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連載:いろんな視点から世の中を知ろう。専門家に聞くサステナブルの目 日本発の「金継ぎ」はなぜ今海外で注目されるのか——コロナ禍以降、共感を呼ぶ"修復の哲学"

連載:いろんな視点から世の中を知ろう。専門家に聞くサステナブルの目

日本発の「金継ぎ」はなぜ今海外で注目されるのか——コロナ禍以降、共感を呼ぶ"修復の哲学"

2025.10.31

    「壊れた器を、金で継いで新たな美に変える」。日本の伝統技法である金継ぎは、単なる工芸ではなく、「傷を隠さず、むしろ誇りとして生かす」という哲学を宿しています。

    この日本発の価値観が、近年海外で改めて注目されています。特に欧米では「リペア文化」や「サステナブルなライフスタイル」の象徴として紹介され、壊れたものを直しながら使い続ける姿勢が、循環型社会の理念や心のレジリエンス(しなやかに回復・適応する力)の比喩として語られています。

    こうしたトレンドの源になったのが、ニューヨーク・ブルックリン在住の日系アメリカ人シェフであり作家、Candice Kumai(キャンディス・クマイ)さんです。彼女の著書『Kintsugi Wellness』(2018年)は、コロナ禍をきっかけに脚光を浴びました。彼女はどのように金継ぎの価値を捉え、伝えようとしているのでしょうか。

    本記事では、オランダ在住編集者である岡徳之さんが、キャンディスさんへのインタビューをもとに、金継ぎが今世界で注目される理由と、その背後にあるサステナブルな思想を探ります。

    ウェルネス界の「ゴールデンガール」が見出したKintsugi

    キャンディスさんは、抹茶(Matcha)・金継ぎ(Kintsugi)・侘び寂び(Wabi Sabi)といった言葉を、欧米市場で日常語の一部にした人物です。本物の日本発ウェルネスのパイオニアとして、それらを紹介し、広く浸透させてきました。

    シェフとして活動するだけでなく、『Vogue』『NBC』などの著名なメディアにも寄稿を続け、日常の中のウェルネスと日本文化を大切にする心を発信し続けています。© Candice Kumai / Photo by Nathan Brookes

    最近では、女優であるリース・ウィザースプーンさん主宰のイベント「Shine Away」でMatcha Masterclassを開催し、日本の伝統を世界に伝え、受け継ぐ取り組みを行いました。文化や伝統の継承は彼女の根幹であり、手がけるレシピもホールフードや発酵食材、そして日本の伝統的な調理法を、現代的なライフスタイルに合わせて再構築しています。

    そのように料理やライフスタイルに関する発信を続ける中で、キャンディスさんが出会い、深く惹かれるようになったのが日本の金継ぎの哲学でした。InstagramやTikTokで 「#kintsugi(#金継ぎ)」を広め、欧米に金継ぎブームをもたらしたのです。

    世界10カ国以上で翻訳された『Kintsugi Wellness』。書籍だけでなく、ポッドキャスト『Wabi Sabi』や体験型イベント「Matcha Masterclass」を通じて文化と文化をつなぎ、新たな価値観を紡ぐ活動を続けています。© Candice Kumai

    2018年に出版した『Kintsugi Wellness』は、日本の伝統に根ざした「癒やしと再生の哲学」を紹介し、欧米の読者に強いインパクトを与えました。出版から数年を経た今、この本が伝える「不完全さを受け入れ、そこに美を見出す」メッセージは、パンデミック後——大きな傷を負った社会で一層大きな共感を呼んでいます。

    NHK Worldで放送されたドキュメンタリー『kintsugi』を企画・制作し、国内外で20以上の映画祭にて受賞しました。© Candice Kumai

    また、日本政府や大手企業とも連携し、日本文化を海外に広める取り組みにも積極的に参加しています。2025年9月にはニューヨークで開催された「A Taste of Japan」において、石破茂元首相と共に登壇し、食と文化を通じて日米をつなぐ役割を果たしました。

    © Candice Kumai

    その背景には家族の存在もあります。母のMiho Kumai(ミホ・クマイ)さんは、現在カリフォルニアで日本語と日本文化を教える教師であり、もともとは大分県の別府市出身です。

    祖父は印象派画家・熊井惇氏(東京都美術館や大分県立美術館に作品所蔵)、叔母は現代美術作家・熊井恭子氏(MoMAなどに作品収蔵)です。日本にルーツを持ち、かつ芸術家一家に育ったキャンディスさんにとって、「伝統を守り、新しい形で次世代に伝える」という姿勢は、ごく自然なことだったのかもしれません。

