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連載:未来の旅人 「情報は答えじゃない」。防災アプリNERVが挑む、次世代公共インフラの形

連載:未来の旅人

「情報は答えじゃない」。防災アプリNERVが挑む、次世代公共インフラの形

2026.1.28

    大きなモニターに映し出された、日本全国の地図。

    その画面をじっと見つめている男性がいます。防災アプリ「特務機関NERV(ネルフ)」(以下、NERV)を手がける、ゲヒルン株式会社の創業者・石森大貴さんです。

    アプリ名の由来は、アニメ『エヴァンゲリオン』シリーズに登場する超法規的組織の名前です。もともとはX(旧Twitter)の1アカウントとして始まった取り組みでしたが、現在では国家や行政とも連携し、誰もが知る「防災インフラ」になりつつあります。

    NERVの強みは、速報性と正確性にあります。そのスピードは「テレビの地震速報よりも早く通知が来る」と言われるほど。しかし、石森さんはこう語ります。

    「情報を、すぐに信じないでほしい」。

    その言葉の裏側には、震災で伯母を亡くした経験と、ある強い信念がありました。

    どこよりも早く情報を届けるNERV

    取材中、偶然にも大画面のモニターに小さな波紋が映し出されました。アップされたのは北海道沖です。

    「震度1か」「津波は大丈夫そう?」 スタッフが口々に、地震の様子を確認します。

    「これが大きな地震になれば、自動でアプリに通知を飛ばします。それも、どの範囲の、どの人に届けるのかを判断しなければならない。そこが一番難しいところです」。

    そう説明しながらも、石森さんの視線はモニターから離れません。今回は幸いにも被害はありませんでしたが、石森さんたちは常に「誰にとって必要な情報なのか」を考え続けています。

    災害情報は、必要な人にできるだけ早くアプリ通知で届けたい。一方で、まったく無関係なエリアの情報が頻繁に届けば、煩わしさからアプリ自体が使われなくなってしまう。NERVはそんなジレンマを抱えながら、「正確性と速報性」を何よりも追求してきました。

    「0.01秒を、どう削っていくか。その積み重ねが、何百万人への通知時間を大きく短縮することになるんです」。

    NERVアプリが正確性を担保しながら、国内最速レベルの通知を実現できる背景には、地震速報の観測元である防災科学技術研究所の強震観測網との連携があります。さらに気象庁が定める公式データ配信網「気象業務支援センター」にも専用回線で直接接続。一般のニュースや民間サービスを経由せず、ほぼ一次情報の段階でデータを受け取っています。

    受信したデータは、独自の処理システムによって瞬時に変換され、ユーザーの地域、緊急度、通信状況に応じて自動的に配信が調整されます。震度が大きい地域から優先的に通知し、震度3以上であれば音を鳴らす、震度1〜2であれば音を鳴らさない。そうした細やかな判定を、わずか数秒で行っています。
    画像提供:ゲヒルン株式会社

    また、NERVアプリが扱うのは、地震だけではありません。津波、噴火、台風、洪水、土砂災害警戒情報など、さまざまな種類の災害情報を統合的に扱っています。

    こうした積み重ねの結果、現在のアプリ総ユーザー数は780万人を超えています(2025年12月時点)。しかし、「一刻も早く情報を届けたい」という強い思いを持ちながらも、石森さんのスタンスは「情報を、すぐに信じないでください」という、意外なものでした。

    画像提供:ゲヒルン株式会社

    NERVアプリを使い始める前の「特記事項」画面には、次のような文言が並びます。

    「本アプリは、アプリを利用する個人に対し安全を保証するものではありません。避難の判断や避難行動は、あくまでも本アプリを利用する個人に委ねられます。(中略)防災情報やハザードマップなどの想定にとらわれることなく、その状況下で最善を尽くしてください」。

    0.01秒を切り詰める防災アプリの開発者がなぜ「情報に依存しないで」と言うのでしょうか。NERVの原点は、2011年3月11日に遡ります。

    実家が被災し、伯母を亡くした。転機となった3.11

    「元々、Twitterの1アカウントとして趣味でやっていたんです。起業したものの、どこかで閉じて、普通に就職するものだろうなと思っていました」。

    そんな時に、東北地方を未曾有の災害が襲いました。宮城県石巻市出身の石森さんは、折しも2011年2月に東京へ引っ越してきたばかり。震災当時、実家には母と妹がいました。

    「揺れの直後は一度だけ家族と連絡が取れましたが、すぐに通信が途絶えてしまいました。報道ではなかなか石巻の情報が得られず、一晩中Twitterにかじり付いていました」。

    東京にいる自分にできることはないか。石森さんはネットや報道で得られた石巻市内の被害状況や避難情報を、Twitterで発信していきました。

    数日後、実家が流失を免れ、母や妹も無事だとわかりましたが、石巻市雄勝町で病院職員として働いていた伯母は、大津波で帰らぬ人となりました。

    「安全地帯」は本当に安全?

