技術研究トレンド
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地球温暖化が深刻化する中、二酸化炭素以上に国際社会で危惧されているのが「メタン」です。メタンは二酸化炭素の約25倍という極めて高い温室効果を持ち、大気への放出を抑制することが課題となっています。
しかし、メタンは単なる「厄介者」ではありません。家畜のふん尿や食品廃棄物を原料に、微生物の分解により発生する「バイオガス」の主成分であるメタンは、発電などでカーボンニュートラルなエネルギー源として活用されています。一方で問題は、その「扱いづらさ」にありました。バイオガスは発生場所が点在しており、かつ体積の大きい「ガス」であるため、輸送や貯蔵に多大なコストがかかるため、基本的には地産地消の形で使われているのが現状です。
このバイオガスをさらに有効的に活用する方法は、発生したその場で、扱いやすい液体燃料「メタノール」へと変換すること。メタンと空気からメタノールを合成することは、アメリカ化学会が1990年代に『21世紀に開発を望む10の化学反応』の一つに掲げ、30年来『ドリームリアクション(夢の反応)』と呼ばれており、これまで数多くの化学者が挑戦してきました。大和ハウス工業と大阪大学の共同研究チームはこの難題に対し、画期的なブレイクスルーを成し遂げました。
メタノールは、接着剤や合成樹脂、薬品などの基礎化学品の原料として欠かせない存在であると同時に、次世代のクリーン燃料としても期待されています。例えば、海運業界ではバイオメタノールを用いた「ネットゼロ(※)航海」が実現するなど、船舶用代替燃料としての社会実装が始まっています。市場調査会社Mordor Intelligenceによると、メタノールの世界市場規模は2030年までに1億4000万トンに達すると予測されており、カーボンニュートラル社会を支える不可欠な基礎原料です。
次世代エネルギーグループの森 豊は、本技術開発研究について、「カーボンニュートラル社会の実現が最も大きな目的」と語ります。太陽光発電や蓄電池等では対応が難しい、船や自動車、工場で使用される燃料を、メタノールを出発原料として置き換えることができれば、カーボンニュートラル社会に向け大きな一歩を踏み出せます。それが、この研究の社会的意義だと森は考えています。
さらに、メタノールは、日本のエネルギー安全保障の大きな柱となる可能性も秘めています。現在、日本はメタノールのほぼ全量を海外からの輸入に頼っていますが、もし国内各地で発生するバイオガスからメタノールを生産できれば、エネルギー自給率向上につながります。
バイオガス中に含まれるメタンをメタノールとギ酸に変換するイメージ
前述したようにメタンと空気からメタノールを直接合成する反応は、化学的に極めて困難です。従来は水素生成を経由する50-100気圧、240-260℃といった高温・高圧条件が必要でした。また、この条件のもとで合成を行うため巨大なプラントも欠かせません。
そのような中、大阪大学の大久保敬教授らは、2017年に世界で初めて常温・常圧でメタンガスからメタノールを合成する技術を開発しました。しかし、大和ハウス工業との共同研究が始まる前のこの段階では、メタノール変換率は14%と低いものでした。
2016年時点で他の研究では変換率が1%未満だったことを考えれば画期的でしたが、商業化し、普及を進めるためには更なる変換率向上が必要と考えられていました。
その後、大和ハウス工業では、少ない原料から一定量のメタノールを確保する技術開発を目的に、2022年から大阪大学と共同研究を開始。大阪大学が基礎的な反応メカニズムの知見を提供、大和ハウス工業がスケールアップや装置設計、事業採算性を見据えた効率化を担当。3~4名の少数精鋭チームで、約4年間にわたって開発を進めてきました。
その結果、共同研究チームは「14%の壁」を一気に飛び越えました。
従来の合成法との比較イメージ
今回実現したのは、常温・常圧下での変換率「89%」という、これまでの常識を覆す数字です。2017年の技術から6倍の向上を可能にしたのです。
変換率を大幅に向上できた要因について、森はこう説明します。「反応には、反応溶媒や薬剤の種類、ガス量、光の波長、光の強さなど、多くの条件が複雑に関係しています。膨大な組み合わせを一つ一つ検証していく、終わりの見えない作業が続きました」。それでも地道に実験を重ね続けたことが、変換率を大きく引き上げる最大の要因だったと振り返ります。
特に重要だったのが、反応溶媒の選定でした。世の中には50種類を超える有機溶媒が存在します。その中で、さまざまな知見に基づき、溶媒メーカーの協力も得ながらの実験を通じて、仮説を立てていきました。
そして、実験を繰り返した先に、「パーフルオロアルケニルエーテル」が最も高くメタノールを生成することを突き止めたのです。この発見が、変換率向上の大きな鍵となりました。
大阪大学が積み重ねてきた基礎研究の成果を土台としながら、共同研究の中で数多くの試行錯誤を重ねることで、現在の高い変換率へとたどり着いたのです。
建設業を営む大手の大和ハウス工業が、なぜこれほど高度な化学の研究に取り組むのか。そこには、「建物とエネルギーは切り離せない」という考えがあります。
「建築物は、着工から使用、そして解体に至るすべての段階で、エネルギーが必要になります。特に、居住し、使用する期間は長いため、多くのエネルギーが消費されます。だからこそ、建築とエネルギーの両面から暮らしを支える仕組みを構築したい」と森は語ります。大和ハウス工業では、創業者石橋信夫が予見した「21世紀の事業は風と太陽と水」という志をもとに、太陽光発電事業や蓄電池の研究開発など、環境やエネルギーに資する事業に積極的に取り組んできました。