    欧米での受容と再燃。「リペア文化」としての金継ぎ

    『Kintsugi Wellness』が出版された2018年当時、欧米での金継ぎはまだ工芸技法にとどまり、限られた愛好家やデザイン関係者の間で知られる存在にすぎませんでした。ところがその後、サステナブルなライフスタイルへの関心が高まる中で「壊れたものを直して使い続ける」という価値観が見直され、金継ぎはその象徴として語られるようになりました。

    キャンディスさんはこう語ります。「出版当時はまだニッチな概念でしたが、パンデミック以降、人々が平和やレジリエンスを求めるようになり、金継ぎは一気に広がりました。サステナビリティやリペア文化の台頭とも重なっているのだと思います」。

    © repaircafe.org

    実際、欧州では「Repair Café」と呼ばれる市民団体が各地で活動し、壊れた家電や日用品を持ち寄って修理しながら再利用する文化が定着しつつあります。また、欧米では「Right to Repair(修理する権利)」を求める動きが広がり、メーカーが消費者に修理に必要な文書等(修理マニュアル、診断ツール・ソフトウエア、部品等)を開放する流れも生まれています。こうした社会的背景と金継ぎの哲学は重なり合い、「モノを大切に直しながら使い続けること」そのものが、新しい価値として注目を集めているのです。

    さらに近年では、ウェルネスやデザイン分野でも金継ぎが取り上げられる機会が増えています。ファッション誌やライフスタイル誌で「自己修復のメタファー」として紹介され、インテリアブランドやサステナ系スタートアップが"Kintsugi"をテーマにした商品やキャンペーンを展開するケースも出てきました。大手化粧品ブランド「資生堂」がKintsugiをテーマに海外向けのキャンペーンを実施したことも話題となりました。つまり金継ぎは、工芸技法としてだけでなく「文化的ソフトパワー」として欧米の人々の暮らしや価値観に浸透し始めているのです。

    また、その広がりが具体的な動きとして目に見える形でも現れています。ロンドンではギャラリーで「Kintsugi Month」と題した展示やワークショップが開催され、参加者は自ら欠けた器を修復する体験を通じて哲学を学んでいます。そして「Repair Café」や「Right to Repair」といった欧州の修理文化運動の中で、金継ぎが象徴的に語られる場面も増えています。

    さらに、インテリア誌やライフスタイル誌では「不完全さを取り入れる美学」として紹介され、InstagramやTikTokでは「#kintsugi」の投稿が急増。初心者向けのDIYキットや体験型ワークショップも人気を集め、若い世代の間でも「直しながら暮らす」という価値観が広がりつつあります。

    © Candice Kumai

    パンデミック以降の新しい意味。「もののあはれ」と集団経験

    「金継ぎ」に再び注目が集まるようになったのはコロナ禍がきっかけでした。外出制限や社会活動の停滞により、多くの人が「立ち止まり、自分自身や社会のあり方を見直す」時間を持つことになりました。その過程で、金継ぎは単なる修復技法ではなく、"人生や社会をもう一度立て直すための比喩"として広く受け止められるようになったのです。

    キャンディスさんは次のように語ります。「パンデミックは暗く困難な時期でしたが、人々が人生を立て直し、予想もしなかった方向へシフトするきっかけにもなりました。そのプロセスはまさに金継ぎと同じで、壊れたものを修復して新しい姿に生まれ変わらせる作業に似ています」。

    日本の文化には「もののあはれ」という概念があります。すべてのものは移ろいゆき、やがて壊れたり失われたりする。その儚さを受け入れながらも、そこに美しさを見出す感性です。

    キャンディスさんは、この日本的な無常観がパンデミック後の世界で広く共感を呼んでいると指摘します。「壊れてしまったものに別の価値を見出し、新しい物語として生き直す。それは個人の体験であると同時に、社会全体の経験でもありました」。

    パンデミック以降、欧米では「レジリエンス(回復力)」や「マインドフルネス」が生活やビジネスのキーワードとして広がっています。金継ぎの哲学は、この流れに重なる形で「再生のメタファー」として再評価され、単なる工芸を超えて、人々の心を支える思想へと位置づけられるようになったのです。