    伯母がいた雄勝病院に対して、第一報として発表された大津波警報は「高さ6m」。3階建ての病院屋上に逃げればやり過ごせたはず、でした。しかし、実際に雄勝町を襲った津波は最大16.2m——。雄勝病院は屋上まで津波にのみ込まれ、入院患者40人と、伯母を含む職員24人が犠牲となりました。

    後に宮城県気仙沼市のリアス・アーク美術館で出会った東日本大震災の展示が、石森さんの心に残っています。「私たち現代人は、情報に命を託している。(中略)しかし、あのような大規模災害が発生したなら、情報を待つ前に、想像力を働かせ、自ら行動しなければならない」。常設展示の解説にあったこの一文が、先述のNERVアプリの理念にも反映されています。

    NERVアプリを開くと、最初にこの文言が出てきます。
    画像提供:ゲヒルン株式会社

    「情報って『答え』だと思われがち。何時にどこに行って、このルートで、というような行動指南をしてほしい。行政にもそういう機能は実装できるかと聞かれたこともあります。でも、情報って完全ではないし、間違っていることもある。伝え方によっては命を救うのではなく、マイナスになる場合だってある。情報の役割は、その人の『判断を助ける』ところまでなんです」。

    例えば、津波警報で沖合20cmと出たとしても、受け取る側は「大したことない」と思いがちです。しかし、その20cmは、海岸に到達する頃には「2mの津波」になっていることもあるそうです。

    ともにお話を伺った、専務取締役の糠谷崇志さん。「あえて正確な数値を出さず『沖合で津波を観測』という伝え方にする場合もあります」と話します。

    判断材料は誰よりも早く提供する一方、必ずしも正確な数字や情報が人の命を守るとは限らないというのが、NERVのスタンスです。

    良質な情報が"見えにくく"なっている

    2019年のリリース以降、多くの人に必要とされるようになりつつあったNERVアプリは経営上のジレンマにぶつかりました。それはユーザー数が増えれば増えるほど、アプリの管理費用も増大するという点です。

    「地震が起こるたび、みんながアプリを開けば、運営側にはお金がかかります。必要とされればされるほど、会社の経営は厳しくなっていくんです」。

    かといって、広告モデルは採用したくありませんでした。

    「災害がまさに襲っているタイミングで、"30秒の広告動画を見れば、災害情報を見ることができます"では本末転倒ですよね」。

    サステナブルな経営はNERVにとって長年にわたる課題でした。昨今では、NHKが提供する「NHK ONE ニュース・防災」アプリが有料になったり、Yahoo!も災害情報のページに広告を載せ始めています。

    ※ NHK受信契約済みの場合は追加料金なしで利用可能。

    「公共の側面が強いサービスの情報が見にくくなったら、有象無象の情報がインターネットを覆って、正しい情報が見えなくなるのではないか……。今大災害が起きたら、AIを使ったフェイク映像やフェイクニュースが氾濫するのが目に見えています」と懸念しています。

    NERVはアプリリリース時から「これ、無料でいいの? なくなったら困るから、課金させて!」という声が多く寄せられていました。そこで2020年、NERVを応援してくれる方から月額の会費をいただく「サポーターズクラブ」という仕組みを導入。現在、サポーターは約1万6000人まで増えています(2025年12月時点)。

    今年2月からは、NERVアプリに実装されている「クライシスマッピング」機能を法人向けにも展開する予定です。

    クライシスマッピングのサンプル画像。
    画像提供:ゲヒルン株式会社

    クライシスマッピング機能は、炊き出し情報や罹災証明の発行場所、使えるトイレの情報などをマッピングする仕組みで、支店や店舗など拠点が多岐にわたる企業でも、該当地域の情報をリアルタイムで把握することができます。

    法人が持つデータをNERVユーザーにも表示できる仕組みを構築し、災害時に被災者と企業が垣根を超えてつながる可能性も模索しています。

    取材時は、東北や北陸で大雪や暴風雪の警戒情報が発表されていました。法人向けのサービスは構想から約3年、組織特有のニーズに対応した機能の実装に時間がかかったと言います。

    サステナブルとは、生き残ること

    2025年7月30日、津波速報が出た際、石森さんの家族にもすぐに通知が届きました。「いち早く家族に避難を伝えたい」という思いが原点である石森さんにとって、ほっと胸をなでおろした瞬間でした。

    「津波もそうですが、家が壊れたり街が壊れたりしても、生きてさえいればなんとかなる。地元の石巻の人はそう感じる出来事だったと思うんです。アプリで正しい判断をしてもらって、命が助かった後に、みんなで生きていこうということ。『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』に出てくる第3村のように」。

    情報は答えではありません。しかし、判断材料にはなりえます。石森さんが開発するNERVアプリは、単なる防災アプリではなく、「みんなで生き残る」ための次世代公共インフラとして、今日も進化を続けていきます。

    PROFILE

    石森大貴

    石森大貴Daiki Ishimori

    1990年宮城県石巻市生まれ。大学在学中の2010年にゲヒルン株式会社を創業。2011年の東日本大震災を機に、X(旧Twitter)アカウント「特務機関NERV」で防災情報の発信を開始。2019年に防災アプリ「特務機関NERV」をリリース。現在780万人以上(2025年12月時点)が利用する国内最速レベルの防災情報サービスに成長させる。エヴァンゲリオンの版権元から名称・ロゴの使用許諾を得て、新劇場版のエンドロールにも社名がクレジットされている。「情報に依存せず、自分で判断する」という理念のもと、次世代の公共インフラ構築に挑戦し続けている。

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    大和ハウスグループも「生きる歓びを、分かち合える世界」の実現に向け、様々な取り組みを進めていきます。

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