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特集:この10年は振り返らなくていい 映画監督 安藤桃子さん

特集

この10年は振り返らなくていい。安藤桃子さんが高知で見つけた「自然か、自然じゃないか」という世界の見方

2026.7.31

    映画監督の安藤桃子さんは今、高知県に根を張って活動しています。2014年に移住して以来、ミニシアターを経営し、子どもたちと映画をつくり、地域の人たちと山に入って野草を取り、畑を耕し、味噌づくりをしてきました。東京から移住して12年、安藤さんの人生はこの土地と深く結びついています。

    大都市を離れ、高知という場所で暮らす中で、安藤さんの世界の見え方は大きく変わったといいます。「いいか悪いか」ではなく「自然か、自然じゃないか」へ。SDGsは目標ではなく感覚から生まれるもの──。

    東京にいたままでは気づかなかった、新しい世界の見え方とは? 高知の魅力を探りながら、この10年の社会の変化とこれからの10年を、安藤さんとともに考えます。

    高知では「志」に人が集まる

    映画『0.5ミリ』の撮影で高知を訪れた時、わずか3秒で移住を決めたという安藤さん。直感的にこの地に惹かれた理由について、移住から12年近くが経った今、答え合わせができてきていると話します。

    「高知には原生の自然が残っています。まちから山が近いという地形も相まって、自然から学ぶというか、私たち自身が自然そのものだとわかってくるというか......、『魂の故郷』という感覚があるんです。そして、今の社会が忘れてしまったものが残っている。土佐の地にあることがひな形になって、それをみんなが真似して、いろんなことが実現できるはずだと思いました」。

    「ロマンチックに言ったら『夢を叶えられる場所だ!』って思ったんですよね」(安藤さん)

    その言葉どおり、安藤さんは自らのやりたいことを次々と実現していきます。ビルの建て直しに際し、期間限定でミニシアター「キネマミュージアム(旧:キネマM)」を立ち上げた時は、ビルのオーナーとの電話からわずか2ヵ月半という早さでかたちになりました。

    最初は期間限定でしたが、閉館時に惜しむ声が集まり完全常設として2023年にグランドオープンしました。
    写真提供:キネマ ミュージアム

    ほかにも、NPO法人「地球のこども」の理事を務め、地域を題材にした子どもたちとの映画づくりワークショップ「地球のこどもビジョン」や映画鑑賞教育プログラム「キネマスペースギャザリング」を展開。さらに食育、農業、自然体験などを通じて、子どもたちの豊かな未来を育むために幅広く活動しています。

    写真提供:NPO地球のこども

    なぜ、こんなふうに夢が実現していくのでしょうか。安藤さんは「高知では、ビジョンを描くと共感した人たちがその『志』に集まってくる」と言います。

    「高知の人はすぐに『何がやりたい?』『どうしたいが?』って聞くんです。常にゴールを先に置く。それが見えないとどうにもできないから、まずビジョンを共有してくれって。キネマミュージアムをつくった時もそうでした。そこが共有できれば、ものすごい早さで具現化していく」。

    高知の山で採取した30種類の野草を使用したクラフトコーラ。今回取材場所としてお借りした市内のレストラン「ボルベール」の皆さんと一緒に、安藤さんも開発に携わっています。

    安藤さんがある企業と話をしていた時、「それならB社に相談したほうがいい」と競合他社を紹介されたこともあったそうです。

    「ビジョンに共感したのであって、そのビジョンを実現するのによりよい相手がいるのであれば、誰とやってもかまわんと当たり前に思っているんです。だから東京では10年かかるプロジェクトが半分の5年、5年かかるプロジェクトだったら2〜3年でできてしまう」。

    高知を代表する偉人、坂本龍馬の志が人を動かし日本全土に広がっていったように、安藤さん自身もさまざまな活動に多くの人を巻き込みながら動いています。「高知には"志"と、"自分もみんなも嬉しい"が根付いているから、共感すると大家族みたいになっていく」と続けます。

    「高知には相席文化や大皿にさまざまな料理を盛り付け、みんなで食べる『皿鉢(さわち)料理』など、分かち合いの文化があります。自分だけが嬉しいとか、反対に周りだけが嬉しいっていうのは、どこかでしわ寄せが生まれて苦しくなっちゃう。そうじゃなくて、『自分も嬉しいし、みんなも嬉しい、お互い様ということが本来の姿なんだ』ということを、高知に教えてもらいました」。

    自分にとって「自然か、自然じゃないか」

    安藤さんはもう一つ、高知に来て大きく意識が変わったことがあります。

    「いいか悪いかで物事を判断しなくなりました。これはいいものだねって言った瞬間、悪いものがあるという前提が生まれて、意識が二元化してしまう。でもそれは、自分に対しても刃を向けているのと同じな気がして。今日はこれができなかった、あれがよくなかったと思ってしまうし、できたらできたで、次はできないかもしれないと不安になる。これだとストレスを感じるし、疲れちゃう。今は、自分にとって『自然かどうか』を確認するようになりました」。