また、今回のメタノール合成法に注目したのは、常温・常圧という「低エネルギー条件」で製造できる点です。「カーボンニュートラルに向けてさまざまな技術を調査してきましたが、コスト面のハードルが高く、社会実装に時間がかかるものが多かった。常温・常圧で製造でき、投入エネルギーが少ない、つまり低コスト化が期待できる点が、このテーマを選んだ大きな理由です」と森は話します。
メタノール合成試験装置(5リットル)
研究の過程では多くの困難に直面しました。森は途中からプロジェクトに参加し、主要メンバーの一人が異動になり化学の専門家を欠く中、生物工学と機械工学を専門とするメンバーが中心になって研究を進めることになったと言います。
「一定の基礎知識はあったものの、専門外の領域を手探りで進めていく必要があり、その点でも難しさを感じる場面が多くありました」と森は語ります。ただ一方で、異なる分野の知識をかけあわせたことが、研究の前進につながる鍵にもなりました。
「例えば、機械系の私が加わる以前は、反応装置の温度測定が行われていませんでした。温度を測定してみると、反応の各フェーズで温度変化が異なることが分かり、反応過程の解析が進みました」と、森は当時の手応えを語ります。
さらに「大阪大学が基礎研究で達成していた14%から数か月間は数値が全く上がらない時期が続きました」と振り返ります。しかし、チームを支えたのは、「今取り組んでいるテーマは必ず社会に必要とされる技術だ」という共通認識でした。
そして、溶媒にパーフルオロアルケニルエーテルを採用したとき、転機が訪れます。
最初の試験で、80%近い高い数値が出たことで、チーム内には一気に期待が広がりました。あまりにも想定を超えた数値だったため、発見したメンバーの一人は「本当に合っているのか?」と目を疑ったと言います。その後、半信半疑ながらも何度も細かく条件のチューニングを重ね、最終的に89%という数値に到達したのです。
特殊有機溶媒(パーフルオロアルケニルエーテル)を用いたメタノール生成イメージ
しかし、実験室で高い数値が出ればそれで終わり、ではありません。この成果を喜びつつも、森は「次は生産量をどう引き上げるかが課題です」と先を見据えます。「技術を社会実装すること。それが企業研究者の使命」だと考えているからです。
そして、その技術を人々の暮らしや社会に役立つ形にして届けることこそが、大和ハウス工業が目指すゴールでもあります。そのために、現在は実験室のレベルを超え、膨大な国内需要を一部でもまかなえるようなメタノールを生産できるプラントの構築という、実用化に向けたさらに高い目標を掲げています。
難しい課題を一つ乗り越えたからこそ、「次へ進もう」という前向きな空気が生まれ、チームの結束はより強くなっています。
バイオガスの発生源は、家畜のふん尿や食品廃棄物などであるため、全国に広く分散して存在します。具体的には、畜産事業者のふん尿処理施設、食品工場、あるいは各自治体の廃棄物処理場などが挙げられます。各地で発生するバイオガスを、その場で液体燃料であるメタノールへ変換できれば、地域内でエネルギーを循環させる「地産地消」のモデルが実現できます。
もちろん、発生するバイオガスをすべてメタノールに変換できても、日本全体のエネルギー需要をすべて満たすことはできません。しかし、部分的であっても、化石燃料を使わずにエネルギーを供給できる仕組みが増えることは、脱炭素社会の実現に向けて大きな意味を持ちます。
現在想定されているプラント設置場所は、前述のようなバイオガスの発生源となる施設です。森は、「発電に利用しきれず余剰として発生しているバイオガスを、液体燃料に変換して有価物として活用できます。また、バイオガス発電の『固定価格買取制度』終了後の対応策としても提案できます」と活用の広がりを説きます。
大和ハウスグループの事業活動における脱炭素化の取り組み目標
※CN=カーボンニュートラル
現在はまだ研究開発段階にあり、実用化に向けて乗り越えるべき課題も残されています。その鍵を握るのが、事業採算性を確保できる「プラント」の構築です。その課題について森は、「コストに見合う目標製造量を達成するためには、薬剤や投入エネルギー量をさらに最適化していく必要があります」と分析します。
森は、「今回の技術によって、『うまく活用できていなかった廃棄物』がより価値ある資源へと変わる可能性があります。この技術だけに限らず、社会全体として、捨てるものに対して新たな価値を見出していく動きが広がっていくのではないかとイメージしています」と期待を寄せます。
また、大和ハウス工業は住宅事業に加え、物流施設や工場などの事業用建築でも数多くの実績を有しています。森は、この強固な事業基盤を活かし、「建物とエネルギーを掛け合わせて提供することで、まちづくりを通じたカーボンニュートラルに貢献したい」と、既存事業とのシナジーを見据えています。
さらに森は、「日本はエネルギー自給率が低く、安全保障の観点から課題が多い。国内に存在するエネルギー資源をできる限り有効に活用し、日本が抱えるエネルギーに関する不安を少しでも減らしていきたい」と話します。
森は最後にこう語りました。「大和ハウス工業には、自分の専門分野にとらわれず、幅広いテーマに取り組める環境があります。建築だけでなく、エネルギー、環境、農業など、さまざまな専門性を活かすことで建物に新しい価値を生み出せる会社です。要素技術を社会実装につなげる。それが企業研究者の使命だと考えています」。
カーボンニュートラル社会の実現に向けた大和ハウス工業の挑戦は継続中です。しかし、今回ご紹介したような研究開発の取り組みが、社会課題を解決へと導く大きな一歩となり、やがて地球の未来をより豊かに変革する原動力となります。大和ハウス工業では引き続き、多角的な領域における研究開発を推進し、再生と循環を軸とした社会インフラと生活文化の創造を目指していきます。
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