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特集:「日本は水が豊か」は大きな誤解です 東京大学大学院工学系研究科教授 沖大幹さん

特集

「日本は水が豊か」は大きな誤解だった。専門家が解き明かす、身近な水の真実

2026.5.28

    あなたは今日、どれくらいの水を使いましたか? 朝起きて顔を洗い、トイレに行き、コーヒーを淹れる。私たちの生活のすぐそばには、当たり前のように水があります。

    一方、世界に目を向ければ「水危機」や「気候変動による干ばつ」といったニュースが連日のように報じられています。このままでは、2030年に世界の水供給が40%不足するというデータもあります。とはいえ、水に恵まれた日本に住む私たちにとって、水不足はどこか遠い国の出来事のように感じられるかもしれません。

    しかし、「日本は水が豊かな国だから関係ない、というのは大きな誤解です」と語るのは、東京大学大学院工学系研究科教授で水文学すいもんがくの第一人者、沖大幹さんです。

    水資源はこれからの世の中を占う大きな要素となっていく──。

    地球上の水循環や水資源問題を長年研究し、2024年には「水のノーベル賞」とも呼ばれるストックホルム水大賞を受賞した沖さんに、水をめぐる状況や日本の現在地、そして私たちが勘違いしている「水の真実」について伺いました。

    ※ 米国の地政学リスクコンサルティング会社ユーラシア・グループが発表した「トップ・リスク・レポート(2023)」より。

    「日本は自然のおかげで水が豊か」という幻想

    日本は緑豊かで降水量が多く、蛇口をひねればいつでも安全な水が飲める、世界でも数少ない国です。そのため「日本は自然の恵みによって水が豊かな国だ」と思われがちです。

    実際、WHO(世界保健機関)によると、飲み水や調理、衛生のために必要な水は一人当たり一日約50ℓとされていますが、日本ではその約4倍もの水を使っています。

    しかし沖さんは、日本が水に困らないのは「自然のおかげだけではなく、先人たちがため池・貯水池やせき、水路、浄水場、水道管といったインフラを整備し、維持してきた結果だ」と指摘します。

    「今年1月にも、四国などではダムの貯水率が大きく低下し、高知市では28年ぶりに給水制限が行われました。いざという時のために水を貯め、不足すれば使う。そうした仕組みを"無理をして"つくり上げてきたからこそ、今の生活が成り立っているのです」。

    一方、そうした"無理"がインフラの老朽化という新しい社会課題として浮き彫りになり始めています。

    「2025年1月に起こった埼玉県八潮市の道路陥没事故は、記憶に新しいのではないでしょうか。それ以外にも、水道管の漏水事故は年間2万件にものぼり、どうにかして維持しているというのが実態です」。

    私たちが当たり前のように使っている水は、自然に与えられたものではなく、人の手でなんとか支えられているものなのです。

    では、実はその水すら、日本は"輸入"に頼っているとしたら──?

    牛肉1kgに隠された「2万倍」の"仮想の水"とは

    私たちが無意識のうちに消費している膨大な水があります。

    例えば、牛肉1kgを生産するためには、約2万ℓもの水が必要とされています。食品や製品を生産する過程で使われ、消費することで間接的に使っている「目に見えない水」の存在。それをバーチャルウォーター(仮想水)といいます。

    「日本の食料自給率は低く、約6割を輸入に頼っています。食料の輸入は、貿易を介して他国の水資源を大量に消費しているのと同じ。つまり、日本は自国の水や土地、人手を使わずに済んでいる代わりに、世界中から膨大なバーチャルウォーターを"輸入"している大国なのです」。

    日本は工業製品を見ると輸出超過であるものの、食品に使われる水の量は桁違いに多いといいます。環境省「virtual water 仮想水計算機」を基に編集部が作成。

    水不足の本質は、飲み水が足りなくなること以上に、「食料がつくれなくなること」にあります。というのも、私たちが使う水の大半は飲料ではなく、農業や畜産など食料を生産するために使われているからです。

    「仮に食料をすべて国内で賄おうとすれば、住宅地や公園……ほぼすべての平地をサツマイモなどの生産に充てなければなりません。だからこそ、私たちにできる身近な水資源保護は『フードロスを減らす』こと。食料の無駄は、それに使われた膨大な水を無駄にしてしまうのと同じなのです」。

    こうして見ると、日本の水問題は「国内で水が足りるかどうか」にとどまらず、世界全体の水の使い方と深く結びついています。世界で起こる干ばつや異常気象は、私たちの暮らしに直結しているのです。

