次的な効果も生まれています。なかには活動に魅了され、「次の日程を早く教えてほしい」と連絡をくれる積極的な参加者もいるほどです。

    吉野山保勝会の車田修平理事長は「地元は少子高齢化で若い人が減っています。1回の活動に30人ほどが来てくれるのですが、本当に助かっています」と、その意義を語ります。そして、大和ハウスグループとの協業によって「徐々にですが、着実に吉野の桜の咲きぶりは良くなっている」と断言します。

    しかし、こうした取り組みが始まる以前、吉野の桜はある危機に直面していました。

    第一の危機「担い手不足」という静かなる衰退

    2008年以前、吉野の桜は「勢いがない」状態だったと車田さんは振り返ります。枝先が伸びず葉の数が少なかったり、コケが枝先を覆い、桜の成長を妨げていました。その大きな原因は、人——地元の高齢化と後継者不足です。

    「以前、桜守は2人しかいませんでした。それに高齢化で体力のいる作業はできなくなるし、桜の管理は山の中に分け入っていくため危険が伴うからね……」(車田さん)

    吉野山保勝会の車田修平理事長。

    山の仕事の過酷さと予算不足も追い打ちをかけ、担い手不足に拍車をかけていました。

    こうした状況を受けて、支援に乗り出したのが大和ハウス工業でした。創業者の石橋信夫ゆかりの地であるご縁から、桜の保全活動に賛同し、支援が始まりました。年間数百万円の寄付に加え、専門家を召集し、保全活動の方向性決めなどに取り組みます。そして先述した累計約2000人にのぼるボランティアスタッフを送り込むことで、長年の課題だった人材不足が解消に向かい始めました。

    こうした協業は、新たな担い手も生み出しています。2014年から「桜守」を務める伊藤将司さんは、吉野生まれの吉野育ち。もともと運送業に従事していましたが、「仕事を変えるなら地元で何かできたら」と考えていた時に声がかかり、桜守になることを決意しました。

    桜守の伊藤将司さん。

    「桜守の基本は、桜を日常的に見ること。"見る"と言ってもやることはさまざまです。2万本ともいわれる桜を1本1本目で見て、葉のつきや枝の状態、病気や虫の有無を確認します」(伊藤さん)

    その上で必要があれば、「草刈り、伐採、植樹、土壌改善、苗木の育成」などを行います。特に広大な山の草刈りは景観維持だけでなく、草が多いとゴミのポイ捨ても増えるため重要な作業です。

    「基本的に、切るのは枯れた桜か倒れた桜ですが、急斜面での作業は常に危険と隣り合わせ。そのため、必ず桜守3人が1組となって山に入ります」(伊藤さん)

    吉野の桜の歴史は、約1300年前に修験道の開祖・役行者が、山桜の木で蔵王権現を刻んだという伝説に始まります。以来、桜は信仰の対象となり、地元では「桜の枝を一枝切ったら、指を一本切られる」という言い伝えが、今なお残るほど大切にされてきました。

    私たちが都市部で目にするソメイヨシノは、一本の原木から作られたクローンであり、一斉に咲き誇ります。一方、吉野の桜の多くは山桜の野生種です。種から育つため、DNAが一本一本違うのです。そのため、葉の色も花の色も、開花のタイミングも微妙に異なり、その多様性が固まりで大きく見た時に、華やかでモザイク模様のように見える絶景を織りなします。

    しかし、こうした山桜の森を守ることは決して容易ではありません。

    「桜の世話をしなくなると? 桜は残りつつも、吉野の山ではない"ただの山"になってしまうと思います」(伊藤さん)

    第二の危機「新たな脅威」とは?

    危機を脱したかに見えた吉野の桜を、新たな脅威が襲っています。外来種「クビアカツヤカミキリ」です。

    中国や東南アジアを原産とするカミキリムシ科の一種で、日本では2018年から特定外来生物に指定されています。幼虫の時期から木の内部を食い荒らし、「何もしなかったら5、6年で枯れてしまいます」と伊藤さんは警鐘を鳴らします。

    2025年10月に吉野山でもクビアカツヤカミキリが見つかりました。対策は一本一本の木にドリルで幹に穴を開け、薬剤を注入するしかありませんが、その費用と労力は計り知れません。

    「1本の桜の木に、薬剤が30本以上必要になることもあります。薬剤の値段も1本1000円以上と考えると、相当な負担になります」(伊藤さん)

    さらに、かつては毎年実っていた桜の種が2年に1回しか採れなくなったことも問題視されています。

    「これまでは赤い実がなって、そこから良質な種がたくさん取れましたが、最近は緑の堅い実しか取れません。それが温暖化のせいなのかまでは特定できていませんが、桜の世代交代が危ぶまれています」(伊藤さん)

    桜文化を、未来へつなげるために

    吉野の桜は14世紀の南北朝の動乱で山ごと焼かれるなど、幾度もの危機を乗り越えてきました。車田理事長は「この後も100年、200年、300年と続けていかないといけない」と語ります。

    「桜は人が手を入れないと、この景観は守れないんです」と、大和ハウス工業の安田さんも静かに続けます。吉野の桜を守る活動は、単なる環境保全ではありません。それは、日本の文化そのものを未来へ継承する営みといってもいいかもしれません。

    「私は桜とともに生まれ育ちました。お花見シーズンの特別なものというより、日常にある当たり前のものという感覚なんです。日常や日本の文化を守るためにも、これからも桜守としてこの山に関わっていきたいです」(伊藤さん)

    幾多の危機を乗り越え、1300年の歴史を紡いできた吉野の桜。次の1300年を支えるのは、今この山に立つ人たちです。

    取材の終わり際、思わず「吉野は日本屈指の景勝地ですもんね」と漏らすと、車田理事長は少し笑って、こう返しました。

    「日本一、や」

    1300年にわたって受け継がれてきた吉野山の桜は、今また新たな試練のときを迎えています。外来種クビアカツヤカミキリへの対策は、「信仰の桜」と、霊峰・吉野の心を未来へつなぐための重要な取り組みです。
    日本一とも称されるこの景観を守るべく、吉野町としても、環境省や奈良県と連携し、官民一体となって、より多くの方々の参画を得ながら保全を進めていくことが不可欠だと考えています。
    吉野山保勝会とともに、長年にわたり桜の保全活動に取り組んでくださっている大和ハウスグループの皆さまには、深く感謝しています。創業者である石橋信夫氏の志に象徴される、ふるさと吉野の桜への思いをしっかりと受け継ぎ、今を生きる私たちの手で、この景観を守り続けてまいります。

    吉野町長 中井章太

    未来の景色を、ともに

    大和ハウスグループも「生きる歓びを、分かち合える世界」の実現に向け、様々な取り組みを進めていきます。

    大和ハウス工業と公益財団法人吉野山保勝会の協業の物語をさらに詳しく知りたい方は、こちらからご覧ください。

    1000年以上守り続けた景色を未来へ

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