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2024年3月にリニューアルしました。
連載:未来の旅人
2025.10.31
あなたは、100歳まで生きたいですか?
ある調査では、「100歳まで生きたい」と答えた日本人はわずか約21%でした。医療が進歩し、長生きできるようになったのに、多くの人が長生きを望んでいない——。
「長く生きすぎちゃったかしら」
祖母の一言で起業を決意したAgeWellJapan(エイジウェルジャパン)」代表取締役の赤木円香さんは、こうした現状を変えていこうと、シニア世代のウェルビーイングの実現を目指し奮闘しています。
2007年、世界に先駆けて「超高齢社会」に突入した日本。高齢化社会が問題視されて久しいですが、本当に必要な支援やサービスとは? シニア世代が本当に求めるべきこととは何なのでしょうか?
もしかしたら、高齢者が増えることを問題視すること自体、疑うべきことなのかもしれません。 赤木さんの話から未来のヒントを探ります。
エイジウェルジャパンは、ポジティブに年を重ねることを意味する「エイジウェル」な社会の創造をミッションに掲げ、シニアの挑戦と発見を後押しするサービス「もっとメイト」やシニアに伴走するエイジウェルデザイナーの育成事業を展開しているインパクトスタートアップです。
創業から5年、代表の赤木さんは「創業時に感じた、社会への憤りはまだ収まりそうにありません」と笑顔で話します。
「会社を立ち上げてから、約10万人のシニアの方と対話やインタビューを重ねて痛感したのは、不安や孤独感を抱えて生きている方がこんなに多いのか、ということです。足腰が痛かったり、緑内障で視野が狭くなったり。常にどこかに不調を抱えていて、さらにこの先悪くなるだけ……と思うと、自己肯定感は下がりますよね。社会から必要とされていないと感じたり、認知症に怯えて、多くの方が『家族に迷惑をかけてまで生きたくない』と思っているんです」。
こうした背景には、エイジズム——年齢のみを根拠とした差別、偏見、固定概念があると赤木さんは続けます。
「『高齢者は心身ともに衰え、常に支援が必要な社会的弱者である』とか『もう年なんだから』といった偏見や態度が当たり前にあり、社会のシステムや文化に組み込まれてしまっています。例えば、まだまだ働けるのに、定年退職をせざるを得ない制度や、還暦にちゃんちゃんこを着るといった現代にフィットしていない慣習もそれにあたります」。
超高齢社会の日本は、シニアの支援制度は手厚いようにも思えますが、赤木さんは「行政が提供するシニア向けのコンテンツは、ほとんどが介護領域の取り組み」だと言います。
「もちろんとても重要な役割ですが、怪我や病気をして最低限の生活が送れなくなって初めて、アクセスする人が多いんです。私たちは、マイナスをゼロにするためではなく、ゼロからプラスにして、シニアが生き生きと『今日が幸せだった』『年を重ねていくのが楽しい』と思いながら日々を送る社会をつくっていきたいと思っています」。
先述したように「100歳まで生きたい」と答えた人はわずか約21%※という結果も出ています。
「医療や介護は進歩して長生きできるのに、多くの人が長生きしたくないと感じている。これが、超高齢社会である日本の、本当の課題だと思います」。
※「人生100年時代に関する意識調査」(アクサ生命保険/2018年)
創業の直接のきっかけは、26歳の時に聞いた、大好きな祖母の一言でした。転倒して骨折した当時86歳の祖母は、回復した後も家にひきこもりがちとなり、大好きな着物もほとんど着なくなってしまいました。
「『迷惑ばかりかけてごめんね、ちょっと長く生きすぎちゃったかしら』と祖母に言われて。謝らせてしまっている自分がふがいなかったし、戦後、何もないところからこの社会をつくってきてくれた世代が、人生の最後に肩身の狭い思いをして、周囲に謝りながら生きている社会にものすごく憤りを感じました。そこで、祖母にとって本当に必要なサービスをつくりたいと思ったんです」。
高校生の頃、マザーハウスの山口絵理子さんの本に「ご飯を食べられない人に対して魚をあげるのではなく、魚の釣り方を教えるのがソーシャルビジネスである」と書かれているのを読んで感銘を受けた赤木さん。ビジネスでも、ボランティアでもなく、「いつか、人生をかけられるようなソーシャルビジネスをやりたい」と温めていた強い思いが、つながった瞬間でした。
赤木さんは、シニアはどんなことを求めているのかの検証から始めました。2020年1月の創業から3カ月間は、街中で計100人のシニアに声をかけ、ひたすらインタビューを行います。
「事業の核となったのが、67番目と73番目のシニアの方が言ってくれた言葉です。67番目の方は、自分はがんになって生きていてもしょうがないと思ったけど、竹内まりやさんの『人生の扉』という曲に出会って人生が変わったと言っていて。それはジーンズが色あせていくように、でも味わいが増すように、60歳も90歳もオールグッドだよという歌詞なんです。電車に乗った時にその曲を聴いていたら、私も涙があふれてきました」。
