メニュー
Sustainable Journeyは、
2024年3月にリニューアルしました。
連載:5分でわかる!サステナブルニュース
2025.6.27
2025年4月に開幕した大阪・関西万博(以下、大阪万博)は「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに掲げ、持続可能な開発目標(SDGs)への貢献に向けたさまざまな取り組みが進められています。
中でも、史上初ともいえる規模で展開されるのが、「万博サーキュラーマーケット ミャク市!(以下、ミャク市)」です。ミャク市とは、万博で使用された施設・建材・設備・什器などを、閉幕後にオークション形式で出品し、リユース(再利用)へとつなげるためのプラットフォームです。対象となるのは建築物1棟から、ベンチや照明器具、マンホールのふたといった細部に至るまで、多岐にわたります。
これまでに例のない大規模なリユースの試みであるミャク市は、どのような経緯で生まれたのでしょうか。ミャク市の制作・運営に関わった、2025年大阪・関西万博EXPO共創プログラムディレクターでパノラマティクス主宰の齋藤精一さん、公益社団法人2025年日本国際博覧会協会 持続可能性局 担当課長の大林正樹さん、大和ハウス工業 東京本社BS本部 技術統括部 企画開発設計部 西日本室開発PJGの永野一朗さんに話を伺いました。
左から大和ハウス工業、永野一朗さん、2025年大阪・関西万博EXPO 共創プログラムディレクター、齋藤精一さん、公益社団法人2025年日本国際博覧会協会、大林正樹さん
ミャク市は、イベント終了後に建築資材や建物が産業廃棄物として大量に処分されていく現状に違和感を抱いていた3人の問題意識が重なり、徐々に立ち上がっていきました。
大和ハウス工業の永野さんは、同社の問題意識をこのように指摘します。
「大和ハウスは、以前から建築の過程で産業廃棄物をなるべく減らし、再利用可能な建築を模索してきました。大量生産・大量消費を前提としたこれまでのリニアエコノミー(直線型経済)に対し、リユースと資源循環を前提としたサーキュラーエコノミー(循環型経済)の実現は、私たちにとって最重要課題の一つであり、本万博においても基本理念と考えてきました。この姿勢は大阪万博でも大切にされています。例えば『いのちの遊び場 クラゲ館』では、リユースを予見した設計手法であるサーキュラーデザインを取り入れています。ただ、建築物1棟のリユースだけでは循環型経済に対するインパクトに限界があります。もっと大きなスケールで取り組む必要があると感じて、万博全体を巻き込む『ミャク市』というプラットフォームを企画・提案しました」(永野さん)
大阪万博のいのちの遊び場クラゲ館。サーキュラーデザインを取り入れています。
ちょうどそのころ、同じ問題意識を抱えていたのが齋藤さんです。齋藤さんは、過去の万博に携わる中で、資材のリユースやサーキュラー建築に深く関わってきました。
「きっかけは『2020年ドバイ国際博覧会(以下、ドバイ万博)』でした。ドバイ万博の日本館では、リサイクル可能な資材を活用し、閉幕後のリユースを見据えた設計が行われていました。実際に、今回の『ウーマンズパビリオンin collaboration with Cartier』には、その日本館の外装デザインが再利用されていますし、さらに『GREEN×EXPO 2027』(横浜)でも同様に活用される予定です。建築物が国境を越えて“ホッピング”していく感覚は、非常に印象深いものでした」(齋藤さん)
建築物の再利用に精通した齋藤さんでさえ、万博全体を対象とした多種多様なリユースプロジェクトは未経験の規模だったと話します。
「ミャク市では、“ボルトから大屋根リングまで”と言っても過言ではないほど、様々な材がリユース対象になります。国際的なイベントとしても世界初の試みです。当然、制度や法律の面で数々の課題が出てくると予想はしていましたが、それでもやる価値がある。これこそが万博の本来の姿だと思ったんです」(齋藤さん)
このような共通の問題意識のもと、2022年には持続可能性部資源循環課が発足し、大林さんが参事に就任。3人の思いが重なり、ミャク市は本格的に動き始めました。
「施設・設備の会期終了後のリユースに関するアイデアを広く募った中で、建材や設備機器のようなものであってもそれを活用したいという人がいれば、その需要と供給をマッチングする仕組みをこの万博で用意してはどうか、といった提案がありました」(大林さん)
しかし、国内では同様の仕組みを実現している前例が見つからず、導入には高いハードルがありました。一方、欧州では20を超える組織が建材のリユースに取り組むオペレーションを展開しており、制度面でも進んでいる状況でした。
「海外では炭素税の導入やリユースを後押しする法整備が進んでいて、日本とは前提が大きく異なります。そのため、海外のモデルをそのまま輸入するのは現実的ではありませんでした。そうしたなかで、建築の知見もあり、IT企業とのネットワークを持つ大和ハウス工業さんと一緒なら、日本流の仕組みが実現できると確信したんです」(大林さん)
こうしてミャク市のプラットフォーム構築が始まりましたが、立ちはだかったのが法律や制度の壁でした。
