京都・五条大橋にほど近い鴨川沿いの小道に、小さな町家宿「鴨半」があります。
迎えてくれるのは、亭主であり茶人でもある小嶋万太郎さん。
茶の湯の精神に根差すもてなしの空間や茶に向き合う思想、
自身を導いてくれた鴨川への思いなどを伺いました。
鴨川とともに生きる
きらきらと輝く鴨川の水面を間近に臨む、スモールラグジュアリーな町家宿「鴨半」。併設された喫茶室で、時間の積み重ねを感じさせる古木のテーブルを前に、亭主の小嶋さんは丁寧に茶を淹れながら語ってくださいました。
小嶋さんは愛知・瀬戸の窯元「池林堂半七(いけりんどう はんひち)」の家に生まれ、幼い頃から茶に親しみながら育ちました。毎晩、家族が揃うと茶を淹れ、味わう習慣があったそうです。煎茶に抹茶、中国茶や紅茶など、どの茶をどのように淹れるかはその日の当番次第。特別に言葉を交わすわけでなくても、同じ茶を味わう時間が家族の気持ちをつないでくれたと振り返ります。
社会人になり、大学時代を過ごした京都を離れて慌ただしく働いていた小嶋さんでしたが、ある日京都を訪れる機会があり、ふと立ち止まります。時間に追われて大切なことを見失っているのではないか。そして天啓に打たれたように、目の前を流れる鴨川の風景を毎日見ながら仕事をしていきたいと強く思いました。
仕事の傍ら、DIYで町家を改装した宿をオープンしたのは2015年、27歳の時のこと。ただ泊まる場所を提供するだけでなく、日本らしい文化やおもてなしを提供したいと模索したときに、真っ先に思い浮かんだのが「茶」でした。家族の心をつないでくれた茶の文化を、訪れる人に感じてほしいと考えたのです。小嶋さんは宿泊客をもてなすための茶室を宿のそばに建築し、2020年秋からは宿泊客以外も迎えることに。店の名前は実家の屋号から取り、「茶室/茶藝室 池半」と掲げました。

鴨半HANAREの川見の席。美しく切り取られた鴨川の景色に心を惹きつけられます
茶人がつくるもてなしの空間
現代工芸や古美術、建築にも造詣が深い小嶋さんは、もてなしのための空間づくりに並々ならぬ思いを注いでいます。古材を再利用して取り入れたり、国内外を旅して集めた家具や古道具を飾ったり。解体で良い古材が出たと聞きつけ、数寄屋大工と共に雪国新潟までトラックで取りに行くこともあるそうです。独自の審美眼で選ばれた美しい品々は、贅沢に、そしてさりげなく調和しながら凛とした空気を生み出しています。
小嶋さんによると、茶人は室町後期より客人をもてなすための場を自ら設計し、意匠などに工夫を凝らしてきました。自らの美意識や趣向を丁寧に伝えながら、大工とともに、細部に至るまで思いを込めて築いていくのが習わしだったそうです。床の間のしつらえから窓の切り取り方に至るまで、そこにあるのは一期一会のひとときを引き立てるための工夫でした。そして、職人と施主との深い信頼関係と、互いの技と心を響かせ合う共同作業がありました。
小嶋さんも信頼できる大工と共に、年一回程度、宿や茶室の作事(修理)に当たります。改装を重ね、一軒貸しの宿「鴨半」の2階に鴨川を眺めることを目的に据えた川見の席を設置。そこは、景色に意識を集めるために余計な装飾が省かれ、流れる川の景色と静かに対峙(たいじ)できる空間になりました。「ホスト側の意図を押し付けず、訪れる人にご自身の感性で自由に感じてもらえればと思っています」(小嶋さん)
この他にも、滞在するゲストが日本古来の文化に触れながら、住み慣れた自宅のようにリラックスして過ごせる配慮が散りばめられています。杉や栗、コブシや紫檀(したん)などの銘木を用いた柱や梁、角萩(かくはぎ)や薩摩葦(さつまよし)の天井など、多様な素材を取り合わせたしつらいの根底には、数寄屋建築の精神が息づいています。

