コラム vol.240-5
土地活用・不動産投資におけるトラブル第5回 賃借人の立退きに関するトラブル
公開日:2018/08/30
POINT!
・契約上で中途解約権を留保してあっても、当然に賃貸人が解約できるとの特約は無効であると裁判で判断される可能性がある
・更新拒絶は、借地借家法28条により正当事由が必要となる
・あ交渉においては、まず任意での立ち退き協力依頼を行い、賃貸借契約の合意解約を取り付けることを目指す
既に賃貸住宅を所有されているオーナー様の中には、賃貸住宅の老朽化が進み、建物の安全上や入居率の改善の観点から、既存の賃貸住宅の建て直しを検討中のオーナー様もいらっしゃると思います。この既存賃貸住宅の建て替え問題の際に直面する代表的なトラブルが、賃借人の立ち退きに関するトラブルです。
1.賃貸人による中途解約
- 1)オーナー様は、建物賃貸借契約における貸主の立場として、賃貸借契約終了に向けたアプローチを考える際、法律上の貸主都合による終了に関する基本原則を理解しておく必要があります。一般的な賃貸借契約書においては、賃貸期間の定めがありますので、これから説明する賃貸借契約については、期間の定めがある賃貸借契約を前提にしていきます。
- 2)オーナー様が最短で賃貸借契約を終了させたいと考えた場合、まだ約定の賃貸期間が十分残っているときは、契約の中途解約を検討することになります。期間の定めのある賃貸借契約においては、決められた期間は賃貸借の関係が継続し、賃貸人と賃借人を拘束することになり、当事者の意向によって当然に契約期間中に契約を終了させることはできないのが原則ですが、当事者が解約する権利を契約上留保したとき(解約権留保特約)は、中途解約も可能となります( 民法618 条)。「解約権を留保する」とは、中途にて解約する権利をオプションとして付与するという意味で、契約書にこの条項がないと、中途解約することはできません。なお、ここで言う中途解約とは、賃料の不払い等を原因とする債務不履行解除とは別の話ですので、注意して下さい。
- 3)一般的な賃貸借契約書では、賃借人側であれば1 ~ 3カ月前の予告をした場合、賃貸人側であれば6カ月前の予告をした場合、賃貸借契約を解約できると定めてあることが多く見受けられます。これを文言通りに解釈すると、賃貸人は6カ月前の予告をすれば、自由に賃貸借契約を中途で解約することができるように思えます。民法618条では、当事者が賃貸借の期間を定めた場合であっても、期間内に解約する権利を留保したときは、民法617 条の規定を準用するとされ、同条では建物の賃貸借契約は解約申入れから3カ月の経過により終了すると定められています。また、民法の特別法である借地借家法27条では、建物の賃貸人が賃貸借の解約申入れをした場合、申入れから6カ月の経過によって終了すると定められていますので、これらの条文だけを見ると、建物賃貸人は、6カ月前予告により契約を解約できるようにも思えます。しかし、借地借家法27条は期間の定めのない建物賃貸借に関するもので、期間の定めのある賃貸借には適用がなく、また、借地借家法28条では、期間の定めのある建物賃貸借の期間満了における賃貸人の更新拒絶には正当事由を要求し、これに反する特約で賃借人に不利なものは同法30 条で無効とされています。
したがって、契約上で中途解約権を留保したからといって、当然に賃貸人が解約できるとの特約は無効であると裁判で判断される可能性があります。
特約の有効性については議論があるところで、特約自体は当然に無効であるとまでは判断していない裁判例もありますが、借地借家法26条、27条で定める6カ月前の予告や同法28 条の正当事 由を事実上要求する等、実質的には更新拒絶と同様の議論が妥当とし、特約によって中途解約が容易になることは、残念ながら法律上は期待できません。
2.更新拒絶
- 1)単純な中途解約が難しい場合や残存契約期間が残り1年を切っているときには、契約期間満了時に契約を終了させるべく、更新拒絶という選択肢が考えられます。
- 2)建物賃貸人の更新拒絶については、借地借家法26条により、期間満了の1年前から6カ月前までの間に、賃借人に更新しない旨の通知を行い、かつ、先程触れた借地借家法28条により正当事由が必要となります。