「たとえば建築基準法上の課題です。大屋根リングに使われている柱や梁、屋根などの部材を、別の建築物の構造部材に再利用できるのかが問われました。特に、今回使われているJAS規格の集成材は、現状構造材として別の建築物の構造部材に活用する事例がなく、それを取り扱う制度もありませんでした」(大林さん)
この状況を受けて、ミャク市チームは国への働きかけを始めました。2024年6月には、国土交通省から『一定条件を満たせば中古の集成材やCLTも構造材として再利用が可能』との通知が出され、制度面での大きな突破口となりました。
「こうした一つひとつの課題を、解きほぐしていくことで、新たな選択肢が生まれていく。そのプロセスこそが、循環型経済を実現していくために不可欠なんです」(大林さん)
ミャク市で出品されるのは、マンホールのふたや照明器具、冷蔵庫、コーヒーマシンから、シグネチャーパビリオン、迎賓館、大屋根リングといった大規模建築物まで実に多彩です。万博ならではのスケールとバリエーションを持つこれらの資材が、「万博の物語」という文脈を得ることで、単なる資材以上の価値を持ち始めると齋藤さんは語ります。
マンホールにベンチ、大屋根リングの建材やミャクミャクモニュメントもミャク市に出品されている
「万博って、建築物ひとつひとつにストーリーがあるんです。たとえば全周が約2キロに及ぶ『大屋根リング』の3分の1は福島県浪江町で製造された、県産材を中心とする集成材で、福島復興の象徴とも言える建築です。それが会期終了後、ただの産業廃棄物になってしまったり、エネルギーのために燃やされてしまうのはあまりに惜しいと感じました」(齋藤さん)
大屋根リングの建材ひとつとっても、スカイウォークの床材だったのか、入口の梁だったのかで、その背景や意味が変わります。単なる建材にも、文脈と記憶が宿るのです。
「ミャク市では、リユースされる建材や設備に対し、その製品仕様や万博での使用履歴といった“素材の履歴”を付加することで、資材の価値を可視化します。匿名性ではなく、明確なアイデンティティーを与えることで、循環の可能性が飛躍的に高まると考えています」(永野さん)
その取り組みの一環として、今回のミャク市では「デジタルマテリアルパスポート(DMP)」の導入も予定されています。
「DMPとは、建材や資材に二次元コードを付け、そのコードから使用履歴や仕様、素材情報などを誰でも確認できる仕組みです。これにより、リユースされた資材がどのように使われてきたのかが可視化され、単なる中古品ではなく“ストーリーある資源”として扱われるようになります。今回のミャク市を一過性のイベントで終わらせず、長期的な循環性につなげていく上で、DMPは非常に大きな鍵だと考えています」(永野さん)
最大で高さ20mにもなる大屋根リング
万博が閉幕した後に大量の産業廃棄物を出さないようにしたい――。そんな思いから始まったミャク市は、開幕から綿密な準備が進められ、行政や法律への働きかけも行われてきました。「終わりを考えること」が、これからのサーキュラーエコノミー社会において重要なキーワードになると、齋藤さんは言います。
「今回の万博が終わった後に、最大のレガシーになると考えているのが、作り手が『終わりのデザイン』まで視野に入れて設計を行うという姿勢です。リユース・リサイクルの方針を最初から立て、部材の行く末を見据えて構造や素材を選ぶ。そうした考え方が広がれば、循環型経済はより一層推進されるでしょう」(齋藤さん)
この思想は、ミャク市というマッチングプラットフォームの設計思想にも表れています。
「物の消え方や次の行き先を、可能な限り標準化・可視化すること。その設計思想を共有できるよう、プラットフォームの仕組みも整えています」(齋藤さん)
ミャク市によるリユースを、大阪・関西万博一回きりで終わらせたくない、という想いは3人に共通しています。
「万博が閉幕した後は、協会でのミャク市の運用結果を報告書としてとりまとめたうえで組織は解散となるため、ミャク市はそこで役割を終えることとなります。欲を言えば、今後の大規模イベントでの活用はもとより、日常的にこの仕組みを運営し続けられる方が現れてもらえたらありがたいなと思っています」(大林さん)
「万博はひとつのきっかけでしかなく、閉幕後が本番だという認識で取り組んでいます。万博は今年の10月で終わってしまいますが、その後も何らかの形でこの仕組みやプラットフォームを永続していけたらいいと思っています。いつか振り返ったときに、「日本のサーキュラーエコノミーは大阪万博から始まった」と語られるような“未来の起点”と呼べる出来事になれば、それは、同じ想いを抱いてきた3人にとって、何よりの理想です」(永野さん)
万博が掲げる「持続可能な未来」とは、一度きりのリユースではなく、長期的に循環していくことを意味します。ミャク市はひとつのきっかけであり、今後様々な形で持続可能な仕組みになっていくことが必要です。始まる前から「終わりのデザイン」を考える。ミャク市は、リユースの実践だけではなく、これからサーキュラーエコノミーを実現していく上で重要な考え方も示唆するプラットフォームなのかもしれません。
Sustainable Journeyは、
2024年3月にリニューアルしました。