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2024年3月にリニューアルしました。
連載:未来の旅人
2025.12.25
いつものように蛇口をひねる。透明な水が勢いよく流れる。
そんな光景を疑ったことなんて、一度もなかったはずです。
でも最近、その"当たり前"に小さな赤信号が灯り始めています——。
「日本の水道事情は今、地獄の入口に立っています」と話すのは、国内外でAIを活用した地下埋設配管の劣化の予測・診断ソリューションを提供しているFracta Japan(フラクタジャパン)株式会社COOの井原正晶さんです。
水道管の耐用年数はおおよそ40年。高度経済成長期からバブル期にかけて一気に整備、拡張された上下水道管が老朽化し、交換のリミットが刻々と近づいています。埼玉県八潮市の道路陥没事故や同県所沢市の水道管漏水事故などは、記憶に新しい方も多いでしょう。いわば、日本の地中には、もうすぐ寿命を迎える水道管という"時限爆弾"が静かに眠っています。
しかし、井原さんの表情にそれほどの悲壮感はありません。いったいなぜなのでしょうか。日本の水インフラの現状と課題、それを解決するフラクタジャパンのサービスとは。
フラクタジャパンが提供する「AI管路劣化診断 AIEyes(アイズ)」は、AIを活用し、水道管などの地下埋設インフラの劣化を予測・診断するサービスです。
「これまでの更新基準は水道管の耐用年数でした。ですが、周辺環境によっては何年経っても使い続けられる管もあるし、逆に耐用年数よりも早く駄目になる管もある。つまり、古さだけを基準にするのでは不十分で、多角的にリスクを把握し、実態に即して更新の優先順位を決める必要があります」。
そもそも地中に埋まっている水道管は、物理的にも予算的にもいちいち掘り起こすわけにいかず、気軽に点検できません。
同サービスでは、水道局が保有する水道管の素材や埋設年などの「管路データ」や漏水履歴、同社が独自で持つ水道管の周辺環境にまつわる「環境データ」をAIに学習させます。水道管の劣化を促進する要素や、漏水しているところ・していないところの特徴を導き出し、漏水の可能性の高い箇所とそうでない箇所を予測・診断していきます。
「管が鋳鉄なのか、硬質塩化ビニルなのか、ポリエチレンなのか。加えて交通荷重や建物密集度、地質・地盤の状態など、周辺環境の掛け合わせによる管への影響まで分析して予測・診断します。劣化のメカニズムってさまざまなんですよ」。
「AIEyes(アイズ)」の画面。濃い赤色がリスクが高い上位3%の部分です。
画像提供:Fracta Japan
そうした結果をもとに長期的なメンテナンス計画を立てれば、交換や点検が必要な箇所にピンポイントでアプローチすることができ、メンテナンスコストの大幅な削減につながります。
「アイズの診断結果を活用すれば合理的に選択と集中ができます。しかもITサービスなので、原価がそれほどかかりません。診断は毎年する必要はなく、5年に一度程度を推奨しています。つまり、得られる費用対効果も非常に高いんです」。
例えば岡山県笠岡市は、アイズを導入したことで年間の更新費用が翌年から1億円もの削減が実現しました。通常だと60年程度で設定されている水道管の耐用年数も、診断結果をもとに、場所によっては100年まで引き上げました。自治体の規模によっては年間10億円近くの削減に成功した事例もあるそうです。
とはいえ、実際に見たわけではない水道管の状況を、AIがそこまで正確に診断できるものなのでしょうか。
「これがめちゃくちゃ正確なんです。現時点でも90%という精度ですが、AIなので今後導入する自治体が増え、学習データがたまればたまるほど、精度はさらに上がります」。
現在は全国で約80の自治体が導入しています(2025年9月末時点)。いちいち掘り起こさなくても、どこの管を交換・メンテナンスするべきかが正確にわかる。ある意味で夢のような技術がすでに実用化されているのです。
フラクタジャパンがこうしたサービスを開発した背景には「インフラの老朽化」という先進国共通の課題がありました。しかし、「これでも日本のインフラはまだ良いほう」なのだと言います。
「世界に先駆けて産業革命が起こり、インフラの拡張時期が早かったイギリスはもっと老朽化が進んでいます。日本の漏水率は平均で10%ですが、イギリスはなんと50%。半分の水が家庭に届く過程で漏れてしまっているんです」。
