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Sustainable Journeyは、
2024年3月にリニューアルしました。
連載:未来の旅人
2026.3.26
あなたは今朝、何を食べましたか? 新鮮な卵? ソーセージ? それともベーコンでしょうか。その一品が、どんな環境で育てられた動物から生まれているのか、考えたことはありますか。
スーパーに行けば、新鮮な肉や卵、牛乳がいつでも手に入るのが当たり前になっています。ただ、その「便利さ」の裏側には、生産効率を優先した過酷な飼育環境や、短期間で体重を増やすための行き過ぎた飼育管理など、家畜に過度の負担を強いる側面がありました。
行き過ぎた"工業的"な畜産のあり方を見直すために、1960年代にヨーロッパで誕生したのが「アニマルウェルフェア(動物福祉)」という概念です。これは、家畜や実験動物、ペットなど、飼育されている動物のストレスを最小限に抑え、行動要求を満たした健康的な生活ができる飼育環境を目指すもの。欧州を中心に、多くの国がアニマルウェルフェアに取り組むようになっています。
一方で日本は、世界基準に遠くおよばない状況です。WAP(世界動物保護協会)の2020年版「動物保護指数(API)レポート」によると、日本の畜産動物福祉の評価は最低ランクのGに位置付けられています(畜産ではない動物はEランク)。
そこで、日本のアニマルウェルフェアについて考える場をつくろうと2025年1月にオープンしたのが、動物福祉モデル鶏舎「Unshelled(アンシェルド)」です。日本におけるアニマルウェルフェアの現状、Unshelledを通じた活動について、東京農工大学農学部生物生産学科の新村毅教授に伺いました。
東京都府中市にある東京農工大学の敷地に、動物福祉モデル鶏舎「Unshelled」はあります。従来の狭くて大量飼育されている鶏舎のイメージと異なり、明るく開放感のある建物が印象的です。
取材時は新しく鶏を搬入したばかり。慣らし期間が終わると、半屋外スペースにも自由に出入りする鶏の姿が見られます。
鶏は室内と半屋外スペースを自由に行き来することができ、建物中央部には研修や講義、打ち合わせが可能な多目的スペース、その奥には左右のガラス越しに飼育風景が見られる見学スペースが用意されています。
鶏はケージフリー(平飼い)を含む4種類の飼育方法で育てられています。新村さんは「飼育方法の違いを知ってもらった上で、できるだけフェアに議論する場をつくりたかった」と話します。
写真上はケージフリー(平飼い)で育てられている鶏たち。写真下はケージフリーで"マンション"のような棚構造で鶏が上下運動できる「多段式エイビアリー」スペースの様子。他に、金属製のケージに複数羽の鶏を収容する「バタリーケージ飼育」。バタリーケージをベースに、鶏が自然な行動を取れるよう止まり木や巣箱・砂浴び場などを設置した「エンリッチドケージ飼育」があります。
そもそも日本では、畜産における「飼育方法」そのものに意識が向きにくく、「アニマルウェルフェア(動物福祉)」という概念もあまり知られていません。いったいどのような考え方なのでしょうか。
「動物を一切食べないヴィーガンと違い、アニマルウェルフェアは動物を食べることを否定しない立場です。ただ、最終的に食べるからといって動物を虐待していいのかというと、そうではないですよね。生きている間は、できるだけ彼らの生活の質を高めましょうというのが基本的な考え方です」。
アニマルウェルフェアの指針として次の「5つの自由」が提唱されています。
動物のQOL(生活の質)やウェルビーイングの実現といってもいいかもしれません。
ケージフリーや放牧は、まさにアニマルウェルフェアに配慮した飼育方法だといえるでしょう。
「国によっては、アニマルウェルフェアを達成しているかしていないかで、畜産物の価格が大きく変わります。つまり、高値をつけられるということです。2005年には国際基準も設けられており、特に輸出が盛んな国は早くからアニマルウェルフェアに取り組んできました。畜産物に関しては、比較的自国で賄えている日本にも、ようやくその波が訪れつつある状況です」。
WAPが出した、2020年版畜産動物福祉評価ランキング。日本が最低ランクの理由としては、「アニマルウェルフェアを考慮した畜産動物に対しての法整備がなされていないことが大きい」そうです。
一方、必ずしも評価の高い国のやり方を全て踏襲できるかというと、そうではないと新村さんは話します。
世界鶏卵機関(WEO)によると、日本は一人あたりの年間鶏卵消費量が2024年時点で約320個という世界第4位の「卵消費大国」であり、その95%以上が国内生産です。卵は、米と並ぶ日本の"日常食"だといえます。
「卵の消費量が多い国とケージ飼育の割合には、明確な相関関係があります。実際、日本の農用地面積の少なさや卵の需要の高さ、加えて生食文化があって衛生的で新鮮な卵が求められていることなどを考慮すると、大量に効率よく卵を生産できるケージ飼育は現時点ではどうしても必要なんです」。
大学生の時、アニマルウェルフェアという概念を知って共感し、鶏の研究に取り組み始めたという新村さん。以前は、先進国に刺激を受けケージフリー飼育への完全転換を模索したこともあると言います。
ところが、日本ではアニマルウェルフェアはほとんど知られておらず、畜産関係の研究は生産性の向上に関するものがほとんど。当初は「こんな研究は役に立たない」と一蹴されたこともありました。
