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Sustainable Journeyは、
2024年3月にリニューアルしました。
連載:未来の旅人
2025.6.27
アメリカはニュージャージー州の2万㎡にも及ぶ巨大な建物の中で、日本のイチゴが輝きを放っています。この植物工場で収穫されたイチゴは、水と電気さえあれば、雪深い北国でも、灼熱の砂漠でも、あるいは宇宙船の中でさえ、同じ甘さと香りで生産できる可能性を秘めています。
従来はレタスや白菜などの葉物野菜しかつくれなかった植物工場で、世界トップクラスの糖度を誇るイチゴが生産されていく——。
仕掛けたのは、2017年に創業したOishii Farm(オイシイファーム)です。ミツバチを自在に飛ばし、AIで受粉成功率を95%まで高めたことにより、同社は「植物工場の常識」を覆しました。干ばつや洪水による収穫減少、食料価格の高騰、そして人口爆発——これらすべてを跳ね返す可能性を秘めた"食のゲームチェンジャー"が世界の農業の常識を静かに書き換え始めています。
「イチゴを制する者が、未来の農業を制する」と語る創業者の古賀大貴さんは、祖国・日本のイチゴに無限の可能性を見いだし、200兆円規模の新産業を切り拓こうとしています。甘く瑞々しいこのイチゴが、世界の食糧危機を救う日は来るのでしょうか。
日本で、私たちが当たり前に食べている、甘くておいしい「イチゴ」。実は海外のイチゴはもっと硬くて酸味が強く、このおいしさは、決して当たり前ではありません。
オイシイファームは日本のイチゴに可能性を見出し、植物工場として世界初となるイチゴの栽培と量産に成功しました。ニューヨークの三つ星レストランで採用されたことを皮切りに、現在では、ホールフーズ・マーケットをはじめ、全米約300店舗のスーパーマーケットに365日、安定的に出荷できるまでになっています。
写真提供:Oishii Farm
そもそも植物工場とは、室内で植物を栽培する施設のことです。光、温度、湿度といった環境を人工的に制御することにより、天候や季節に左右されることなく、計画的かつ効率的に農作物を生産することができます。日本でも2010年頃から植物工場は増え始めていますが、レタスなどの葉物野菜の栽培が主でした。
「太陽光が当たらない人工的な閉鎖空間では、受粉を促すハチが活動しないため、受粉が不要な葉物野菜しかつくれないのが定説でした。しかし、我々はハチを工場内で飛ばす技術を開発し、受粉が必要なイチゴを栽培、世界で初めて植物工場でのイチゴの安定量産化を実現させたんです」。
写真提供:Oishii Farm
「世界の食糧の9割を占める100種類の作物種のうち、7割はハチが受粉を媒介している」という国連環境計画の報告からもわかるとおり、多くの農作物はハチなしには栽培できません。
ハチが工場内を飛び回るだけでも画期的でしたが、オイシイファームでは、画像認識やデータサイエンス、AIを駆使して、毎日、1匹単位でハチの数をコントロールすることで、受粉の成功率を95%まで高めることにも成功しました。
「受粉の成功率は、グリーンハウス(温室)でも約70%だといわれています。かかるコストは同じなので、実をつけるのが10個中7個か9.5個かで、利益率は約3割変わりますよね。ハチを飛ばすだけでなく、受粉の成功率を上げたことが、我々が独自に開発した技術のもっとも革新的な点だと思っています」。
農業未経験だった古賀さんは、なぜ植物工場に着目したのでしょうか。もともと古賀さんは、日本に対する"ある思い"を抱えていました。
「幼少期を海外で過ごしたこともあって、世界から見た日本の良さをすごく感じていたんです。だから『失われた30年』の間、日本経済がどんどん下火になって停滞していくさまを、歯がゆい思いで見てきました。日本はまだいける、もっとできるはずなのに、という反骨心がずっとありましたね」。
世界で勝負したい。MBA取得のために渡米し、そこで気づいたのが日本の農作物のレベルの高さでした。例えば日本のイチゴは糖度が高く瑞々しく、世界でもっともおいしいイチゴだといわれています。しかし、日本の気候でないと育てられないため、海外では同レベルの農作物はなかなか手に入りません。
かつて日本のコンサルティングファームで働いていた頃、古賀さんは偶然植物工場のプロジェクトを担当することに。ただ、当時はどの植物工場もビジネスとして成立していませんでした。
「うまくいかなかった一番の理由は、日本には、おいしいレタスがいくらでもあるのに、それと変わらないレタスを高い値段で売ろうとしたからです。それではビジネスになりませんよね。逆に、ビジネスの知識を持った上で農業と真剣に向き合えば、植物工場という日本の技術でさまざまな課題を解決することができるかもしれない。これこそ30年間、僕が抱えていた思いに対する解になり得ると確信しました」。
古賀さんが渡米した当時、欧米では、ハリケーンや洪水、干ばつなどの災害が増えてきたことで、植物工場が改めて注目を集めていました。
農地も担い手も不足し、気候変動が加速する中で、既存の農業のコストはますます上昇していくと見込まれています。加えて、今後50年以上かけて人口は増加し続け、遅かれ早かれ食糧危機が訪れる——。人類がこれから直面する最大級の課題は、農業だという確信がありました。おそらく数十年のうちに農作物の生産方法は植物工場が主流となり、長期的には200兆円規模のマーケットが生まれると、古賀さんは予想しました。