    実際に「Kintsugi Futures: Repair and Emotional Resilience」と題した論考も登場し、金継ぎが心の回復や自己受容の比喩として応用されています。そこでは「器を修復する行為」と「自らの感情を癒やすプロセス」が重ね合わされ、人々が新しいライフスタイルの指針として金継ぎを取り入れていることが示されています。

    母と共に紡いだKintsugiの物語

    © Kumai family

    キャンディスさんにとって金継ぎは、単なる伝統工芸や思想ではなく、自分自身の生き方と重なるものでした。

    幼少期からアメリカと日本を行き来し、母から教わった日本文化は常に彼女の軸にありました。母親と共著で執筆した『Kintsugi Wellness』は、「文化を継承し、家族の絆を再確認するプロセス」でもあったといいます。

    「母は私にとって最大の教師でした。彼女と共に執筆することで、自分のルーツを深く理解すると同時に、家族としてのつながりも強まりました」。

    本書は単なる"観察者"からの視点ではなく、実際に"金継ぎ"の思想に生き、10年以上にわたり金継ぎの職人たちから学んできた当事者としての深い実体験に基づいています。だからこそ、そのメッセージには揺るぎない説得力と深い感動が宿っているのです。

    サステナブルな未来へつながる日本発の哲学

    金継ぎは、壊れた器を修復する伝統工芸であると同時に、「直し、再生し、新たな価値を生み出す」という普遍的な哲学を宿しています。捨てずに使い続けるという姿勢は、現代社会が直面するサステナビリティの課題と重なり、環境・文化・心の三つの側面で新しい意味を持ち始めています。

    キャンディスさんは、その哲学をアメリカをはじめ世界に伝える存在として、料理や執筆、ドキュメンタリー制作に取り組んできました。彼女は「Authenticity(本物性)」を大切にし、日本文化を単なる消費対象ではなく、尊重すべき知恵として紹介することを使命としています。

    「日本文化は時に商業的に利用されることもあります」とキャンディスさんは語ります。「けれども本当に大切なのは、"日本から学ぶ"ことであって、"日本について学ぶ"ことではない。そして敬意を持って伝えることなのです」。

    キャンディスさんの最新作は、Audibleオリジナルのオーディオブック『Spirited』は、 『Kintsugi Wellness』の人気を受けて制作された続編的な位置づけにあります。本作では、日本の仏教思想を通じて「人生の目的」や「生き方の変容」をどう実現できるかをテーマにしています。また、彼女の人気ポッドキャスト『Wabi Sabi』では、日本からのメッセージや、先祖から受け継いだ実践を世界に発信しています。

    IKIGAI(生きがい)※が世界で自己啓発のキーワードとして浸透したように、金継ぎもまた「修復と再生の哲学」として、今後さらに多様な場面で語られていく可能性があります。工芸の枠を超え、ウェルネスやデザイン、さらには持続可能な暮らし方の象徴として、グローバルに広がっていく兆しが見えているのです。

    IKIGAIに続き、世界で共感を広げる日本発の哲学としての金継ぎ。その広がりは、単なるトレンドを超えて、サステナブルな未来を考える上での大きなヒントになりそうです。

    先述したように、キャンディスさんはNHK Worldのドキュメンタリー『kintsugi』を通じて金継ぎの哲学を映像化したり、Instagram(@candicekumai) などSNSを通じて最新の活動やメッセージを発信し続けています。本記事でご紹介した著作とあわせて、こうした場からも彼女の発信に触れることができます。

    ※2017年に出版された『IKIGAI: The Japanese Secret to a Long and Happy Life』(エクトル・ガルシア、フランセスク・ミラージェス著)がベストセラーとなり、「IKIGAI」は「幸福をもたらす生き方の哲学」として広く知られるように。

    PROFILE

    岡徳之

    岡徳之Noriyuki Oka

    Livit代表・編集者/ライター。オランダ・アムステルダム在住。シンガポールにも在住経験あり。海外のハブ都市を拠点に、ミレニアル世代やZ世代を中心とした次世代の価値観、また生成AIなどの先端テクノロジーの潮流に着目し、ウェブメディアを通じて日本の読者に向けて発信している。

    未来の景色を、ともに

    大和ハウスグループも「生きる歓びを、分かち合える世界」の実現に向け、様々な取り組みを進めていきます。

    大和ハウス工業のグループ会社、大和リース株式会社は、閉店したローソン店舗の屋根・壁・柱・梁・サッシをはじめとした建材を新店舗に再利用するなど、サーキュラーエコノミーの実現に向けて取り組んでいます。

    建物建材の9割を新店へと再利用したローソン

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