「ヨーロッパではすでにケージフリーが当たり前だったのですが、日本は、狭いケージに鶏を入れる効率優先のケージ飼育がほとんどでした。実社会との乖離が激しすぎて、強い反発を生んだんです。そもそも僕は、動物に還元できる研究をしたいと思って取り組みを始めました。このままでは、研究成果を生産者に使ってもらえない。つまり動物たちに届かないと実感したんです」。
生産性を最低限維持しながら、アニマルウェルフェアを向上させていくためにどうしたら良いのか——。こうした動きを後押しするためにつくられた一つの形が、東京農工大学の敷地に建つUnshelledでした。
「オランダにあるロンディールという鶏舎を参考に建てています。ロンディールのコンセプトは、いろいろな人に見学に来てもらい、オランダのアニマルウェルフェアの方向性を議論する場をつくろうというものでした。僕はそれに感銘を受けて、日本版ロンディールをつくりたいとずっと思っていたんです」。
ロンディールとの出会いから約8年、昨年1月にUnshelledは運用を開始しました。ロンディールとの違いは前出の主要な4種類の飼育方法を同時に見られるようにしたことです。
「アニマルウェルフェアについては、行政、消費者、生産者、食品企業、いろいろな人がいろいろな思いを持っています。ただ、立場によって抱えている課題が違うので、僕も含めて誰一人として明確な方向性がわからないんですね。だからまずは知ってもらい、議論を重ねて方向性を見出していきたい。それと、そもそも鶏がどう飼われているかをみんな知らないんじゃないかな、と。だから自分の目で見て、肌で感じてもらいたかった。議論の場と教育普及の場。Unshelledには、その二つのコンセプトがあります」。
Unshelledにやってくるのは、生産者や食品企業、農林水産省の職員までさまざま。文化祭やオープンデイには一般公開もしていて、子どもたちも大勢見学にやってきます。Unshelledを訪れたことでモチベーションが高まり、前向きにアニマルウェルフェアに取り組むことができるようになったという企業からの報告も受けています。また、予想外の効果もあったと言います。
「窓越しに鶏が自由に動き回っている姿が見えるからなのか、すごくポジティブな議論になるんです。アニマルウェルフェアは非常にセンシティブな問題で、ネガティブな方向に話が進むことも多いのですが、ここでは毎回、明るく前向きな話ばかりになる。すごく不思議です」。
不可視化されていた動物が確かに生きて、私たちの食生活を豊かにしてくれている。Unshelledの見学を通じてそのことが体感できた時、アニマルウェルフェアは一人ひとりの心に響く概念になるのかもしれません。
新村さんは現在、動物との会話を実現する「アニマル・コンピュータ・インタラクション」の研究や、生育環境が雛の健康状態や母鶏が産む卵の栄養価に与える影響などを調査しています。
「AIやIoTを活用して、畜産現場の自動化が実現したら生産コストは下がりますよね。一方で、最近の研究でケージからケージフリーに飼育方法を変えただけで、ビタミンBやDが3、4倍も増え、旨みを強く感じるおいしい卵になることもわかってきました。高付加価値付けと適切なコスト削減の両面から取り組むことで、畜産業界が変わっていくかもしれません」。
「この数年風向きが変わり始め、少なくともアニマルウェルフェアと向き合わなければいけないとみんなが思っていますし、前向きに取り組む人も増えてきました」と新村さんは続けます。
「大規模な食品企業の多くは、ケージフリー飼育をトライアルで始めており、中には使用する卵の何割かをケージフリーにすることを具体的に打ち出した企業もあります。またあるところからは、一般的な卵より価格が高いにも関わらず、ケージフリーの卵はまったく売れ残らない状況だと聞いています。需要はまだまだ伸びると思いますので、それに合わせてケージフリー飼育を少しずつでも増やしていき、供給を最大化することを考えていきたいです」。
アニマルウェルフェアは、畜産業界の構造を根底から変えるテーマです。それがわかっているからこそ、新村さんは焦らずじっくり取り組んでいこうと考えています。
「僕の思いは研究を始めた当初から変わっていなくて、動物の状態を向上させたい。それを実現するためには、みんなが共感できるポイントを見つけていくしかないんですね。例えば、ケージで飼わざるを得ないとしても、エンリッチドケージ飼育のようにアニマルウェルフェアに一定の配慮をした飼い方もある。それだったら取り入れてもいいという生産者がいるかもしれません。だから、動物も企業も生産者も消費者も、みんなにとってより良い形を探っていきたい。それが結局のところ、アニマルウェルフェアを達成するための近道なのだと思っています」。

東京農工大学農学部生物生産学科 教授。麻布大学獣医学部卒業後、同大学院獣医学研究科にて博士号を取得。学生時代より一貫してアニマルウェルフェア、動物行動学の研究を推進。現在は東京農工大学にて、システム行動生物学および動物福祉学を専門分野とする研究グループを主宰。2025年、東京農工大学・府中キャンパスに動物福祉モデル鶏舎「Unshelled(アンシェルド)」を開設した。
大和ハウスグループも「生きる歓びを、分かち合える世界」の実現に向け、様々な取り組みを進めていきます。

Sustainable Journeyは、
2024年3月にリニューアルしました。