    「日本人には水が豊かだという意識がありますが、蓋を開けてみると、水ですら海外に頼っている。その認識を正しく持つ必要があります」。

    水の移動で社会が変わり、社会が変わると水も変わる

    昨今、全国で線状降水帯の発生や局地的な豪雨が多発しています。気候変動によって、地球全体の水循環にはどのような変化が起きているのでしょうか。

    「気温が上がれば海からの蒸発量も増え、大気中の水蒸気量も増えます。日本の場合、年間の総雨量はそれほど変わらないと予測されていますが、短時間で激しく降るようになります。強い雨の頻度が増大して弱い雨の頻度が減少し、結果的として降水日数が減るため、冬場を中心に渇水傾向になる時期も出てきます」。

    世界に目を向けると、これまで雨が降っていた地域で降らなくなり、逆に降らなかった地域で大雨が降るなど、気候帯そのものが極方向へシフトしていく現象が起きています。沖さんは、「気候の変化と社会の変化、その両方を考えないといけない」と続けます。

    「雨量が多い少ない、といった点だけではなく、これまで何十年、何百年とかけて、その土地の気候に合わせてつくられてきた備え、水インフラが変わりつつある気候に合わなくなるのが問題です。特に地中海沿岸の北アフリカや南アジアなどでは、この変化に適応できず、今後数十年間は非常に厳しい状況に置かれる地域が出てくると懸念されます」。

    木さえ植えれば、緑のダムができて保水は安心、ではない

    日本では人口減少も相まって、インフラの維持自体が難しくなります。さらに注目すべきは「森林」の現場です。

    「雨水を受け止めるのは『木』ではなく、木の下にある落ち葉や『土壌層』です。降った雨が一旦土壌に蓄えられ、その後ゆっくりと岩盤に染み込んでいくことで、雨が降らない時でも川に水が流れ続けるようになります。ですが、現在、日本の山では間伐されずに放置された人工林が増えています。手入れがされず、日光が届かない森では下草が育たずに、土がむき出しになります。そこに雨が直撃すると土壌が削られ、地表面が硬くなり、水を吸い込めなくなってしまうのです」。

    外見は緑豊かな森に見えても、その足元は水を蓄える力を失った「緑の砂漠」と化している。これが、大雨のたびに鉄砲水や土砂崩れが起きやすくなっている一因でもあります。

    「老朽化した水インフラ(インフラストラクチャー)を適切に維持管理し、自然(ネイチャー)を保全する。そして何より重要なのが、それらをうまくマネジメントしていく『人や組織(カルチャー)』です。過疎化で人がいなくなれば、森の手入れもインフラの修繕も適切な運用もできません。この3つの持続的な継承が、これからの日本にとって最大の課題です」。

    研究室に飾られる「知者楽水」の意味

    「サステナブルというのは、今と同じ状態が続けられるようにするというよりは、いろんな変化に対して適応できる余裕がある。つまり、レジリエンス(適応・回復する力)があるということだと思います。そのためには多様性も必要ですし、先を見越した準備も欠かせません」。

    沖さんの研究室には「知者楽水」の言葉が飾られています。

    「論語の言葉で、本来は『仁者楽山』と対になる言葉です。仁徳のある人はどっしりとした山を好むのに対し、知恵のある人は水のように変化し流れるものを好む、という意味です。

    決して良い意味ばかりで使われる言葉ではありませんけれど(笑)」。

    AIや量子コンピューターなど、目まぐるしく変わる現代社会においては、水のように淀みなく、臨機応変に変化に対応する『知者楽水』の姿勢こそが求められているのかもしれません。

    自然の恵みだと思っていた水は、実はインフラと人の手によって守られてきたものだった──。その前提に立った時、私たちが未来に向けてなすべきことが見えてきます。

    PROFILE

    沖大幹

    沖大幹Taikan Oki

    東京大学大学院工学系研究科 教授/東京大学 総長特別参与。1989年東京大学大学院工学系研究科修士課程修了。博士(工学)。気候変動と水循環、世界の水資源問題などを専門とし、第5次ならびに第7次のIPCC評価報告書の統括執筆責任者を務める。2024年、水資源分野で世界最高の権威を持つ「ストックホルム水大賞」を受賞。著書に『水危機 ほんとうの話』(新潮選書)、『水の未来 グローバルリスクと日本』(岩波新書)など多数。

    未来の景色を、ともに

    大和ハウスグループも「生きる歓びを、分かち合える世界」の実現に向け、様々な取り組みを進めていきます。

    大和ハウス工業は、2024年に内閣官房水循環政策本部事務局が定める「水循環ACTIVE企業」に認証されました。

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    気候変動や水環境保全の取り組みを加速するために国際的なイニシアチブ「Forward Faster」「The CEO Water Mandate」に参画しています。

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