ただ、このままいけばイギリスと同じ状況になってしまう可能性も。もしそうなった場合、何が起こってしまうのでしょうか。
「おそらく水道が使えない地域が出てくるでしょう。水道は公共事業とはいえ、やはり収益事業です。水道料金収入の中から、日々のメンテナンス費用や職員の給料を出し、きれいな水をつくらなければいけない。となると、管が行き着く先で暮らす人が少なくなれば、投資回収ができないので、当然更新はできません。特に地方都市においては、人口減少や高齢化で水道料金収入自体も減っていきますから」。
すでに宮崎県の山間部では水道管で水を送るのをやめ、タンクを設置して給水車で定期的に運搬するという地域も出てきています。
今後の対策としては、大きく2つだと井原さんは続けます。コンパクトシティや集住のように、インフラの整備を諦め、社会インフラそのものを小さくしていくというやり方が一つ。もう一つはDXを進めて、メンテナンスをとことん効率化し、水道料金も適正化して、インフラそのものの健全性を図って維持していくという方法があります。
「我々がやっていきたいのは後者です」。
水道管同様に、劣化が懸念されるインフラは増えています。2021年には、ガス導管の劣化診断・予測サービスも開始しました。今後は、非常に難易度が高いという下水道管の劣化予測・診断にも取り組んでいきたいと話します。
「水道管は管外面の劣化はあっても、内側は腐りません。常に水道水で満杯で空気に触れることがなく、酸化が起こらないからです。一方の下水道管は、何が流れているかわからない上、節水や人口減少の影響もあって、新設当初の想定よりも流量が少なくなっている。汚物が空気に触れることで、腐食や劣化の速度が早まっているんです」。
下水道管の太さは、周辺の人口や一人当たりの水の使用量を踏まえ設定されています。人口が減り、一人当たりの水の使用量も減ったことで腐食が進む——。八潮市の道路陥没事故は、まさにこうした要因がありました。
「多くの人の意識の向上や企業努力で、トイレのボタンに『ECO(エコ)』が登場しました。ですがインフラ維持の観点では、下水道管にはなるべくたくさんの水を流したほうがいい。意外かもしれませんが、トイレの水も、毎回『大』で流したほうがいいんです」。
今後、同様のことが全国各地の下水道管で起こってしまう前に、フラクタジャパンはAI診断によってリスクを回避する未来をつくろうとしています。
このように不安要素は多々あります。ただ、井原さんは一貫して「まだ大丈夫」とポジティブです。ただし「大丈夫になるためには条件がある」と続けます。
「前提として、使う側の人間がインフラがどういう仕組みで成り立っているのかをちゃんと理解し、その上で適正な料金を支払い、しっかりメンテナンスするように訴えることが大切です。現実を知らないで、『料金が高い』とか消費者としての要望を一方的に叫んでいるだけではどうしようもない。公共インフラについては、住民と自治体がどんどん対話していったほうが健全性が高まるはずです」。
例えば岩手県矢巾町では、住民有志が「矢巾町水道サポーター」として、水道について学びを深め、各種計画について一緒に検討したり、意見を言える仕組みがあるそうです。自分たちが使うものだから、自分たちがちゃんと理解し、意見を言っていくという前提があれば、水道事業も現実的かつ真っ当に運営されるようになります。
「水道事業について正しく理解し、ともに前へ進もうとみんなが考えるようになるのであれば、無駄に不安を煽る必要はないと思っています。フラクタジャパンの創業理念は『テクノロジーは社会益を生み出すために使われるべきである』。技術と理念、自治体や水道局の努力、そしてみなさんの理解と協力があれば、最悪の事態は必ず回避できます。大丈夫、未来は明るいですよ」。

兵庫県伊丹市出身。2010年よりITベンチャーの法人営業、小売チェーン本部のエリアマネージャーをメインにキャリアを積む。株式会社ローソンで最優秀直営店賞を受賞。ソニー生命保険株式会社にて社長賞新人部門を受賞するなどキャリアの中で数多くの賞を受賞。2023年4月、Fracta Japanに入社。西日本エリアマネージャーおよびメディアPR責任者を担当し、10月より現職。
大和ハウスグループも「生きる歓びを、分かち合える世界」の実現に向け、様々な取り組みを進めていきます。

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