おいしい茶を淹れるコツ
一番重要なのは、水。奥が深いですが、まずは軟水のミネラルウォーターがおすすめです。茶葉ごとに適した湯温と抽出時間を意識しましょう。
茶器で味わいが変わる
同じ茶でも茶器によって味が違って感じられるのは、素材や形、口当たり、香りの立ち方などが味覚に影響を与えるため。陶器や磁器、金属など茶葉ごとに適した茶器を見つけてください。
煎(抽出回数)の目安は茶葉による
茶葉の種類や淹れ方によって異なりますが、浅蒸しの煎茶は2~4煎が目安。中国茶や台湾茶には、10煎以上楽しめるものもあります。
茶葉の賞味期限
緑茶のように発酵(酸化)させない茶葉は劣化しやすく賞味期限が短く設定されていますが、烏龍茶や紅茶、黒茶など酸化、発酵させた茶葉は日持ちします。年月を経てまろやかに熟成した茶葉は、ビンテージとして高い値段が付くことも。
中国茶用の蓋碗(がい わん)はとても便利
茶杯・急須・香りを楽しむ器の役割を一つでこなす優れもの。茶葉と湯を直接入れてそのまますすって飲むこともできます(中国北部など)。蓋(ふた)をずらして湯のみに注げば急須代わりにも使えます。
和紅茶と紅茶の違い
製法や原料は基本的に同じです。日本の紅茶づくりは明治に始まり、戦後には外国産茶の輸入によりかなり縮小しましたが、2000年代に地産地消や国産志向の高まりに伴い復活し、「和紅茶」と呼ばれるようになりました。

HANARE1階の和室。もともと床の間だった部分に書院机を設け、床暖房も施しました

縁側の隣に設けられた浴室。庭を眺めながら至福のバスタイムを満喫

茶室の水屋をイメージしたミニキッチン。長期滞在客にも便利な設備が整っています

寝室のベッド前には、京町家においてもてなしの室礼(しつらい)に用いられる緞通が。宿の備品は気に入れば購入することもできます
人と自然の融合する鴨川の景色を見つめて
2024年には4階建てのコンクリート建築「鴨半 OMOYA」と「池半分室」が竣工。建築の高さ制限をクリアしながら4層の空間を生み出すための斜めの構造や、窓に意識を向ける室内の段差の演出、つややかなコンクリートの天井に窓外の景色を映す遊び心など、ユニークな造りも小嶋さんと職人との対話の中で生まれていったアイデア。機能性や風の流れも意識されています。HANAREと同じく、大きな特長は鴨川を臨む大きな窓。OMOYA2階の和洋室では、コンクリート打ち放しの天井と敷瓦の床に切り取られた鴨川ビューを間近に眺めることができます。
鴨川は古来氾濫を抑えるための整備が度々なされ、人の営みとともに存在し続けています。「川のそばを走る人、自転車で往来する人、河原に腰掛ける人。いろんな人の生活の中に自然があり、先人が積み重ねてきた歴史の延長線上に暮らしがある。そんな人と自然の融合した美しさが唯一無二で、貴重な存在だと思うのです」

鴨半OMOYAの和洋室スイート。ベッドルーム、茶室、タイル敷きの空間が階段状に配置され、部屋のどこからでも鴨川の景色が見えます。お客さまの希望があれば、この茶室で薄茶を点てることも

ベッドルームをゆるやかに区切る壁には、小嶋さんの友人である和紙作家による芭蕉紙が用いられました

古民家の梁を利用した茶室のしつらえと、コンクリート打ち放しの壁や床、北欧の名作チェアやテーブルなどが見事に調和
ルールにとらわれず自由な茶の楽しみを
気軽に喫茶を愉しめる茶館である池半分室では、日本、中国、台湾などから仕入れた茶を月ごとに入れ替え、常時20種類程度ラインナップしています。もちろん抹茶を点てることもありますが、抹茶だけを格上のように扱いたくはないのだそう。産地や製法の違いによる垣根をなくし、格式やルールにこだわらず、その時々でさまざまな茶を自由に楽しんでいただきたいというのが小嶋さんの願いです。心の中には、かつて家族で共有した茶の時間が息づいています。「誰かと話をしながら一杯の茶を飲む時間には、何ものにも代えがたい意味があります」
お客さまにおすすめする茶は、季節やその日のご体調によって異なるのだとか。「暑い夏には緑茶や白茶など、体の湿気を取ってくれる茶を。冬には体を温める、酸化、発酵が進んだ茶を。春秋は天候や体調を重視して選ぶといいですね」。まるで茶のソムリエのように知識を授けてくれる小嶋さんですが、熱心な茶のファンも、ふらりと訪れる観光客も分け隔てなく迎え、楽しい会話とともに心を込めた一杯を提供しています。
茶、空間、文化をつないで、豊かな時間を紡ぐ小嶋さん。京都を訪れることがあれば、鴨川の眺めと一服の茶を味わいに出かけてみませんか。

鴨川の対岸から見た鴨半。中央の背の高い建物がOMOYA、その左がHANARE。OMOYAの右側に茶室/茶藝室 池半があります

池半分室には、一般の方も予約なしで立ち寄れます。営業時間:11~17時(L.O.16時)。定休日/水曜

PROFILE
小嶋 万太郎さん(こじま まんたろう)
1988年、愛知県生まれ。実家は瀬戸の窯元、池林堂半七。学生時代を京都で過ごし、2015年から宿の運営を開始。茶会の開催(茶室/茶藝室 池半)や喫茶の運営(池半分室)をはじめ、茶葉や茶器の卸売・販売、ギャラリー運営など、幅広く活動する。

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