「73番目のシニアの方は、表参道の紀ノ国屋の前で、百貨店に行くなら誰と行きたいですかと聞いたら、『すぐそこの青学(青山学院大学)でラグビーをやっている男の子と行きたい』って言ったんです。私には、それが衝撃的で。食事や入浴のサポートなど介護領域は、同性で制服を着ていて、淡々と仕事をこなす専門職の方が求められます。でも、お出かけしたりアクティブに活動する人生の彩り部分、ウェルビーイングな領域には、違う相手がいてもいいんだって思ったんですね」。
そうして100人のシニアの声を聞き、孫世代の相棒サービス「もっとメイト」は誕生しました。現役の大学生をはじめ、20代から30代の「エイジウェルデザイナー」がシニア会員の自宅を定期的に訪問し、孫や友人のようにスマートフォンやパソコンの個別レクチャー、話し相手や外出の付き添い、書類の作成など、さまざまな手伝いを行います。
実務的なサポートはもちろんですが、根本にあるのは「行きたい場所に行けた」「新しいことが知れた」といった、シニアの挑戦や発見を通して、ポジティブな感情を育む支援です。「年齢に関係なく、その人らしく前向きに生きるシニアを増やす」——。こうした信念が広がり始め、東京・神奈川・千葉・埼玉の1都3県から、現在は地方へのサービス拡充に向けて動いています。
個人向けの「もっとメイト」以外にも、未来の超高齢社会を研究する「エイジウェルデザインラボ」やエイジウェルを考える日本最大級のイベント「エイジウェルカンファレンス」の開催、多世代コミュニティスペース「モットバ!」の運営に取り組んでいます。加えて、エイジウェルジャパンは、膨大なシニアとの対話を記録、AIで解析したデータを保有しています。シニアへの深い理解を持って、企業と連携する事例も増えてきました。
©エイジウェルジャパン
これら多岐にわたる事業の柱となるのが、「エイジウェルデザイナー」の存在です。座学と実践を合わせて150時間(うち28時間が必須で122時間が任意)の研修を受けた約150人(2025年10月時点)のデザイナーが、シニアの方々が日々の人生をポジティブにデザインしていくお手伝いをしています。
「シニア向けのサービスの多くが、『やってあげる』『してあげる』というスタンスの中で、私たちは『今日は生徒、明日は先生、フラットな知識の交換』がテーマです」。
それにより興味深いのが、彼らがシニアのウェルビーイングを支援すると同時に、自分自身のウェルビーイングにも寄与している点です。
「デザイナーに応募してくる若者は、総じて利他精神が高く、その分、自己肯定感が低い傾向があります。ですが、人生経験豊富なシニアとの対話で勇気がもらえたり、自分が役に立っていると実感できることでポジティブになっていく」のだと、赤木さんは言います。
「例えば、当時86歳のシニアの方に20代のエイジウェルデザイナーが1年半伴走して、『冗談じゃなく、あなたの存在が生きがいになっている』と言われるまでの信頼関係が生まれました。デザイナーも、シニアの方に恋愛相談をしていて、マッチングアプリのプロフィールを添削してもらったそうなんです。『肉じゃがつくれれば料理できるって書いていいのよ』って(笑)」。
サービスを通して若者は自己肯定感を高め、高齢者は若者に「支援される」だけではなく、時には人生の先輩として若者を励まし、導く。そんな相互にとって良い関係性が生まれています。
©エイジウェルジャパン
エイジウェルデザイナーからは「大袈裟ではなく人生が変わった」という声や、親御さんから「息子・娘が変わってくれた」という声が届いています。履歴書に書いて、就活にも有利に働いたという方もいます。
「シニア世代のために始めた会社でしたけど、シニアの方と接することで若い人たちもポジティブ思考になっている。こんなに棚からぼたもち的な話はないですよね」。
社会に蔓延するエイジズムにより、「高齢者を若者が支えて"あげて"いる」「若者世代が割を食っている」など、世代による対立構造が生まれがちな昨今、エイジウェルジャパンの取り組みは、超高齢社会を、どの世代にとってもポジティブで楽しい社会へと変換する大きな可能性に満ちています。
「エイジウェルな社会をつくるには、若者と企業と自治体を巻き込むことが重要。"全方向よし"の、超高齢社会の新しいエコシステムが必要なんです。シニアも含めて、それぞれが持っている経験やアセットを循環させ、年を重ねることがポジティブになる文化形成と制度変革を同時にやっていく。それこそが、エイジウェルな社会への近道だと思っています」。

株式会社AgeWellJapan代表取締役。慶應義塾大学総合政策学部を卒業後、味の素株式会社に入社し、決算業務を担当。憧れだった祖母が放った「長く生きすぎちゃったかしら」の言葉に衝撃を受け起業を決意。シニア世代の「Age-Well社会の創造」を掲げ、2020年、株式会社MIHARU(現・株式会社AgeWellJapan)を創業。2023年にはエイジウェルを探求・発信する研究ネットワーク「AgeWellJapan Lab」を設立し、研究所代表も務める。Forbes JAPAN「世界を救う希望」100人に選出。メディア出演多数。
大和ハウスグループも「生きる歓びを、分かち合える世界」の実現に向け、様々な取り組みを進めていきます。

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