正当事由(賃貸人及び賃借人の建物使用の必要性、賃貸借の従前の経過、建物の利用状況、建物の現況、立ち退き条件等)を総合的に考慮して、更新拒絶が正当かどうかを判断します。
オーナー様が更新拒絶を検討する際、そもそもの賃貸住宅の建て替え等の必要性( 建物の老朽化状況、耐震問題、大規模修繕との経済的合理性、敷地の有効活用等)に加え、賃借人フォローの為の立ち退き料の支払いや、転居先のあっせん等について検討することになります。一般的に、この正当事由は裁判において容易に認められるものではなく、それなりにハードルが高くなります。
3.立ち退き交渉における留意点
- 1)賃貸住宅を経営されるオーナー様は、賃貸人側の都合で中途解約や更新拒絶をすることにより、建物賃貸借契約を一方的に終了させることは難しいことを認識する必要があります。その上で、より円滑に賃借人の立ち退きを実現するための方策を検討する必要があります。また、賃借人の立ち退きに関しては、賃借人に対する最初のアプローチから法的手続に移行するまでの一連の手続は、あらかじめ一体として想定し、段取りを組む必要がありますので、早期の段階から弁護士に相談し、コーディネートしてもらうのが良いでしょう。
- 2)賃借人と立ち退き交渉をする場合には、正当事由について整理する必要があります。これは、事後の紛争に備えてしっかり事前に理論武装をすること、賃借人を納得させるための説明材料をきちんと備えることを目的としています。この場合、立ち退き料の金額等もある程度連動することになります。建物の建て替えの必要性が比較的小さいような場合(専ら敷地の有効活用等を主眼とし、建物自体で見ると必ずしも建て替えの必要性が高くない場合等)は、立ち退き料等の金額を多めに見込む必要があり、反対に、建物の建て替えの必要性が大きい場合(耐震上の問題等から早急な建て替えが必要な場合)には、立ち退き料等の金額は、前者に比べて少なくなる傾向にあります。
また、立ち退き交渉が長期化したり、紛争に発展したりする場合には、時間や専門家へのコストがかかるので、これらの可能性も考慮して、立ち退き料等を設定した方が、全体的なコストを抑えられる可能性があります。 - 3)賃借人に対する具体的アクションとしては、まず、しゃくし定規な更新拒絶等を行うのではなく、任意での立ち退き協力依頼を行い、賃貸借契約の合意解約を取り付けることを目指すのが良いでしょう。この初動対応を誤り、賃借人との間で対立構造が生じると、紛争に発展し、時間やコストが余計にかかったり、場合によっては、最終的な立ち退きを実現することができないことにつながる可能性がありますので、注意して下さい。
上記交渉がうまく進まないとき、または賃貸借契約における期間の関係で、契約期間満了まで6カ月の期間が近付いているような場合には、更新拒絶の通知を行い、引き続き交渉を行いますが、やむなく交渉が決裂した場合は、正当事由の程度に応じて、調停や訴訟により解決を図ることになります。 - 4)賃借人より、立ち退きに関して理解を得られたときは、次に、立ち退きの実行を担保するための合意や保全措置の内容について検討することになります。まず、立ち退きの合意において最も重要な要素は賃貸借契約の中途解約の合意であり、この点は必ず明確にする必要があり、条件等を付けずに、早期に解約により賃貸借自体を終了させ、その上で、実際の退去時期を定めるのが有用です。
そして、立ち退き料の支払いですが、転居費用実費のために先行してある程度支払う必要がある場合もありますが、基本は、立ち退きを完了したことを確認した後に支払う形にすべきでしょう。このとき、賃借人との交渉で、立ち退き料をある程度支払わざるを得ないような場合には、即決和解制度を活用することも検討して良いと思います。即決和解制度とは、裁判所に申し立てをすることにより、裁判上の和解ができる制度であり、この制度によって成立した和解調書によって、賃借人が明け渡しの実行をしない場合、直ちに強制執行を行うことができるというものです。また、裁判上の手続まで活用して、立ち退き合意をするので、賃借人の心理面においても、約束を実行する方向に作用することが期待されます。
ですから、賃貸人としては、先行して多額の立ち退き料を支払ったものの、明け渡しが実行されないのでは困りますし、建物建て替え工事との関係で、約定期限に確実に明け渡しを実行してもらわないと困る場合には、即決和解制度を利用するのは有用です。