古くなった賃貸住宅問題と空き家問題の解決へのヒント
第1回 古くなった賃貸住宅問題 解決の視点
公開日:2016/05/18
よくある悩みの種
これまで長く賃貸住宅経営をしてこられた方にとっては、既に悩みの種になっていると思いますが、古くなった賃貸住宅経営のよくある悩みとして、次のことが挙げられます。
- (1)次から次へと補修箇所が出てきて、モグラ叩き状態となっており、メンテナンスの費用を捻出するのが難しい。
- (2)耐震性が十分でなく、大地震が起こったときに倒壊などのリスクがある。
- (3)家賃が低く、値上げをお願いしても応じてもらえない。(固定資産税やメンテナンスの費用などを支払うと、賃貸住宅事業としてほとんど成り立たっていないケースも見受けられる)
- (4)催促しないと家賃が支払われない、ご入居者による通路等の共用スペースの私物化、ご入居者による承諾のないリフォーム等。
このような構造的な問題が起こると、空室ができた場合に新しいご入居者の募集が難しく、古くなった貸家での賃貸住宅経営はどうしても悪循環に陥りがちです。
そこで、古くなった賃貸住宅経営を改善するために、賃料の増額を請求するということ(借地借家法第32条)がまず考えられます。
ご入居者と話し合って解決できない場合には、最終的には訴訟を提起して、判決で決着させることになります。
これにより家賃収入がある程度増加し、賃貸住宅経営の改善になる場合もありますが、この方法には法律上、家賃を以前決めた時からどれだけの時間(年月)が経過したか、その間に経済事情の変動などがあったか、どの程度の変動などがあったかによって、その変動に応じた増額が認められるに過ぎないという限界があり、相場並みに一気に増額できるわけではありません。
また、この請求によってある程度家賃の増額が認められたとしても、建物自体が古くなっていることに変わりはなく、古くなった賃貸住宅経営の根本的な改善策にはなりません。
そこで、古くなった賃貸住宅を経営面で根本的に改善する法律上の方法として、ご入居者との賃貸借契約を解消して退去してもらい、建物そのものを最新のものに建て替える方法が考えられます。
問題を解決する
では、ご入居者との賃貸借契約を解消するにはどのような方法があるでしょうか。1つ目は、ご入居者に家賃滞納などの契約違反(債務不履行ともいう)があった場合に、そのことを理由に賃貸借契約を解除する方法です。2つ目は、ご入居者側に契約違反が何もなくても、賃貸住宅経営を根本的に改善したいという家主側の都合を理由に、賃貸借契約の更新を拒絶(契約期間の定めがある場合。借地借家法第26条、借家法第2条※1)したり、解約申入れ(契約期間の定めがない場合。借地借家法第27条、借家法第3条を行う方法です。
※1…平成4年8月1日以降に成立した賃貸借契約については借地借家法、平成4年7月31日以前に成立した賃貸借契約については旧法の借家法が根拠法になりますが、いずれの法律でも要件や効果に違いはありません。
ここでは、古くなった賃貸住宅に特有の問題という観点から、2つ目の方法について主に解説します。
まず、ご入居者との賃貸借契約を解消するにあたって、解決の見通しと手続の選択を誤らないために押さえておきたいポイントが4つあります。
(1)裁判を起こした場合に勝訴可能かどうか、という点です。
ご入居者側に家賃滞納などの契約違反がある場合は、勝訴の可能性があると考えられます。(裁判実務では、軽微な契約違反では契約解除は認められませんが、ここでは詳細は割愛します。)
また、ご入居者側に契約違反がなくても、契約期間の定めがない賃貸借契約の場合や、契約期間の定めがある賃貸借契約の場合、賃貸借契約の期間が満了時期にきていれば、家主側の都合を理由に、後述する条件・要件が揃えば、勝訴の可能性はあると考えることができます。
(2)「立退料」の支払いが法律上必要かどうか、という点です。
この場合、ご入居者側に家賃滞納などの契約違反がある場合は、法律上、立退料は不要と考えます。
他方、ご入居者側に契約違反がなく、家主側の都合で賃貸借契約の解消を求める場合は、法律上、原則として立退料が必要と考えます。
(3)方法論として、交渉での解決を図るか訴訟で解決を図るか、という点です。
前述の(1)で見た、裁判を起こしても勝訴の可能性が全くない場合には、裁判外での交渉や「調停」での解決を図ることになります。
逆に、裁判で勝訴の可能性がある場合には、もちろん訴訟での解決を考えますが、裁判外の交渉でより短期間に解決すべき理由とその見込みがあれば、いきなり訴訟ではなく、あえて裁判外での交渉による解決を試みます。
(4)訴訟を提起しても判決が出るまで頑張るか、裁判上の和解をして訴訟を終了させるか、という点です。
一般論として、ご入居者側の契約違反を理由とするか、家主側の都合を理由とするかにより違いはありますが、訴訟を提起してから一審の判決が出るまでに、数カ月から1 年程度、控訴された場合にはさらに控訴審の判決が出るまでに6カ月程度かかることが多いのが実情です。
前述の(1)や(2)の見通しでは、判決になれば、立退料が不要とか、立退料は必要でも比較的低額で済みそうだという場合に、判決が出るまでの時間をかけるくらいであれば、いくらか立退料を支払う、あるいは多少の金額を上乗せしてでも早く解決した方が、立ち退き・建て替え後の新賃貸住宅経営計画との関係で、「得」といえることがあります。
裁判実務上も、建物の賃貸借契約の解消を求めるケースでは、かなりの高確率で裁判所から和解勧告がなされていますが、このような視点から和解勧告を受諾するかどうかや、和解条件(主に、立退料の金額と立ち退きの時期・期限)を検討することになります。
以上の4つの視点は当たり前のことではありますが、建て替えという事業計画の出発点となる見通しを冷静にたてて、その後の交渉などを進めていく上で非常に重要なことです。
立ち退きをしてもらう基本的な流れ
このような視点を前提に、ご入居者側に契約違反がなく、家主側の都合だけでご入居者に立ち退きをしてもらう場合の基本的な流れをまず整理しておきます。
- 1)契約期間に定めがあるかどうか、定めがある場合はその満了時期、を確認することが出発点です。
- 2)その上で、契約期間に定めがない場合は解約申入れを、定めがある場合は期間満了時から一定の時期に更新拒絶をします。
- 3)そうして裁判外の交渉、調停または訴訟を開始し、立ち退きの条件(主に、立退料の金額と明渡期限)を決めます。
- 4)最後に、交渉や判決などで決まった条件で立ち退きを実行します。なお、判決の場合にはご入居者側が判決に従って自ら立ち退きをしようとしないことが少なくありません。このような場合は最終手段として強制執行を行うことになります。