「今なら、200兆円産業を自分の手で開拓していくことができる。こんなチャンスは人生において二度とない。もう『やる』という選択肢以外、ありませんでした」。
古賀さんは、共同創業者となるブレンダンと出会い、起業します。世界最大の農業生産者になる——。そのために、最初につくる農作物として目をつけたのが「日本のイチゴ」でした。イチゴならオイシイファームのブランドを確立できる、と考えたのです。
「例えば、レタスのブランドって一つも言えない人がほとんどではないでしょうか。でもイチゴは『あまおう』『とちおとめ』『紅ほっぺ』といろいろなブランドがあって、どれもみんなが知っています。あまおうと聞いたら、おいしくて高級品だと誰もが思いますよね。それと同じで『イチゴ=オイシイファーム』というブランドをつくることは、長い目で見た時にとても重要だと思いました。加えて、安定して高クオリティのものを育てるのが非常に難しい。差別化を図りやすく、高い値段で売れるイチゴは、短期的に見ても長期的に見ても理想的な作物でした。実は、2017年創業時の投資家への資料には、すでに『イチゴを制するものが植物工場を制する』と書いていたんです」。
UCバークレー最大のアクセラレーターである「LAUNCH」で優勝した時の写真(写真提供:Oishii Farm)
最初はインターン生も入れた3人で、YouTubeを参考にしながら、DIYで工場をつくっていきました。「見よう見まねで配管やLEDの設置をしたり、配線を切って剥き出しにしてから防水加工をしたり。空調や温度管理のシステムがちゃんと機能しているかを見るため、工場に寝泊まりすることもザラでしたね(笑)」。
写真提供:Oishii Farm
時に泥くさく自ら手を動かしながら研究と開発を重ね、栽培期間が長く、安定生産が非常に難しいとされるイチゴの量産化に成功。2024年には、ニュージャージー州にサステナビリティと自動化を追求した「メガファーム」を建設、本格稼働が始まっています。この植物工場は農業用地を使用せず、旧プラスチック工場を再利用して建設されたもの。電力は隣接の太陽光発電施設で自家発電し、水は循環システムを通じて、その大部分を再利用しています。
写真提供:Oishii Farm
「このまま環境破壊が進めば、そもそも農業自体が崩壊してしまう。その前提に立つと、環境破壊を起こさないサステナブルな仕組みでなければ、植物工場で生産する意味がなくなるんです。アメリカでは洗車が禁止になった州もあるほど、すでに水不足は深刻です。また、今の農業のやり方では、2050年頃までにインド2個分の森林を破壊しないと、この先必要となる農地が確保できないといわれています。だから、既存の建物をリサイクルしたり、農地じゃないところで生産できるようにしていく必要があるんです」。
ただし、オイシイファームのイチゴが選ばれる理由は「サステナブルだから」ではなく「この値段でこのおいしさだから」であるべきだと古賀さんは話します。そのため、当初は1パック50ドルという高級品として販売していたイチゴは、量産化によるコストの削減を進め、品質、味はまったく変わらないまま、1パック10ドルまで値下げすることに成功しました。順調にいけば、5年以内に3〜4ドルにできると考えています。
写真提供:Oishii Farm
「単純に"この値段でこの品質なら買おう"と思える農作物を提供したい。プロダクトが既存品よりも圧倒的に優れていることで多くの人に選ばれて、その結果として、パラダイムシフトが起きるのだと思っています」。
「いずれはさまざまな作物の生産に取り組みたい」と古賀さん。2023年にはイチゴのほかにトマトの栽培を始めました。まずは3品目ほどを生産し、スーパーマーケットにオイシイファームの棚をつくることを目指しています。
写真提供:Oishii Farm
「それができれば、オイシイファームというブランドがさらに確立されます。すると、いろいろな作物が生産できるようになった時『うちは全部オイシイファームで揃えてます』という人がきっと出てくる。それをできるだけ早く実現したいです」。
植物工場は、工場を建てる土地と水、電力さえあれば、どこであっても同じ品質の農作物を量産することができます。そのため、すでに世界中から問い合わせがあり、グローバル展開も視野に入ってきているそう。日本の技術が活かされた植物工場によって、誰もが飢えることなく、おいしい野菜や果物が食べられるようになる。そんな未来が、オイシイファームによって現実のものになろうとしています。
1986年、東京生まれ。少年時代を欧米で過ごす。2009年に慶應義塾大学を卒業。コンサルティングファーム勤務を経て、UCバークレーでMBAを取得。在学中の2016年に「Oishii Farm」を設立し、日本人として初めて、同大学最大のアクセラレーターであるLAUNCHで優勝。2017年から米ニューヨーク近郊に植物工場を構え、日本品種の高品質なイチゴ、トマトの栽培を行っている。2025年、日本国内に世界最先端の植物工場の研究開発拠点「オープンイノベーションセンター」を設立予定。
Sustainable Journeyは、
2024年3月にリニューアルしました。