    "ジャッジ"するのをやめ、判断軸を"自然か、自然じゃないか"に──。

    「自然か、そうじゃないかって、山の天気のように刻一刻と変わっていくんですよ。必ずしも『冷たい飲み物は体に良くないから飲まない』とかではなく、今の自分にとって、それがすごく心地よく感じる時だってある。日本には四季がありますが、夏が良くて冬が悪いなんてことない。晴れが良くて雨が悪いとかもない。それと一緒です」。

    その判断軸で世界を見ると、サステナビリティという言葉やSDGsという枠組みにも違和感が湧いてきます。

    「屁理屈に聞こえるかもしれませんが、『持続可能な世界へ』って言われた時、世界は持続可能だと思いますか? 『持続可能な世界へ』って、持続可能な世界じゃないというイメージを元に発せられている」。

    今が持続可能な世界ではないと感じているからこそ、達成すべき目標が生まれ、「できた」「できなかった」の評価がされる。そのことに気がつくと、何が欠けているのかが朧げながら見えてきます。

    「SDGsという"ルール"や"タスク"にしてしまうと、いい、悪いという二元論になり、できてないことに落ち込んでしまうこともある。二元論は、私たちに観察する力を与えてくれますが、一人ひとりが『やらないといけない』荷物をたくさん背負って生きると、気持ちが重くなっちゃう。でも本来目指しているのは自然の循環。それは『嬉しい! 幸せ! おいしい!』という喜びの感覚のなかから自然と芽生えてくるものだと思うんです」。

    SDGsやサステナブルの10年は、振り返らなくていい

    安藤さんは、サステナブルな社会を実現するために必要なのは、まず「こんな世界で生きたい」という未来を思い描くことだと話します。

    「すごくシンプルに言ったら、相手を温かく思いやる心があれば、その相手が目の前にいる人でも、地球という一つのいのちでも変わらない。みんなつながっているのだから、難しく考えず、まずそんなユートピアを思い描くことが大切なんじゃないかなと思うんです」。

    その考え方は、安藤さんが映画制作を続ける理由にもつながっています。映画には、まだ存在しない未来を描き、人々の想像力を動かす力があると言います。

    「映画はそういうメディアなんです。ユートピアをかたちにできる。想像を創造できるんです」。

    だからこそ、安藤さんは「この10年をどう評価するか」よりも、「これからどんな10年をつくりたいのか」に目を向けたいと考えています。

    「過去からの積み重ねや経験値は大事です。でも経験値って、一つひとつ振り返らなくても必ず身に付いていて、必要な時には出てくるもの。後ろを振り返って歩いていたら、何も新しいことは生まれない。未来を発想して、それを手繰り寄せていく。だから、今回のテーマは『サステナブルの10年』ということですけど、過去の10年は振り返らないでいいんじゃないでしょうか(笑)」。

    本気で実現したい世界を描き続けることが、その未来を少しずつ現実へと近づけていく──。サステナブルとは、前向きな想像力の積み重ねなのかもしれません。

    「すべてのイノチにやさしい」が、サステナブルな世界

    過去よりも未来を。目に見えるものだけではなく自分の中にある感覚を大切に。そうすれば自然といい未来はやってくる。では、安藤さんが描いている"未来"はなんでしょうか。

    「高知に教えてもらい、高知から湧き出たテーマが『すべてのイノチにやさしい(happiness for all living beings)』です。これは、今関わっているすべての活動に通底するテーマです。畑をしたり、毎年味噌を仕込んだり、食を通じて微生物も含めたくさんの命に触れさせていただいたことで『あらゆる命に優しい世界ってなんだろう』と考えるようになりました。これこそが、サステナブルということだと思っているんです」。

    すべての命が生きやすく、心地いい世界。そんな世界が実現する日はくるのでしょうか。安藤さんは、今まさに価値観の転換期にあると考えています。

    「転換期にはどうしても相反するように感じられることや、モヤモヤすることがいっぱい起きます。いろいろな国があるし、いろいろなリーダーがいます。でも、誰か一人が先頭に立って引っ張っていく時代のあり方から、自他一体で、みんながどう感じているかをベースにした集合的な感性で動く時代になっていく。まさに高知がそうであるように。10年後にはそんな世界がだいぶ完成している気がします」。

    PROFILE

    安藤桃子

    安藤桃子Momoko Ando

    1982年東京都生まれ。高校時代よりイギリスに留学し、ロンドン大学芸術学部を卒業。その後ニューヨークで映画づくりを学び、2010年『カケラ』で監督・脚本デビュー。14年に自ら書き下ろした長編小説『0.5ミリ』を映画化し、国内外で多数の映画賞を受賞。2014年、高知県に移住。2021年に初のエッセイ集『ぜんぶ愛。』を上梓。2023年「キネマ ミュージアム」を高知市の中心市街地にオープン、代表を務める。2019年からはNPO法人「地球のこども」のメンバーとしても活動している。

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